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129.キツネ VS タヌキ

2本投稿しておりますので、128話を読んでいらっしゃらない方は1つ前にお戻りください。

 



 お兄様には従僕がついているが、彼は執事ではなくあくまで従僕。お兄様の身の回りの世話をする男の召し使いだ。入浴や着替えなど、侍女にさせられない業務を担当する。

 侍女にさせる貴族家もあるが、グレンヴィル公爵家は男の主には従僕を、女の主には侍女を使う。

 代々側室を持たない我が家の家風というか、何かの弾みで間違いを引き起こさないための保険のようなものらしい。

 まあ、使用人と言えど異性だからな。

 裸体はいかんだろう。

 うん。問題あると思う。

 俺の入浴や着替えを侍女が担当するのは未だに違和感しかないが。いや従僕でも肉体的には問題あるんだけど。

 一人で入っちゃ駄目ですか。


「……………」


 いかん。裸体の件は忘れよう。『ロイ』イコール『裸体』の構図が出来上がってしまいそうだ。

 優秀な彼には何一つ落ち度はないというのに、俺が勝手に裸体を想起するのは失礼千万な話だ。しかも現世の俺はロイにとって主家の娘。そんな人物に裸体と連想されるとか、どんな恥辱だ。

 不可抗力だったけど、ロイ。本当に申し訳ない。


 よし。話を戻そう。


 お兄様が仰る雑事とは、介添えなどといったものではない。

 領地経営の一部を任されているお兄様は、資料整理や目録作成など、現在全ての雑務もお一人でこなしておられる。お父様やお爺様の場合はエイベルやエリアルがそれらを準備してくれるので、仕事の効率化が図れているのだ。

 学業もあるのに、多忙過ぎるお兄様が心配だったけど、ようやく補佐役のロイが来られるようなので一安心だ。

 俺もたまにお兄様のお手伝いをしたのだが、あれは地獄だった。

 捌いても捌いても減らない、仕分けされていない書類の山と、それを着手する前に統計化すべき調査報告書、計測や記録の比較、過去のデータ集計と分析など、雑多なものが書類整理以前に立ちはだかっていて、仕事が進まない進まない。

 十三歳の少年が抱えるべき仕事量じゃなかった。お父様、容赦ないです……。

 そんなお兄様の気苦労をよく知る身としては、早々に自身を仕上げてみせたロイに拍手喝采したい。まだ十二歳なのに、なんて凄いお子様だ。

 俺もお兄様の一助となれるよう、微力ながら幇助したい。


「諸事支度はエリアルに任せてある。ユリシーズやエイベルにも明後日までには伝わっているだろう」

「承知しました」

「お爺様。ロイは王都へ編入試験を受けに来ていたのですか?」

「いや、幾人かの試験官が領都へやって来た。行政館で筆記と実技を受けたそうだ」


 なるほど。中途入学自体が珍しいからな。しかも飛び入学。一年早く通うのに相応しいか、態々エスカペイドまで見に来たということか。しかも六公爵家の一角、グレンヴィル公爵家の系譜に連なる者とあっては無視できないに違いない。

 王都へ来ていたのなら我が家へ挨拶に来ないはずがないと思っていたけど、試験会場が領都だったなら納得だ。


 ……ん? あれ、そういえば。


「お爺様。今更ながらこのような質問はお恥ずかしい限りですが、男性の社交界デビューについてお尋ねしても?」

「ああ、構わぬよ」

「社交界デビューしていない貴族令息が、学園に入学なんて出来るものなのかしらと思っておりましたが、お兄様もまだでございましたわよね。女性の場合は十五歳の成人した折に、王宮で開かれるデビュタントでお披露目となりますけれど、男性はどうなのでしょうか」

「ふむ。では少し話そうか。レインリリーも、王宮主催の五歳のお披露目に出席したであろう」

「はい」

「男にとって、事実上それで社交界デビューは果たしていることになる。社交とは交流であり、見識と人脈を広げるためのものだ。学園に通う年までに基礎教育とマナーが施され、一介の人士(じんし)として扱われる」


 それは初耳だ。

 じゃあお兄様もロイも、もっと言えばイルやイクスも、すでに社交界デビューは終えていることになるのか。


「ユーインもロイも夜会や舞踏会といった社交の場にはまだ出席していないが、社交界デビューという一点だけを見るならば、それは果たしていると言える。政治経済の流れや外交、交渉など高度な国際儀礼(プロトコール)を求められる場に出るようになるのは、女性と同じ成人のデビュタントを終えてからになるな」

「国際儀礼? デビュタントの舞踏会には、諸外国から来賓としてご臨席される場合もあるのですか」

「外交の時期の関係から、賓客は必ず招かれる。そのほとんどが特使だが、稀に公賓が見学されることもある」

「公賓……」


 つまりは他国の王族や首脳。

 思わず頬が引き攣った。俺のデビュタントの際には、どうか国賓や公賓が御出座しになりませんように!


「その場で第一級のプロトコールを遺憾なく発揮できるかどうかは、学園で擬似的に学ぶ社交にもよるだろう。紹介されるようなことがあれば、人脈を広げる絶好の機会だ。覚えがめでたければ、貴顕(きけん)紳士と評価もされよう」


 そこで一旦切って、不意にお爺様が不敵な笑みを作った。


「そう言えば、西国アリングハムの第一王女殿下はお前と同い年だそうだ、ユーイン」

「へぇ。それは奇遇ですね」


 微笑んでいるのに、狐のように細めた双眸がまったく笑っていない!

 まさしく狐と狸の化かし合いよろしく、うっそりと笑い合っている姿が恐ろしくて堪らない。

 ああほら、双子もおろおろとお二人を交互に見ているじゃありませんか。お爺様、そろそろいい加減ローズとアビーを解放してあげてください。しつこいと嫌われますよ!


「お前の成人の年に開かれるデビュタントでは、アリングハムの姫も招かれるやもしれんぞ」

「あり得ませんね。社交界デビューを果たすならば、まず自国の舞踏会でしょう」

「それがだな、聞いて驚け。かの姫君は我が国へ遊学をご希望らしいとの情報が入ってきておるのだ」

「それはそれは。我が国を選んで頂けるとは光栄なことですね。しかしそうだとしても、バンフィールド王国主催のデビュタントに、アリングハムの姫君がご参加される理由にはならないのでは?」

「ふん。我がグレンヴィルの跡取りでありながら、何を腑抜けたことを言っておるのだ。私が何の根拠もなく戯れ言を口にしていると思うてか」


 すると、お兄様の連山の眉がぴくりと跳ねた。


「……………何をやらかしたのです」

「二ヶ月前に、交易の件で西国から外交使節団が訪れたのは知っているな」

「ええ」

「王宮の迎賓館にて使節団が歓待されたのだが、その際ユリシーズも陛下の護衛として祝賀会に参列した」

「存じております」

「交易品の一つを担う我がグレンヴィル領も、その宴に呼ばれていた」

「……ええ」

「ユリシーズは魔法師団として陛下に遵従する身だ。故に、領主代行の私が出席した」

「ああ、大体わかりました。もう結構です」

「何を言うか。ここからが盛り上がるところだろう」

「盛り上がるのはお爺様だけです」

「いいから聞け。その使節団の中に、外交官であるアリングハム王家の外戚がおられた」


 まさか、お爺様。

 いくら疎い俺でも何となく察したぞ。

 ここでお婆様が呆れたご様子で嘆息した。お婆様、やっぱりですか。


「その御仁はユリシーズの容貌に甚く感動され、バンフィールド王国にはこれほど美しい男性がいたのかと手放しで称賛された。そして、御子息はおられるのか、と」


 ああああぁぁ……お兄様の目が眇められ……こんなにも無になった、徹底的に感情の削がれた表情は初めて見たぞ……。


「それで? もう一度お訊きします。()()()()何をやらかしたのです」

「後日、絵姿付きの身上書をお渡しした」


 つまりは釣書。お見合い。縁談。

 アリングハムの王女殿下の、恐らくは伯父、もしくは叔父にあたるその外交官が持ち帰った絵姿に、お姫様は恋をしてしまった、と。

 ――わお。


 ちらりと隣に腰掛けているお兄様を窺った。



 見るんじゃなかった。




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