余話:ハロウィン
今日はハロウィンなので、ちょっとした小話を挟もうと思います( *´艸`)
今夜は十五夜でもありますね。
月がとても綺麗です。
お団子食べたい。
「「トリック・オア・トリート!」」
邸中を駆け回りながら、仮装した愛らしい双子が使用人たちに満面の笑みで籠を突き出している。
本日は、前世で言えばハロウィンにあたる日。こちらでは残暑、『土』の季節で、十月下旬なのでティエラ・アトラスの時季である。こちらにハロウィンの風習はないが、双子の可愛らしいコスプレを見たいがために、使用人たちを巻き込んでグレンヴィル公爵邸だけでこっそりハロウィンパーティーを開催している。
ハロウィンといえばカボチャ! ということで、カボチャを使った料理やお菓子、飲み物、飾り付けなど、二週間前から準備を進めてきた。白猫と黒猫に扮した全身着ぐるみ姿の双子を見守りつつ、俺は達成感と幸福感を噛み締めている最中だ。
二人がはしゃぐたびに揺れるフサフサ尻尾が堪らない。籠を抱えるピンクの肉球が堪らない。小さくて丸っこいもこもこのフォルムが堪らない。
うちの子たち天使!! 知ってた!!
使用人たちには、双子が声を掛けてきた時に渡せるよう、予めお菓子を持たせている。双子に捕まった二人のメイドは、身悶えつつそれぞれの籠へ可愛らしくハロウィン仕様にラッピングされたお菓子の詰め合わせを入れてあげていた。
わかる。わかるぞ。頭撫で撫でしたいだろう? 俺もやりたい。というか、すでに何度も撫でた。そして抱き締めて頬擦りもした。満足だ。
「トリック・オア・トリート」
顔がだらしなく脂下がっていると、不意にお兄様がそう言いながら、俺の口内へとプラリネチョコレートを押し込んできた。反射的に噛み砕けば、外側の薄いチョコレートがパリッと音を立てて砕けた。次いで中から柔らかいチョコレートフィリングが舌の上でとろけて、甘い香りが鼻孔をくすぐった。クリフ、また腕を上げたな。めちゃくちゃ美味しい。
「お兄様。わたくしに食べさせてどうなさるのですか。お菓子か悪戯かとお尋ねになったのならば、お菓子をお渡しするのはわたくしの方ですわ。趣旨が違います」
「わかってるよ。でも僕はリリーに食べさせたいんだ。君は双子を見守るばかりで、ちっとも訊いてはくれないからね」
「まあ。それは失礼致しました。では改めまして、お兄様。トリック・オア・トリート」
「ふふっ。もちろん、お菓子をあげよう」
嬉しそうに微笑んで、本日二個目のプラリネを食べさせてくださった。
お兄様にも勿論コスプレをしていただいている。漆黒のゴシックパンク系のロングジャケットコートを羽織り、フードを目深に被るお姿は、まさに美貌のヴァンパイア。俺がかけた闇魔法・幻視効果で、クリスタルヘリオトロープの瞳は血のように真っ赤な色を宿し、微笑むたびに蠱惑的な牙が顔を出す。お兄様が美女の血を求めるヴァンパイアなら、ご令嬢方はこぞって白い首筋を差し出すに違いない。
「お兄様、御衣装とてもよくお似合いですわ」
「ありがとう。鏡に映る自分の目が真っ赤だったり、牙が生えていたりしてとても複雑な気持ちになったけれど、君が褒めてくれるなら満足かな」
「ええ。とても魅力的です。軍服とかなり迷ったのですが、いずれ魔法師団へ入団されればお父様と同じ黒の軍服を着用なさいますから、それまでの楽しみに取っておきたかったのです」
「可愛いことを言ってくれるね」
お父様や魔法師団に所属する方々は、白い軍服の近衛師団と対比するように、純黒の制服を着用している。黄金の糸で刺繍された、魔法師団を表す気高さの象徴『美容柳』。鮮やかな花が咲く膝丈の外套が一段と格好いい。毎朝これに身を包むお父様のお姿を、俺は惚れ惚れしながら眺めている。正しく絵に描いたような貴公子然としたお姿が大好きなのだ。俺のお父様なんだぜ! めちゃくちゃ格好いいだろ!と、声高に自慢したい。大人げないので自重しているけれど。
早くて五年後には、お兄様も着用される制服。お父様と瓜二つなお兄様に、似合わないわけがないのだ。楽しみだなぁ。
「リリーの衣装も可愛いよ。可憐さに一段と磨きがかかっている」
「ありがとうございます」
俺はルネサンススタイルの純白フード付きローブを着ている。白のエンパイアドレスが隠れてしまっているが、ポンチョのように腕が出せる穴が空いているので、同じ白のドレスを着ていることは分かるような作りだ。
お兄様と同じようにフードを被っているけれど、俺の場合は顔がしっかり見えるよう浅く被っている。テーマは白の魔女だ。ヴァンパイア仕様のお兄様と対になるよう狙ったわけじゃないが、双子も白と黒だし、何よりにゃんこスタイルの双子の傍にいるなら魔女コスプレしかないでしょう!
そんな不純すぎる動機で選んだ白の魔女コスプレだ。なのに。
「お嬢様、まるで聖女様のようですわ」
「三年前の未来のお姿を思い出しますわね」
「ええ。なんと神々しい」
これである。ちらりと視線を向ければ、噂話をしていたメイドたちがさっと跪いた。胸の前で指を組むそれは、あたかも神前に跪く姿のようで、俺の頬は心情そのままに引き攣った。
くく、と喉を鳴らして忍び笑いするのはお兄様だ。
「好きにさせておやり。リリーが聖女のようだとは、実に言い得て妙なのだから」
「お兄様まで」
「君はちゃんと姿見で自身の姿を確認したのかな?」
「しましたわ」
「じゃあ受け入れなくちゃ。そもそも神々しい白の聖女を選んだのは君なのだから」
「白の魔女です」
「僕のイメージでも、その姿は聖女だよ」
「魔女です」
頑なな俺に、お兄様が再び忍び笑いした。何も可笑しくないやい。
「……………トリック・オア・トリート」
「はいはい。お菓子をあげようね」
差し出された三つ目のプラリネを頬張りながら、オキュルシュスとフォルトゥーナのハロウィンパーティーメニューは好評だろうか、などと現実逃避したのだった。