126.お兄様の推測
大変お待たせ致しました!
◇◇◇
唐突に切り替わった視点にハッとして、隣で同じように祈りを捧げるお兄様を見た。変わらず瞑目する姿から、神様の仰っていたとおり時間は経過していないようだった。
突然挙動不審になった俺に気づいた侍女や護衛たちが、それぞれに違う反応を見せる。
まずお兄様お付きの護衛が異変ありと判断して周囲の警戒に徹し、侍女は肉壁になるつもりなのか、お兄様と俺を守るように囲んだ。俺の護衛と侍女は、場所が神殿だという点だけで何やら察したようで、指示待ちとばかりに直ぐ様じっと俺に視線を固定させている。
さすがは俺専属なだけはある。伊達に長年仕えていないということか。
一般的な貴族令嬢相手であれば身につける必要もないスキルを自然習得しているあたり、物凄く申し訳ない気持ちになるな。
普通じゃなくてごめん!
自身の配下の動きに気づいた様子で、お祈りしていたお兄様が怪訝な面持ちで顧みた。
「何を警戒している?」
「それが……」
戸惑いを浮かべながら、一番近くに控えていたお兄様の侍女が俺を見た。
いや、うん。確かにこの状況は俺のせいだ。
「リリー?」
「申し訳ございません。わたくしが急にそわそわと落ち着きを失くしたものですから、使用人たちが不審に思って周囲を警戒してくれたのです」
「そわそわ?」
それだけで理解したらしく、お兄様はさっと立ち上がると、神殿を離れるべく俺をエスコートした。
「神殿では止めておこう。君の用事を先に済ませて、馬車の中で詳しく聞く」
権力を有する宗教とはどの世界でも厄介なもので、どの国にも属さず独立している団体は、固有の思想と規則を持っている。唯一神に絶対の信仰心を持つ彼らは、ある種の盲目的な思想傾向にあるそうだ。だからこそお兄様は、その唯一神に関わる話をこの場ですべきじゃないと判断されたのだろう。
神殿に国の法律は及ばない。ある意味ひとつの宗教国家のようなものだ。独自の法を遵守し、施行される。俺にとって神殿は、一番厄介で危険な場所かもしれない。
神と邂逅し預言を授かったと知れたら、俺は神殿奥に囲われて二度と出られない可能性もある。お兄様のご判断は正しい。神の使徒だと知られるのはもっと危険だろう。
神様と直にコンタクトを取れる唯一の場だが、不必要に不審な目を集めないよう今後祈りは慎重にやらなければ。
「承知しました。ですが、馬車にはアビーとローズもおりますけれど」
「そろそろお昼だし、何か食べよう。ついでに甘いものも買って食べさせれば、満腹になってまた眠るだろうさ」
ああ、高確率で寝るだろうな。双子がおやつを頬張りながら船を漕ぐのはいつものことだ。またそれが愛くるしいのだが、飲み込めていない食べ物が喉に詰まってしまわないかとひやひやする瞬間でもある。リスやハムスターが頬袋をパンパンに膨らませている姿とよく似ていて、堪らなく愛おしいのだけれど。
納得していると、お兄様が悪い笑みを浮かべた。
「まあ仮に眠くならなくても、闇魔法で眠らせてしまえばいい」
お兄様、ゲスいです。それってやるのは俺ですよね。闇魔法使えるの俺だけですもんね。
可愛い弟たちに、容赦なく闇魔法を使えと唆すお兄様を思わずじとりと見上げれば、一瞬の躊躇もなく爽やかな満面の笑みが返された。……その笑顔は狡いと思う。
段々と狸なお爺様に似てきたお兄様のこれからが、頼もしいような不安なような、とても複雑な心境に陥ったのだった。
それからフォルトゥーナの看板を発注し、昼食を取っている間に双子の侍女に彼らの好む菓子を買いに行かせ、貴族の義務としていくつかの買い物を済ませた。
お爺様とお婆様のお土産に色違いの切子細工のグラスを購入し、お父様とお母様のお土産にはガラスペンとペン置きを購入した。
ガラスペンの、その精細に施された模様の芸術性の高さに一目惚れした俺は、衝動買いよろしく自分の分も数本買い求めてしまった。日本円に換算すれば一本あたり二万五千円ほどだろうか。それを三本一括購入。前世では考えられない散財だ。
売り場で一緒に陳列されていたインクの種類も豊富で、珍しいラメ入りもあったのでこちらもついつい大量に買ってしまった。香水瓶のような色とりどりのアンティーク感のあるインク壺を並べて置くだけでも、目に美しいとても素敵なインテリアになる。爆買いしちゃったけど、大変満足しております。
お土産含めての総額? 浩介が血反吐を吐くほどの金額だったと記しておこう。
事業の稼ぎもだが、お父様が毎月くださるお小遣いがね、うん。浩介の常識から逸脱している金額だからね。
浩介の年収に匹敵する大金を八歳児に与えるとか、お父様なに考えてるの。俺の中で浩介が血の涙を流しているじゃないですか。
お小遣いとは別に、月に二度仕立て屋と宝石商が招かれ、大量に購入される。俺の物を選ぶ時はお母様と共に必ず同席されて、俺専属の侍女たちと、それはそれは楽しそうに大粒の宝石がついた装飾品を次々と購入していく。俺乙女じゃないから正直要らな――げふんげふん。
大貴族の金銭感覚を、一般庶民だった浩介の常識に当て嵌めようとすること自体間違っているのです。いや~、イッパイ買エテ良カッタナァ~。
お兄様もガラスペンを二本と、インク壺を三つほど購入していた。やっぱり買っちゃいますよね!
そしてお兄様は、俺に青と紫のキャンドルホルダーを二つ買ってくださった。黒いモロッコランタンの形をしていて、六面にそれぞれ瑠璃色と紅桔梗のガラスが嵌め込まれている。
何とも神秘的な色合いだ。まるで誂えたようで、お父様とお母様の瞳を彷彿とさせて大変好ましい。そう話したら、お兄様は「それを言うなら、君と僕の瞳の色でもあるんだけどね」とにこやかに仰った。
どうやら言葉のチョイスを間違えたらしい。両親ではなく、俺とお兄様を連想すべきだったようだ。申し訳ないです。
領主館に着いたら、夜にキャンドルを灯してみよう。灯火の揺らめきは、深い青と赤紫に温もりを齎すだろう。今から楽しみだ。
このガラス細工、いろいろと作れそうだな。
以前神様から娯楽品を頼まれていたし、チェス盤や駒をガラスで作ってみようか。色ガラスを合わせればオセロも出来そうだな。
まずは創造魔法で作った物をお父様とお爺様、それから陛下にも献上して、工芸品として職人に付託しよう。平民用は木製で製作すればいいし、陛下にはもう一式、宝石で出来た物も献上するか。
ガラスから離れれば、あとはカードゲームかな。
一昔前に一世風靡したU◯Oとかどうだろう。親世代に流行ったカードゲームだが、小鳥遊家では正月にこれで勝負するのが恒例だった。祖父母が景品として用意していた、焼肉店の食事券をかけて争うのだ。
伯父は強かった……。焼肉……。
これに因んで、学生時代公式には認められていないローカルルールで友人たちと遊んだものだ。
二箱分の特殊系カードとワイルド系カードを追加して、ここぞとばかりに集中砲火。やられたら堪ったもんじゃないが、やる側としてならこれほどスカッとする瞬間はないと思う。
正式なルールでは使えない手なので、当時友人たちとの間で「カード追加する?」は「裏ルールでやろうぜ」の合図だった。
いつの間にか学校で流行っていたけど、小鳥遊家流の裏ルールが蔓延したのはきっと気のせいだと思う。知らない知らない。
そういえば新しく闇堕ちルールの◯NOが発売されていたっけ。カードには表と裏があって、フリップカードが出たら全員カードを裏返して闇堕ちルールにチェンジされるという。
それまでのライトサイドの手札は一切使えなくなり、過酷なルールがいくつも存在するダークサイドの手札で戦わなくてはならないらしい。何それめっちゃ楽しそう!
この新ルールなら伯父さんに勝てるかな? いや無理かも。あの人は闇堕ちルールこそ水を得た魚の如く、生き生きと容赦なく仕掛けてきそうだ。
子供だから手心を加えるなんて優しさは伯父にはない。年齢差など関係ないのだ。
楽しいことが大前提で、寧ろ獅子の子落としよろしく「俺を越えてみせろ!」と全力で叩き潰しにくる。なんて人だ。
よし。リベンジも兼ねて、創造魔法で闇堕ちルールのUN◯も作ろう。
こちらの世界に伯父はいないけど、似たような手心なしの勝負を余儀なくされるだろう人物には心当たりがある。お爺様だ。
お兄様とお爺様は絶対に気に入ってくれる。そっくりなニヒルな笑みを浮かべながら、如何に相手に損失を与えられるか、精神的に追い詰められるかを心底楽しんでくれそうだ。
そんな腹黒い御二人が俺は大好きだ。
――などと、そんなことをつらつらと考えながら馬車に揺られていると、「じゃあ話を聴こうか」と、お兄様がにっこりと微笑みを浮かべて詰問してきた。
「神殿で君が〝そわそわ〟って、僕には不吉に思えて仕方ないのだけど」
案の定おやつまできっちり完食した育ち盛りの双子が、再び俺の膝でぐっすり寝入ったのを確認してからの詰問だった。
お兄様の、嘘偽りは一欠片も許さないと如実に語る黒い笑みは本当に恐ろしい。普段は溺愛してくださるシスコンなお兄様も、こうした場面では一切容赦がない。そのあたりはお母様似かな。
我が家で一番怒らせてはならないのがお母様で、次位にお兄様。他者からは意外に思われるかもしれないが、グレンヴィル家で最も穏やかなのは実はお父様だったりする。家庭で激昂されることなどほぼないのだ。
誰よりも優しく、誰よりも甘やかし、誰よりも愛してくださるのはお父様だ。
師団長やディックにそう告げたなら、「ないないないない」と揃って首を左右に振りそうだけど。
「それで、あの一瞬で何があったの?」
「実は――」
再び狭間に招かれ、そこで邂逅した神様に預言を頂いてしまったと報告した。そして、質問を二つ許されたことも。
「『普段と違う状況を選んだ時、あるものを見つける。それは願いであり、希望』か……。占いみたいな預言だね」
「ええ。どう解釈すべきか皆目検討もつきません」
「そうだね。どうとでも解釈できる内容だ。曖昧な表現は後付けしやすい。でも予測値からされる予言とは違って、神から賜った神の言葉だからね。予言にあるような的中率とは無縁だ。神が先を示すなら、曖昧でも必ず意味はある」
「同意致します」
「いつ何処で何を見つければいいのか、可能性が多岐に渡るならば予測しても無意味だろうね。けれど、預言から拾えるものが一つだけある。そこからある程度の予測を立てることはできるよ」
え。……えっ。どこに解釈の鍵を見つけました!?
俺にはさっぱりなのに、頼もしいですお兄様!
「リリーがいち早く見つけるべきものとは、人を指すのだと思う」
「人、ですか? 聖剣など過去の御下賜品ではなく?」
「僕の個人的見解になってしまうけど、願いや希望と神が表現したのなら、それは人である可能性が高いんじゃないかな。それに、仮に君の言うとおり聖遺物だったとして、果たしてそれに意味はある?」
いやあるでしょう、当然。かつての使徒に神が与えた業物ですよ?
「本当に? リリーは万物生滅を掌握しているのに? それこそ聖剣の類いさえ作れちゃうだろうし、外敵の手に落ちていれば、悪用される前に御下賜品を転移させることも、消し去ることも可能じゃないか。そんな君に、『第三者の手に渡る前に手に入れろ』なんて、態々預言という形にしてまで伝えるとは思えないんだけど」
なるほど……一理ある。というか、目から鱗だった。
そうだよな、例え御下賜品が不味い場所に渡っていたとしても、俺にはそれを〝なかったこと〟に出来る反則技があったじゃないか。となると、お兄様のご指摘通り、俺が誰よりも早く見つけて手中に収めるべきものとは、〝物〟ではなく〝人〟である可能性が高いのか。
人……誰のことだろう。俺にわかるような人物か?
「お兄様の仰るとおり人だとして、その人物をわたくしが真実そうだと判断してお連れできるものでしょうか」
「そこだけどね。僕はリリーだからこそ一目で判断できる人物なんだと考えているんだ」
「わたくしだからこそ?」
「そう。リリーがというより、君だからこそ、かな」
「? どう違うのですか?」
「預言を聞いて、僕はこう感じた。探し人とは、リリーの前世に関わる人物なんだと」
その瞬間、鼓動が跳ねた。
活動報告にも書きましたが、多忙過ぎて体調不良を起こしてしまいました。
なかなか執筆出来ない日々が続いております。
お待たせしてばかりで申し訳ないです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。