125.求めよ、さらば与えられん
大変お待たせ致しました!
目の前にはにこにこと笑っている超絶美形の男性。
いや、男性と断じてしまうのは語弊があるか。そう見えているのは偏に俺のイメージが如実に反映された結果だ。
一度だけ邂逅したかの方と、またこうして相見えることになろうとは。
「ええと……ご無沙汰しております」
「うん、久しぶりだね。変わらず君は美しいね」
「あ、ありがとうございます……?」
……美しい? 何が?
美しいの定義ってなんだっけ。少なくともとんでもない美貌の持ち主に言われる台詞じゃないことだけは確かだよな。あんたが言うな、的な。人によっては嫌味にも取れるぞ。
ああでも俺のイメージが投影されているなら、俺が勝手に超絶美形にしてしまっている訳で。〝あんたが言うな〟はお門違いと言いますか、いやちょっと待って。俺がかの方を超絶美形男子にしている? 俺の好みってこと? 超絶美形男子が? え、嘘だよね? ちょっと待って。無理。いろいろと無理。そもそもかの方と何でまた会ってるんだ? これどういう状況?
「あはは。混乱してるねぇ。駄々漏れの思考が混沌としていて面白い」
「面白がらないでください」
「まあまあ。ほら、質問に答えてあげるから」
「それもまた聞くのが怖いような……」
「怖くない怖くない」
くそぅ、この軽い返しがナーガとそっくりじゃねえか。さすが本体。
「……その、まさかまた死にかけたとか? 祈っただけなのに? そんな馬鹿な」
「もちろん元気だよ。祈っただけで死んじゃうとか、わたしは君のイメージする死神とかいう怖い存在じゃないよ?」
「ですよね。あぁビビった」
最初の邂逅がアレだったので、自覚している以上に俺は混乱しているらしい。
でも何でまた狭間に来てるんだ、俺。
前回のような危うい状況でもなく、無茶もしていない。どういうことだ?
「困ったことがあったら神殿へおいでって言ったの覚えてる?」
「え? はい、覚えていますけど……いやいや。神頼みするほどの悩みは抱えていませんよ!?」
「ああ、うん。君が神殿へ赴いたのは単なる挨拶だよね? 分かってるから大丈夫だよ」
「え、じゃあ何でここに来ちゃってるんですかね」
無意識に神様に頼ったとか? まあ確かにキャンベル伯爵の二男の件とか、グレンヴィル家男子に課された暗部とか、オキュルシュスの男性従業員増員の件とか、気になっていることを挙げたら切りがないけど、でもそれって神頼みするようなことじゃないよな。使徒に関するあれやこれやはメンターのナーガがいるし、本気でここにいる理由に心当たりがない。
「今回はね、わたしが君を呼んだんだよ」
「神様が?」
「そう。君にひとつだけ預言をあげようと思って」
「よ、預言?」
イヤだ、聞きたくない! 嫌な予感しかしないんですけど!?
フラグ臭が半端ない! 立てなくていいフラグが立つようなお話は断固お断りします! ええ、断固として!
戦き強張る俺にくすりと笑うと、神様はよくわからないことを口にされた。
「普段と違う状況を選んだ時、あるものを見つける。それは願いであり、希望だ」
「見つける……?」
聞きたくないのに、気になる言い方されたら聞き返しちゃうじゃないかっ。
「願いや希望とは、それは俺にとって、ですか?」
「ある意味ではそうなるかもしれない。それは君次第。現時点では君のではないね」
「現時点では? では誰の願望なんです?」
「それは君自身が見定めるべきことだ。わたしは一本の糸を垂らしたに過ぎないよ」
意味がわからない。どういう意味だ?
第三者の誰かの願望ではあるということだよな? それが預言? 俺に関係する人物の願望ってことか? 誰のことだろう……。そもそも俺は何を見つければいいんだろうか。普段と違う状況ってなんだ。
「ああ、そうそう。その時が来たら、それはいち早く見つけて欲しい。君以外の者に先を越されるのはお薦めしないかな」
「え。なにその無茶振り。何をどう見つければいいのか、せめてもう少し絞ったヒントを」
「あげません」
「ぬう……。じゃあ有機物か無機物かだけでも」
「自力でがんばって」
くそぅ! ほぼ丸投げ預言じゃねえか!
その時が来たらって、何時のことだよっ。俺は人や動植物を探せばいいのか、アーティファクトを探せばいいのかさっぱりわからん!
一目でそれだと分かる代物ってことか? いや〝それ〟ってどれだ。いかん、混乱してきた。
偶然目について、拾ってしまうようなもの? そもそも拾える大きさか? 拾って問題ないものか? まさか魔物じゃないよな。討伐して得られる魔石や素材がとんでもない代物とか? それとも、まさか歴代の神の使徒に与えられた聖剣とかの類いか!? 御下賜品が落ちてるのか!? 嘘だろ!?
それは不味すぎる、と愕然とする俺に座るよう促した神様は、真っ白な何もない空間だったはずの狭間に、いつの間に出したのか丸テーブルと椅子を二脚用意していた。
オーパーツよろしくそこに存在していてはおかしい代物が、路傍の石や雑草のようにさりげなく落ちていてたまるかと戦々恐々としつつも、促されるまま着席した。
神の御下賜品が他国に、特にハインテプラ帝国に渡るのはまずい。早々に回収しよう。魔素の目を借りて国中を探せばいいのか? それとも国を巡りながら探知魔法で探すか? 途方もない話になってきた。
見つけるべきものを、御下賜品と断定して考え込んでいた俺の意識を引き戻したのは、カトラリー特有の金属音だった。
ぱっと視線を上げると、丸テーブルの上にフォークとスプーンが乗せられていた。俺の視線に気づいた神様は、にこやかに微笑んで空の茶器一式と皿を顕現させる。
「……………」
これはあれか。お茶とお茶菓子を用意しろという、無言の催促か。
「君が前世でよく飲んでいたフレーバーティーがいいな」
「……いれさせていただきます」
もしかしなくても正解だったらしい。
創造魔法で白磁のティーポットに熱々のベリー系フレーバーティーを生成した。皿があるということはお茶請けも要求されているということだから、まだ供物として作ったことのないお菓子、カヌレを皿に盛れるだけ大量に盛る。大食漢の神様が満足感を得られるほどの量はさすがに盛れないので、おかわり催促をされたらその都度創造しよう。
実はこのために呼ばれたのではないかと密かに思っている。預言はおまけで、本命がフレーバーティーとお茶菓子である可能性だ。
俺のいれたフレーバーティーとカヌレに頬を緩めている姿からして、その可能性はかなり高い気がしてならない。
そういえば、俺のこの身体は精神体なのだろうか? 定位置の首にいたはずのナーガがいない。そういえば前回もナーガは狭間に来ていなかったな。
祈っているはずの俺の肉体はどうなっている? お兄様が心配されるような事態になっていないといいけれど。
そんなことをふと思った時、正確すぎる返答が神様からもたらされた。
「そう。今の君はアストラル体、いわゆる精神的身体と呼ばれる状態だね。ここにいる間は地上の時間は一切進んでいないから、戻ったとき周囲に違和感を与えることはない。因みにナーガはここへは来れないよ。受肉したからね」
「受肉していなければ、狭間へ来れたのですか?」
「う~ん、ちょっと解釈が違うかな? 〝ナーガ〟という個体であるかぎり、あれはこちらへ渡れない」
「個体であるかぎり……? 魔素のままであれば、狭間へ来れた?」
「それも少し解釈違いかな。そもそも魔素は霊的身体でも精神的身体でもないからね。わたしの一部であり、わたしの目や耳でもある。個性はあるけど、個体ではないんだ」
よくわからない。個でありながら個ではない?
本を正せば、聖霊は神様の分身だ。個体ではないなら、多重人格とか、同じ遺伝子の増殖とか、それはないなと分かりきっていることがちらりと過ってしまう。
神格を持たないミニマム神様が、あちらこちらに大量に分裂して――。
「……………」
うん。余計な想像力は極力省こう。
不敬にも、思わず生命力逞しい、黒い艶やかボディの嫌われものナンバーワンなアイツを想像してしまうところだった。
――あっ。読心術よろしくこちらの考えが筒抜けなのを失念していた。
神様のカヌレを持つ手がぴくりと反応し、にこやかな表情も心なしか引き攣っているように見える。申し訳ありません!
ああでも、高校時代に学食で海老天うどんを食べていた浩介に、友人が放った衝撃的な発言まで思い出しちゃったな。なんでも、天ぷらの衣からちょこっと顔を出している海老の尻尾は、成分的にはゴキ◯リの羽と同じなのだそうだ。まさにパリパリに素揚げされた海老の尻尾を咀嚼していた浩介が、トイレへ駆け込んだのは致し方無いと思う。それ以降、尻尾を食べられなくなったのも致し方無い。〝成分的には〟と注釈が入ろうとも、食べている最中の強烈なインパクトは浩介の認識を上書きしてしまった。
誰のせいか。友人のせいだ。あの場でのあの発言は非常識極まりなかった。
では〝俺〟はどうなのか。もちろん食べたくない。こちらではマナー違反にもなるから、食べることはこれからもない。ないったらない。
いや、海老の話はいいんだ。
聖霊からなぜ海老の尻尾へ話が逸れたんだったか。
いやそれすらどうでもいいだろう。冷静になれ、俺。
「君の思考回路は本当に面白いねぇ」
「ええと、何だかすみません」
「構わないよ。わたしの用件は済んだから、そろそろ地上へ戻してあげてもいいんだけど、せっかくの機会だ。他に聞きたいことはない? あと一つくらいなら答えてあげられるよ」
せっかくの機会――ふむ。確かに。
確かめたいことはいくつもあるけど、恐らくどれも答えてはもらえない。あくまで現時点では。
際どいラインギリギリを攻めていいなら、早々に知るべきはあの一点。
「ではお言葉に甘えてひとつだけ質問させていただきます。転生と転移の条件の違いについてお聞かせください」
へえ、と神様の金色の双眸が面白そうに細められる。
「君は本当に面白いね。一度きりの質問権をまずそれに使っちゃうんだ? いいね、いいよ。本当はまだ少し早い質問だけど、お茶のお礼に今回は特別に答えてあげよう」
マジか! 駄目元で質問したけど、まさかの快諾!
思いの外カヌレがお気に召した様子で、改めてナーガのオリジナルだと再認識してしまった。どうしよう。俺ってもしかしなくても、聖霊だけじゃなく神様の胃袋までガッチリ掴んじゃった? いや聖霊や神様に胃袋なんてあるのか? うん? じゃあさっき食した大量のカヌレはどこに消えたのだろう? あれ? 『食べた』って認識で間違ってない? そもそもの認識が間違ってる?
いや落ち着こう、俺。これじゃちょっと前の海老の尻尾話と同じような袋小路状態じゃないか。
一旦胃袋問題は横に退けておこう。どうせ考えたところで解答なんてない。
転生と転移の違い。
これが解明されるかされないかで状況は随分と変わってくるはずだ。
転移者であるじっちゃんに、こちらへ渡った際の状況を聞いたことがある。浩介の場合は刺殺されたからだが、じっちゃんの場合はバイク事故に遭いかけたことがきっかけらしい。事故に遭ったではなく、遭いかけたという点が転生との違いなのではないかとじっちゃんは言っていた。俺も同じ見解だ。
すると、俺の思考を読み取った神様が出来の良い生徒を褒めるように肯定した。
「ご明察。転生とは文字通り死して魂となった者を招くことであり、転移とは死に近づいた結果を言う」
「死に近づいた結果……。あの、知り合いに転移者が居ます。話を聞くかぎりでは、彼は小鳥遊浩介と同世代でした。同じ時代に複数の転生者や転移者が現れることはないとナーガは言っていましたが、現在転生者二名、転移者三名が同じ時代に存在していますよね。もしや、すべて同時期に招かれているのですか? それも同じ時代から? 落ちた時間軸が違うのは何故です?」
「あはは。怒涛の勢いだね。それじゃ質問は四つになってしまうよ」
あっ。しまった。一つだけという話だったのに、気になってつい質問責めにしてしまった。
「も、申し訳ありません」
「うん、まあいいけどね。そのすべてに答えてはあげられないけれど、この際だからおまけにもう一つだけ教えてあげよう」
「えっ」
ま、マジか。言ってみるもんだな。有り難く拝聴します!
「転生者も転移者も、同じ時間から招かれる。時空に穴を開けるリスクを最小限に抑えるためだね」
「同じ時間……」
浩介が刺された時間帯に、同じように何らかの形で亡くなったり、死にかけたりした人間がランダムに選ばれた結果、ということか……? いや、それだと矛盾していないか? 開ける時空の穴を最小限にしたいなら、招く者をあちらこちらで探している余裕はない。それに今回だけ複数人招かれている理由の説明にもなっていない。
きっと新たに示された情報だけでは、その点の解明は無理だ。推測は出来るだろうけれど、ピースはまだまだ足りていない。
「……………?」
――何だろう。一瞬閃きそうな気配がしたのに、形を成す前に霧散してしまった。いや、そうと気づく前に掻き消えたかのようだ。
それがざらりと撫でていくようで、不快感だけが妙にはっきりと残っていた。
「さあ。時間だ。そろそろお戻り、レインリリー・グレンヴィル」
それを合図に、前回と同じく、突如意識と共に神様の姿や声も遠ざかっていき、狭間の外へと弾き飛ばされていった。
8割程度完成していた125話を執筆中に、突然すべてが消え去りました……Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン
頭真っ白になっちゃって、1分ほど茫然自失(誰か嘘だと言ってぇ)
我にかえって、覚えているうちに書き出そうと慌てて再執筆にチャレンジしました(すでに心折れそう)
スマホ執筆なので、繋がり予測変換に頼って復元を試みた結果、4割は何とか拾えた……と、思う(´□`; 三 ;´□`)
でも完全復元には至らず、うがーっ!と暴れたい衝動に駆られました。
そんな125話Σ(´□`;)
誰のせい?
私です。
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