128.帰館
連投しております。
「あねうえ! 次はあっち! あっちのを買います!」
「さっきはローズのほしいもの買ったんだから、次はボクのほしいものだよ!」
たっぷりお昼寝を満喫して、元気一杯な双子に両手を引っ張られながら、二つ目の街インファントを散策する。
一つ目の街サントルードでこれでもかと爆買いした俺だが、この街でもお金を落としていく義務がある。正直無駄遣いしてしまった罪悪感もあるけど、浩介の金銭感覚は貴族社会では寧ろ異端なのだとこれまでの教育で知り尽くしているので、消費する意義も理解している。
富裕層である上位貴族、特に大貴族である六公爵家の保有資産額は、国の五割を軽く超えると家庭教師に習った。そして我がグレンヴィル領の経済成長は大変著しいとも。
……まあ、ズルをした感は否めない。
そんな預貯金をたんまり貯め込んでいる上位貴族がこぞって消費停滞させれば、物が売れないことで生産が急減し、設備投資も減少、雇用は抑制され、賃金引き下げや解雇が増え、結果消費が落ちて税収も減少する。
経済の滞留は財政難にも繋がるので、デフレ脱却は必須だ。極論だが、上位貴族の贅沢三昧は持続的な経済循環の正常化に一役買っている。
つまり必要経費として割り切れ、俺!
いろいろと言い訳を並べ立てたけれど、経済好循環を理由にすれば、散財も大義名分が立つ。やましくない口実は、庶民根性の抜けない俺に優しい逃げ場を与えてくれる。
ヘタレだと自分でも思う。でもこれが俺だから仕方ない。
浩介の記憶がなければ、公爵令嬢レインリリーも当然とばかりに大金を湯水のごとく使うのだろうか。浩介の意識が混ざるレインリリーが俺だから、本来の彼女がどうだったかなんて知る由もないけれど。
いろんな事が中途半端だよな……と、過ってしまうのも仕方ない。
「「あねうえ!」」
「ええ、いま行くわ」
つらつらと埒もないことを考えていた俺の意識を引き戻すように、弟たちが繋いだ手を引いた。
眠気に抗えなかった双子は、サントルードでお菓子以外何も買えていなかったし、インファントでは彼らの欲しいものを中心にいろいろ買い漁っていこうかな。
とは言っても、インファントでも二人が突撃するのは悉く飲食店なのだが。
しかし経済循環という意味では大変素晴らしい選択だ。さすが俺の天使たち。三歳にしてこの有能っぷり。天才なんじゃなかろうか。
さて。インファントでは何をお土産にしようかな。
そんな楽しい旅程も、四つ目の街で一泊した翌日には終了した。
双子にとってはお披露目以来の帰郷。
グレンヴィル領都エスカペイドは、俺にとっては五日ぶりの帰省だった。
◇◇◇
「おお! アンブローズにフェイビアン! また大きくなったのではないか!?」
「「おじい様!」」
滅多に王都入りしないお爺様が、数ヶ月振りに会う末の孫息子たちをまとめて抱擁した。
お髭がチクチクすると顔をしかめたアビーは一目散に逃げ出したが、ローズはジョリジョリが楽しいとお爺様の頬擦りを甘んじて受け入れている。
ローズは世渡り上手に育つかもしれない。一卵性双生児なのに、微妙に違う性格が面白いと思う。毎日いろんな発見があって大変興味深い。
「ユーイン、レインリリー。よく来ました。疲れたでしょう」
「ありがとうございます、お婆様。ご無沙汰しておりました。急ぎの旅ではありませんでしたので、ご心配には及びませんよ」
「お婆様、お土産をたくさん買って参りましたのよ。是非とも開けてみてくださいな」
「まあ。嬉しいこと」
帰館した俺たちは、一通りの挨拶を済ませていつものサロンへ通された。運ばせた大量の土産品を、本邸の家人たちが次々と卓上に積み上げていく。
丁寧に包装されたその中のひとつに目を止めたお婆様が、箱を開けて珍しく少女のような喜びの声を上げた。
「本当にたくさん買ってきたのですね。――あら、とても良い色だわ」
「お婆様の美しい深い青の瞳を彷彿させるこのグラスを見かけた時、一目惚れしましたの。ペアグラスなので、お爺様と使ってくださると嬉しいです」
「ふふふ。あなたは相変わらず口上手ですね」
これまた珍しくころころと笑い、嬉しそうに頬を緩ませて青い切子グラスを手に取った。
「ありがとう、レインリリー。とても嬉しくてよ」
ふんわりと微笑むお婆様は、本当に美しい人だと思う。お父様とお兄様のだだ漏れ色気はお婆様譲りだ。
最近色気の増したそのお兄様は、エリアルに使用人たちへの土産を託しているようだ。双子は未だお爺様に捕獲されている。一度は逃げたアビーも抱え込まれ、再びの頬擦りに悲鳴を上げた。
アビー、これも試練だ。頑張れ!
そんな薄情な応援を密かに送っていると、双子を捕獲したままお爺様がこちらへやって来た。
「ユーイン、レインリリー。よく来た。道中無事で何よりだ」
「ご無沙汰しておりました。お爺様」
お兄様の挨拶に首肯で返す。
「思った以上に早い仕上がりを見せた。連れて帰るといい」
唐突に主語を取っ払った話をし始めたので、俺は怪訝な視線を返した。
お兄様は今ので理解なさったご様子だ。嘘だろ。
「荷造り中ですか?」
「東区のジアンラウロに使いに出している。戻るのは明日だな」
「では予定通り、飛び級で中途入学ですか」
「すでに試験は受けさせた。予定通りだ」
「へぇ。なかなかに優秀ですね」
「それくらいこなせねば使い物にならん」
「まあ確かに」
「あの、ご歓談中ご無礼致します。お二人は何のお話をされていらっしゃるのです?」
もう意味がわからん。
何で普通に理解してるんですか、お兄様。
「ああ、ごめんね。ロイのことだよ」
ロイとはエリアルの孫で、エイベルの甥だ。
お兄様の執事兼内偵として、グレンヴィル公爵家諜報部隊の前統括者だったエリアルに、厳しく徹底的に仕込まれている最中だったはず。年内には仕上がるとお父様に聞かされたばかりだったけれど。
え。もう全行程クリアしたの? マジで?
しかも飛び級で中途入学って言った?
一つ年上のお兄様に合わせて飛び入学? それで執事と内偵兼業も出来るの? なにそのハイスペック少年。
「仕上がるのは年末くらいかと思っていましたが、かなり早かったですね」
「お前に感化されたのだろう。なあ、エリアル」
「はい、大旦那様。早く若様にお仕えしたいのだと、常々申しておりました」
「それは有難いね。雑事をロイが引き受けてくれるなら、僕も随分と楽だ」