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13.万物流転

 




 なんだ、これは?

 どうなっている?


 黄色い薔薇が、俺を中心に部屋中を埋め尽くしていた。俺もお父様も、お兄様もエイベルも、薔薇に囲まれ身動きが取れない。

 棘がチクチクと腕や足に絡まり、痒みを伴うような鈍い痛みを起こす。それだけで、これは白昼夢や幻ではないことが理解できた。


「とうしゃま、これ、わたち、が?」

「そうだ。手のひらから一輪生み出された瞬間、次から次へと湧き水のように増えていった」


 それは無限に複写されていた、ということだ。

 途端、自分の仕出かしたことが怖くなった。

 これが空気感染するウイルスだったら?

 爆弾だったら?

 そんなものが無限に複写されていたとしたら?


「なあリリー。何を思ってイメージしていた?」


 何を―――ただ、お母様の笑顔のようで好ましいと。トーマスの育てる花々は表情豊かで面白いと、そんなことを思っていた気がする。

 呆然と正直に答えると、お父様はしばし考えてから推測を立てた。


「恐らく、その時リリーの抱くイメージが増幅されたのだろう。思い描いている内に一輪の薔薇からたくさんの花に切り替わった。これではっきりしたな。要はイメージさえ固定してしまえば暴走は抑えられる」

「リリーの想像力が豊かすぎるのが暴走の原因ということですか?」

「そういうことだな。リリー、もう一度試そう」


 咄嗟に俺は首をぶんぶんと横に振った。

 今度は何が起こるかわからない。自分の制御できない力がこれほど恐ろしいものだったのだと痛感してしまった。


「リリー?」

失敗(ちっぱい)、怖い」

「大丈夫。今度は失敗しない」

「ちたら、危ない!」

「しない。リリー、お父様の目を見て」


 俺は恐怖をありありと写し取った顔のままお父様の目を見上げた。


「お父様の言うとおりにイメージするんだ。大丈夫。お父様がこうしてリリーの手を包み込んでおこう。ほら、こうしていれば怖くないだろう?」


 俺の小さな手を器の形にさせ、それを下からお父様の大きな手が守るように添えられた。

 伝わる温もりに、知らずほっと肩の力が抜ける。


「お父様を信じなさい」

「………とうしゃまを、信じ(ちんぢ)る」

「うん。いい子だ」


 額にかかる前髪にキスを落とすと、お父様は青い目を柔らかく細めた。


「お父様の言うとおりに思い描いて。今度こそ一輪だけだ。余計なものは省いていい。お母様のお部屋に飾ってある、一輪だけの黄色い薔薇だ。できるね?」


 こくりと力強く頷く。

 今度こそ失敗しない。余計なことは考えない。お父様を信じる!


 お母様の部屋の、いつもの白い花瓶。そこに生けられた一輪の黄色い薔薇。その一輪を、目の前に複写。それ以外は必要ない。


 器の形に構えていた掌に熱を感じた。ぱさりと何かが手に乗った感触がして、そっと目を開ける。


「成功だな。今度は黄色い薔薇が一輪だけだ」


 よくやったと、お父様が頭を撫でてくれる。

 心底ほっと安堵した。コントロールできるのだと、その兆しをこの目で確認した。思い描くイメージの固定化、お父様の言う通り、それが制御できる鍵だったのだ。

 これを訓練していけば、今日のような暴走はきっと抑えられる。人を傷つけることも、最悪殺すことにもなり得るかもしれないと、漠然とした不安がずっとあった。大量の黄色い薔薇がその恐怖を後押しした。でも、制御できる。冷静に固定化したイメージだけを描ければ、俺が人を、家族を危険な目に合わせる可能性が低くなる。これは大きな収穫だ。


「とうしゃま、わたち、危なくない?」

「ああ。危険なことなどない。使い方をしっかり学べば、お前にとってこれ以上ない守りの力となるだろう」

「学ぶ。練習(れんちう)、する。暴走(ぼうちょう)、ちない!」

「ああそうだ。毎日練習しよう。お父様も付き合おう」

「はい!」


 嬉しかった。努力は必要だが、改善策が見つかったことがこんなにも嬉しい。

 俺はお父様の首に抱きついて、きゃっきゃと娘らしく喜びにはしゃいだ。


「しかし………この薔薇はいかがいたしましょうか」


 エイベルの言葉に俺は我に返った。

 そうだ、この大量の黄色い薔薇をどう処理したものか。


「奥様に引き取って頂きますか?」

「さすがに多いだろう。他の使用人に見つからないよう処分してくれ」

「承知致しました」


 エイベルによって片付けられていく薔薇を見つめて、俺はふと試してみたいことを思いついた。


「とうしゃま、バラ、消しゅ」

「え? 消す?」

「消しゅ」

「そんなことも出来るのか?」


 驚くお父様たちに首肯する。やったことはないが、イメージを固定して余計な想像を省けばたぶんいける。


『―――――万物流転』


 想像するのは目に見えている黄色い薔薇が朽ちていく姿だ。

 成長を早送りで見ているように、黄色い薔薇は一気に枯れ果て、風化して崩れ去った。塵も残らないほどに分解され、消えてなくなる。


 一連を驚愕の視線で見つめていた三者が、得意気な俺にそのままの視線を寄越す。


「……………リリー、今のは? 万物流転とは」

『この世の有りとあらゆる全てのものは変化して留まることがない、という意味です』

「だから、朽ち果てた、と?」

『そうイメージしました』

「リリー……………それこそ他言無用だ。絶対に知られてはならない。使ってもいけない。いいね? 約束しなさい」

「え?」


 きょとんとした顔に三者の顔が引きつった。

 あれ? またやらかしたの?


「約束、しなさい」

「はい………」



 俺は分かっていなかった。万物流転と命名したこの一掃技こそ、戦争において恐ろしく実用性が高いということを。






浩介の記憶と知恵、人格が引き継がれていますが、統合されているので徐々にレインリリーの人格が表面化し始めています。


短絡的な部分が浩介より強く、退行とまではいかずとも、本人も気づかないうちに少しずつ幼さが混ざってゆく。

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