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123.お兄様の同伴理由

三箇日最終日になってしまいましたが、後れ馳せながらあけましておめでとうございます。

とりあえず、1本だけ。

楽しんでいただければ幸いです。

 



 その後メアリーの妹ジェマにも話を聞いて、彼女がメアリーに無理やり連れて来られた訳じゃないことがわかって一先ず安堵したり、トイレットペーパーの補充や盗難対策をしたりなど、早急に着手すべき問題を片付けた。

 因みにトイレットペーパー盗難対策だが、従業員じゃない者がトイレに持ち込んだもの以外の物を持ち出すと、けたたましく警報がなるようにした。一発でただ事じゃない事態が起こったと分かるように、店内に大音量で響くよう仕掛けてある。

 大勢の目がある中で現行犯で取り押さえられれば、再犯を防ぐだけでなく模倣犯の抑止力にもなるのではないかと期待を込めているが、逆に過剰防衛じゃないのかと非難されないとも限らないので、少し心配ではある。まあ取り敢えずこれで様子見だな。


 一緒にオキュルシュスに行くと仰っていたから、てっきりお兄様はカフェで何か注文されるのかなと思っていたが、邸で食べられるからいいと断られた。

 確かにそうだな。クリフを筆頭に、グレンヴィル王都邸の料理人たちはオキュルシュスで販売するお菓子はすべて作れるのだ。わざわざオキュルシュスで食べずとも邸で食べられる。

 では何故同行を申し入れたのだろうか?

 新しい店舗フォルトゥーナへ向かう道中で、その答えをお兄様が話してくださった。

 ちなみに新店舗予定地は、オキュルシュスの斜め向かいにある。経営不振から店を畳むことにしたという老夫婦の店を買い取り、改装工事と老朽化した外壁の大規模修繕を予定している。老夫婦は、本人たちの希望もあってそのまま雇用する流れになった。今のところフォルトゥーナの従業員は、コゼット母娘と老夫婦の四名に決まっている。

 オキュルシュスの経験を生かして、フォルトゥーナの店舗オペレーションを決めた。扱う物が違うから多少の見直しは必要になるだろうが、従業員をあと二人増やすつもりでいる。その二名と、オキュルシュスの男性従業員三名の募集を領地から戻り次第やらなきゃな。

 やることが山積みだ。八歳の小娘が抱える仕事量じゃない気がするけど、深く考えないようにしよう。どうせ中身は中年期のおっさんだ。


「フォルトゥーナの件は、君が考えている以上に貴族の関心を集めていてね。分かりやすく言えば、新店舗開業となれば、それまでは君が頻繁に足を運ぶだろうことは安易に想像できる、ということだ」

「貴族方にとって、わたくしがフォルトゥーナに通うことにいったいどのような意味が?」

「リリーはまず、自分の価値を正しく認識しなくちゃいけない」

「わたくしの価値、ですか?」


 そうだと首肯しながら、お兄様は到着した着工前の新店舗前で一旦足をお止めになった。


「まったく……予感的中じゃないか」

「え?」


 唐突に眉を顰めて悪態を吐くお兄様に驚いて、俺はつられるように同じ視線の先を辿った。そこには物陰からこちらを窺う、見知らぬ二人組の男がいた。

 俺たちの視線に気づいた二人の男は、これは好機とばかりに揉み手でこちらへとやって来る。


「これはこれは! グレンヴィル公爵家の至宝のお二人ではございませんか!?」

「なんという僥倖! 偶然にもここでお会い出来ましたのも何かのご縁! 是非ともわたし共の主に会って頂きたく!」


 明らかに俺たちを待ち構えていたくせに、そんな明白(あからさま)なことを言う。


「へえ? お前たちの主とやらは、教育がなっていないようだね? 六公爵家の者に許しもなく声をかけるなど無礼千万。何かの縁とは、不敬罪で罰する者と罰せられる者との縁ということかな」

「そっ、そのような」

「まだ語るか。いいかい? 僕は一度たりとも言葉を交わして良いとは言っていない。こう言えば理解するか? 投獄されたくなくば許可なく無駄口を叩くな」


 苦虫を噛み潰したような顔で黙り込む男たちを睥睨すると、お兄様はちらりと一瞬だけ空へ視線をずらした。なんだろう?


「身分と序列を理解していないお前たちを寄越したのはどこの誰? 商会であれば、上客である貴族を慢侮するような者はまずいない。下手な貴族よりよほど賢いからね。となると、序列マナーに不慣れな成り上がり新興貴族か、前言したその賢くない部類の古参貴族か。さあ、答えていいよ」

「「……」」

「おや? まだ理解していないようだね。僕は答えよと命じているのだけど」

「「……」」

「ふ~ん? どうやらお前たちを寄越した者は、六公爵家の一角たるグレンヴィル公爵家嫡子の僕の命令より優先されるべき立場らしい。となると王家か同列の六公爵家当主しかいないわけだけれど、口を割らないならまずは王城に、それから六公爵家を順にお前たちを引き連れて訪ねようか。この不届き者を寄越した覚えはあるかと」


 男二人がちらりと互いに視線を向けた。


「心当たりがなければ侯爵家も視野に入れるけど、まさか格下の侯爵家に、僕の命令より優先されるべき人物がいるとは思えない。居たら居たで大問題だからねぇ」


 ここでようやく男たちの視線が泳いだ。

 動揺を目敏く見逃さなかったお兄様は、追撃の勢いでついと双眸を細める。


「――命じた主とやらが見つかるまで、侯爵家以下を順に訪ねようか。さてどの家かなぁ。楽しみだよ」


 不意にお兄様が視線をずらし、左腕を持ち上げた、露の間。オキュルシュスでお兄様が放った翡翠のケツァールが、差し出した左腕にふわりと降り立った。

 驚く俺たちの目の前で、更に驚くことが起きた。翡翠のケツァールの嘴から文字が綴られ、それは一枚の紙になったのだ。


 なにこれ。なにこれ! なにこれ!!

 これも伝達魔法!? 面白い!! 俺もやりたい!!


 お兄様はいつも受け取る書簡と同じとばかりに平然と紙を掴み、ざっと斜め読みしていく。途端、背筋がひやりとするような凄絶な笑みを口角に乗せた。


「―――――キャンベル伯爵家」

「「ひっ……!」」


 分かりやすいほどに動揺したな。なるほど、キャンベル伯爵家の誰かがお兄様と俺を呼びつけた形になるのか。


「お前たちの主は二男のデイビス殿か」

「な、なん、で」

「我がグレンヴィル家の異名を知らないのか? まあ態々教えてやる義理もないが、我が家は国一番の諜報部隊を持つ。我が国で知らぬことなどグレンヴィルに限ってあり得ない。さて愚か者共。戻ってお前たちの主に事の顛末を報告してくるといい。グレンヴィル公爵家からすぐにでも抗議文が届けられる。一時の自由を謳歌する時間程度の慈悲は与えてやろう」


 この短時間で調べあげたお兄様と、我が家の見知らぬ諜報員たちに戦きながら、這々の体で退散していく男二人をぼんやりと見送った。

 そういえば『キャンベル』は、地球のゲール語で『曲がった口』を意味すると何かで聞いたなぁなどと、思わずどうでもいいことが過って現実逃避してしまった。お兄様とうちの諜報部隊とんでもねぇな! ブレンダとアレンもそうなの!? 意味なくそわそわしちゃう!


「ということで、リリー。今のがお手本という訳じゃないけど、ああいう輩が君を狙っていると理解してくれたかな?」

「でもお兄様。先程の男たちはわたくしだけでなくお兄様も誘っておりましたわ」

「ああ、あれはまだ僕を御することができると侮った結果だね。舐められたものだ」


 確かにお兄様はまだ十三歳で未成年だけど、俺は前世の記憶持ちで中身は中年期なのに、お兄様には剣でも体力でも頭脳でも口でも何もかもが勝てないぞ。


「リリーが考えている以上に君は注目されている。あまりにも無防備過ぎて、僕は心配で仕方ないよ」

「注目って、オキュルシュスのオーナーであることや、グレンヴィル家に生まれた百年ぶりの女児だからですか?」

「それも理由の一つではあるけど、それだけじゃない。君は奴等にとって御しやすい、金を産む鶏なんだ」


 ああ、と納得してしまった。

 見てくれは八歳のか弱い小娘だ。言葉で言いくるめ、懐柔出来なければ力で簡単に屈伏させられる弱い存在でもある。オキュルシュスが引き金なら、これほど御しやすい存在はいないかもしれない。グレンヴィル公爵家を全面的に敵に回す覚悟があるならば、と注釈が付くが。


「リリーは僕が傍にいない時にさっきの男たちに声をかけられた場合、どう返していた?」

「面倒事のにおいがプンプンしておりましたので、お父様を通してくださいと返したでしょう」

「少しだけだからとしつこかったら?」

「護衛に追い払ってもらいます」

「うん、及第点、と言いたいところだけど、それじゃ駄目」


 どこがいけなかったのか分からず首を傾げていると、お兄様から「そんな可愛いしぐさは他人に見せちゃいけないよ」と意味不明な叱責を頂けた。なぜだ。


「僕があの者たちに最初に何て言ったか覚えてる?」

「ええと……身分と序列です」

「そう。序列を無視して下位の者が上位の者に声をかけることはマナー違反だ。だからね、リリーはあの者たちに声をかけられても、応えてやる必要はどこにもないんだよ。出だしから護衛に排除させればいい」

「いいのでしょうか……」

「いいんだよ。父上を通さず、社交界デビューすらしていない君を直接訪ねるタブーを犯しているのは相手側なのだから。我が家に喧嘩を吹っ掛けているも同然の行為だ。寧ろそれをやらなければ、リリー自身も序列軽視だと烙印を押されかねないから気をつけて」


 たったそれだけの一連のやり取りで、そんなレッテル貼られちゃうのが貴族階級ということか。だいぶ慣れたつもりだったが、まだまだ認識が甘かったらしい。教養がないと評価されるのはグレンヴィル家の汚点にもなりかねないので、本当に気を付けなければ。単純に俺一人の問題では終わらない。


「留意しておきます。ご指摘くださりありがとうございました」

「うん。僕が一緒に来て良かったでしょ?」

「ええ、本当に助かりました」


 ふふ、と嬉しそうに微笑むお兄様をたまたま目撃してしまった通行人の女性たちが、手で口を覆ってへなへなとよろけた。

 色気ただ漏れですからね。ええと、うちの兄が申し訳ない。


「ああいう輩は害虫と同じで、追い払ってもまた次が湧いて出る。初手を間違えないように、十分に警戒してね」

「はい」

「リリーより身分が上の場合は、必ず父上を通すよう念を押して、取り敢えずその場は引いてもらうように」

「はい」

「六公爵家ならば強引な手段は取らないはずだけど、中にはアッシュベリー公爵のような者もいる。その場合は父上に直ぐ様帰宅するよう命じられていると答えて、とにかくその場を辞することに専念して。あとは僕なり父上なりがどうとでもやる。君の安全が最優先。いいね?」

「心得ております」

「うん」


 ようやく安堵なさったのか、お兄様が柔和に微笑んだ。

 それだけ保護者同伴ではない俺の外出は危険だということなのだろう。レインリリーの姿のままだと色々不都合かもしれないな。


「さあ、それじゃそろそろ店内に入ろうか。元々の店主夫妻と、第二王子付きだったメイド母子の人為を確認させてもらうよ」


 どこまでも過保護なお兄様は、俺の手を引いてドアを開けたのだった。




挿絵(By みてみん)




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― 新着の感想 ―
[良い点] ぐあぁぁ、ユーインお兄様が格好良すぎでしょうっ!これッ!! (脱魂) [一言] げに恐ろしきは身分社会……。
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