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130.ユーインの傍白

ブクマ登録・誤字報告ありがとうございます。

大変助かっております。



今回は、ユーインお兄様のお話を少し。

 



 ◆◆◆


 長旅で疲れたでしょ、双子を連れて部屋で休んでおいで、と最愛の妹を送り出し、その背中が見えなくなった途端に僕は笑顔を掻き消した。

 すべての表情筋が死滅したような、蝋人形も裸足で逃げ出す無表情だ。


 自身の容姿が、異性に大変好まれるという自覚は腐るほど持っている。

 社交界の華と云われたお婆様似で、僕の未来図たる父上に瓜二つなのだ。父上が社交界で如何程に女性の目を惹き付けるかも知っている。だから、そんな父上に生き写しである自分の顔が、アリングハムの王女殿下のお気に召したと聞かされても驚きはしない。


 自惚れているという話ではなく、単純に顔の造形だけは秀でていた、ということだ。

 五歳のお披露目の時といい、街へ下りた時といい、見た目の良さだけは自覚できる十分な経験値はある。

 故に、どの場面でどう表情を繕えば効果的か、そんなことばかり得意になった。この顔は、交渉を有利に進めたり、情報収集する際にはかなり使えるのだ。特に女性は油断してよく喋ってくれる。

 自分でも思うが、まったく可愛げのない子供だったと思う。まあ、現在進行形ではあるけども。


 仏頂面で無愛想な父上のあれは、ある種の人避け対策なのかな。学生時代に女性問題で一悶着あったらしいし、父上なりの防衛措置なのだろう。

 僕は意図的に、父上とは真逆の使い方をしている。愛想よくしているおかげで、学園でも様々な情報が入りやすい。

 これは将来社交界で通用するかどうかの擬似体験だ。

 相手は教師や生徒だけど、結構いい練習台になっていると思う。腹黒い自覚もちゃんとある上でやっている。寧ろ腹黒くない僕は僕じゃない。


 学舎では平等を掲げる学園でさえも、容姿や家柄、能力だけで人を選別し、高位身分の者に追従笑いを浮かべて媚び諂ったりする人間がほとんどだ。自分で言うのもなんだけど、僕はそういった点では最も非凡な存在なのだと思う。

 貴族社会ではそれでいい。寧ろそうじゃないと生き残れない。取捨選択は絶対に必要だし、僕だってそうする。

 身分や家の思惑の垣根を越えた関係性など夢物語だ。

 まあそうじゃない者たちも稀にいるけど。

 例えば父上と陛下の関係がそれだろう。


 今のところ、僕に遠慮の欠片もない態度で接してくる奴なら一人いる。

 学園を一歩出れば不敬罪に問われかねない無礼な男だが、腹の中では何を考えているのかさっぱり読めない。

 本音を一つも明かさない僕と同類か、逆に全部が真正直なのか。いつか化けの皮を剥いでやろうと様子見しているけど、案外向こうも同じように企んでいたりして。

 それはそれで面白いからいいけどね。


 僕は天の邪鬼なのだと思う。

 他人をそのように判断するし、僕の評価や価値などにも正直興味はない。

 容貌を褒められようが、能力を称えられようが、感情を揺り動かす材料にはならない。どれも僕を構成する要素のひとつに過ぎないものであって、それ以上でも以下でもない、ただの事象だ。

 そうでありながら、僕の内面だけを見つめようと寄り添ってくれるリリーにだけは、ずっと変わらず僕の希薄な感情を揺さぶられている。

 僕の唯一の人間らしさは、彼女に関わっている間だけ垣間見えるものなのだろう。


 リリーは僕のことを、『優しい兄』だと思ってくれている。

 でも僕ほど冷酷無情な人間はいないんじゃないかな。


 僕にとってこの世で一番大事なのはリリーで、その他はどうでもよかったりする。

 もろちん家族は大切だ。双子は可愛いし、両親も祖父母も敬愛している。我が家に不義理を働かないかぎり、使用人も大切にしたいと思っている。


 だけど。


 リリー以上に大切な者たちではなく、リリーより優先すべき者たちでもない。

 僕が重点を置くのは、いつだってリリーだ。

 彼女の安全のためなら僕はなんだってやる。


 僕がリリーの結婚相手にエイベルを推すのは、決してエイベル自身のためなんかじゃない。

 リリーを僕の手元に置いておける優良物件がエイベルだったというだけの話だ。彼の最近だだ漏れ気味な、リリーへの恋愛感情を慮ってなどいない。まあエイベルならリリーを大切にするだろうし、グレンヴィル家の系譜に連なる分家の当主なのだから、僕からリリーを取り上げるような真似はしないだろう。

 つまり、僕にとって大変都合のよい男がエイベルだったという話だ。


 そういった意味では、シリル第一王子殿下もアッシュベリー家正嫡も論外だ。

 リリーをグレンヴィル公爵家から、僕から引き離す姻家など認めない。彼女の使命や能力を含め、リリー自身を囲い込み独占するような男など絶対に許さない。


 でも……考えたくはないが、将来仮にリリーがエイベル以外の者を伴侶に選んだならば……。


 僕は覚えずギリッと奥歯を噛み締めた。


 もし未来の夫にエイベルを選ばなかったら、それでも僕はリリーの決断を肯定する。

 祝福は……正直したくないけど、リリーの選んだ道に理解を示したいから。だから、血を吐く思いでおめでとうと言ってあげたい。


 すべてはリリーのため。

 彼女の意に寄り添うため。



 そこまで急加速で沈思黙考してから、僕は冷ややかな視線をお爺様に向けた。


「リリーの前で、僕の婚約話は止めてください」

「何を言う。あれにも聴く権利はあろう」

「ええ。本来ならばあります。ですが、僕の婚約者選定は父上の時より更に複雑で難しいのだとご存知のはずでしょう」


 そう。僕の婚約者になる令嬢は、必ず生家よりグレンヴィル家を重視してもらわなければならない。例え生家に不利益が生じようとも、グレンヴィルより優先してはならない。

 嫁いだからにはグレンヴィル家の一員。内情を外へ出すことも、生家を優遇することもしてはならない。

 僕と婚姻するということは、事実上生家とは縁を切るということ。


 リリーの事情を他言されるわけにはいかない。

 母上のように、生家には一切伝えず、表面的な付き合いしかせず、グレンヴィル家に踏み込ませない。リリーを守る盾のひとつとなること、そんな令嬢が望ましい。

 だから尚の事、他国の王族など論外なのだ。

 国と国を繋ぐための婚姻ならば、貴族に降嫁などせず王家に嫁げばいい。

 我が国には二十歳になったばかりの王弟がおられる。確か未だに婚約者はいなかったはず。面倒な他国の姫など王弟殿下に嫁げばいいのだ。リリーを守護する我が家にこそ他国の姫は不要だ。リリーのことをアリングハム王家に伝えてしまう可能性がゼロではないかぎり、王女は絶対にあり得ない。


「アリングハム王家に一部分でも漏らされれば、今以上にリリーを守ることは難しくなります」

「レインリリーのことならば心配いらん。あれはいずれ王太子妃に、延いては王妃になる娘だ。王族となれば他国に干渉など出来ぬよ」


 カチンときた。

 なんだそれは。

 すでに決定されたことのように言うな。


「リリーはそれを望んでおりません」

「レインリリーが望むまいと、そうなるべくして時は進んでいる。レインリリーの安全を願うなら、王家に輿入れすべきだと何故わからん」

「グレンヴィルでも守れます」

「六公爵家はあくまで貴族。王家に望まれて拒めるものではない」

「アリングハムの姫を僕に降嫁させようとお爺様が画策しなければ、グレンヴィル公爵家で守り通せます」

「決めるのはアリングハムの姫君だ。望まれて我が国の王家に打診があれば、陛下より下命を拝することになろう」

「それを望んでいるのはお爺様だけです」


 リリーにはシリル殿下、僕にはアリングハムの姫。

 お爺様は何故ここまで王家と縁を繋ぎたがるのか。


「僕の婚約者ならば、同じ六公爵家から選ぶべきでしょう。もっと慎重になるべきでは? お爺様がそこまで王家に固執する理由は何なんです」


 すると、お爺様が遠い過去を懐かしむように目を細めた。


「約束したからだ」

「約束?」

「そう。約束だ。十年前にお隠れになった、先代の国王陛下との約束だ」




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