119.我爱你
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「申し訳ない、ナーガ殿。諸々が筒抜けであると失念していた。過ぎた野望を持っているつもりはなく、また姫の能力を悪用するつもりもなかったが、聖霊様から断罪された時点で私は二心を抱いていたのだろう。神の意に反する行いはしないとここに誓う。どうか矛を収めてはいただけまいか」
あっさりなされた謝罪にナーガは暫し金の双眸を眇めていたが、一言『〝目〟はそこら中にある』と告げたのちは、俺の鎖骨に頤を乗せて目を閉じた。陛下を含めた人間とこれ以上は対話しないという拒絶姿勢だろう。
宥めるように真っ白な和毛を撫でてやれば、ふん、と鼻を鳴らした。どうやら溜飲を下げたわけではないらしい。
猫のようにイライラと長い尻尾が俺の肩を叩いている。こんなに敵意を露わにする姿は初めて見るけれど、本当に珍しい。それだけの企みを陛下が画策していたのかは俺には知る由もないが、ナーガの怒りを買うほどには俺やリオンたちを使って何かをするつもりではいたんだろうな。陛下ご自身も堂々と「諸々が筒抜けであると失念していた」と仰っているし。
俗世に関与しない聖霊の怒りに触れた陛下が何をさせるつもりだったのか、非常に気になるところではあるが、藪をつついて蛇を出す必要はない。知らぬが仏だ。俺は絶対聞かないぞ。
そして陛下。過ぎたるは猶及ばざるが如しですよ。何事も程々がいいんです。欲張っても仕方ありません。だから俺を巻き込まないで!
陛下が一部認めたことで、お父様の目が吊り上がった。鬼の形相とはこの事かと、俺はぶるりと震えた。
陛下はさっと目をそらしたが、後ろ暗いところがあるとはっきり告げたようなものじゃないのか、それ。気がとがめるというより、お父様に知られると不都合なことがあると取れるぞ。
もうヤダ! 本気で俺に何させるつもりだったわけ!?
知りたくないけど気になるじゃないか!
「……………陛下」
「いや、うむ。すまんユリシーズ。本当に悪用するつもりなどないのだ」
「利用するつもりではあったのですよね? 悪用も、何を基準に定義するかによると思いますが」
「使えるものは使う。王であるかぎり、私はそのように動く」
「いち臣下として否やはありませんが、娘に関しては頷けません。三年前にスタンピードが引き起こされなければ、私は娘の役割と能力を陛下に告げたりなどしなかったでしょう」
「ユリシーズ」
陛下の眇められたスフェーンの目を見据えて、お父様は淡々と事実のみを語るような抑揚のない声で続ける。
「娘が神の意を受けた身であると知った時から、私はそのようにして参りました。娘の望むままに、やりたいようにさせてきました。そのすべてが幼子の我が儘などでは到底なく、やはり神に望まれ生まれた存在なのだと常々思っておりました。娘の言動は神の意を借りたもの。聖霊様であるナーガ様も、娘の行動を諌めたことがない」
お父様の視線が俺に固定され、最上の宝玉を愛でるようにとろりと甘くなった。
「そのような存在を一国が囲い、叡智を搾取してはならないと、私は考えます。延いては聖霊様を、さらに神をも搾取することになるのだと。その答えを今、ナーガ様より提示していただけました。私の育て方は間違っていない。そうですね、ナーガ様?」
問われたナーガは片目を開けて、こくりと首肯してみせた。
『神の使徒を一国が囲うまでは許容する。しかし、神の使徒を支配することは許さない。言葉巧みにお人好しなリリーを丸め込むことは出来ても、ナーガたちを欺くことは出来ない。聖霊は本質を看破する。そこの精獣、ラスロールもその性質を持つ。たとえナーガがリリーの側に在らずとも、ラスロールが人間の本質を見極めている。人間の建前など、何の意味も成さない』
陛下は一言、俺に「精獣と言葉を交わせるのか」と聞いただけだった。精獣は言葉を理解していると。正直ナーガがこれほど辛辣な物言いをするほどのことを陛下が口にしたとは思っていない。けれど、本質を看破するのなら、口に出していない部分にこそ聖霊の逆鱗に触れる思惑があったのだとわかる。
お父様は、神の使徒という特殊な立場の娘を持たなければ、きっと陛下と国に殉ずる揺るぎない使命感を抱いていたに違いない。それが、俺を娘に授かってから、国より、陛下より、まず俺を優先するようになった。
神の意を受けているからと特別扱いしているわけじゃなく、ただひたすらに娘の俺を愛し、俺の全てを肯定し、俺の身を案じて俺にとっての最善を選んでくれていた。
お母様には敵わないと仰るけれど、お父様こそご自身を犠牲にしてでも俺の幸福を願ってくださるような方なのだ。俺は本当に恵まれている。今も陛下に楯突いて俺を守ろうとしてくださっている。六公爵家の一角と言えど、相手は国の最高権力者なのに。
俺は泣きたくなった衝動そのままに、お父様にぎゅっと抱きついた。
ふっと柔らかく微笑む気配がして、屈んだお父様が軽々と俺を抱き上げる。慣れ親しんだ香りを吸い込んで、お父様の首に両腕を絡めた。髪と背を撫でてくれる大きな手に心底安堵して、俺はこの人の娘なのだと、強く、強くそう感じた。
返しきれないほどのたくさんの愛を貰った。浩介の意識が未だ優勢である現在も、俺は無償の愛を一心に受け、奥ゆかしい日本人には到底真似できない、言葉と抱擁とキスで毎日たくさん想いを伝えてもらっている。お前が愛しくて、大切で仕方ないのだと、一欠片も疑う余地のない愛情をこれでもかと注がれている。
大貴族でこれは珍しいことだと、貴重なものだということくらいはいくら疎い俺でもわかる。親が子を愛することは当然ではなく、前世でもネグレクトはあちこちで起こっていた。親の情は絶対ではないのだ。
だから俺は、その大貴族のひとつに生を受け、息をするように当たり前に愛されている奇跡に感謝しなければならない。親とはこうあるべきだと、完璧な手本が目の前に存在するのだから。
どう返せばいいのだろう。
どう伝えればいいのだろう。
「リリー。私はただお前を愛しているだけだ。お前が大切なだけだ」
正確過ぎる答えを、お父様が甘やかすように囁いた。
頬に、こめかみに、額に、目蓋に、そっと優しいキスが降ってくる。
俺はきっと浩介の頃から愛され方を知らないのだと思う。こう言うと語弊があるが、前世の家族や彼女たちに愛されていなかったという話では決してない。そうじゃなくて、なんて表現すれば伝わるだろうか……。
浩介は、一回り年の離れた妹を誰よりも大切にしていた。心から愛しいと思える存在だった。小憎らしいことをよく言う奴ではあったけど、決して嫌いになどなれない、可愛い妹だった。
共働きでいつも多忙だった両親は、よく面倒を見る俺に諸々を任せてくれていた。妹の食事も、風邪を引いた時の看病も、参観日も、学校を休んででも妹に寂しい思いをさせないために駆けつけた。それは、幼い頃にあまり構ってもらえなかった反動だったようにも思う。自分が寂しかったから、せめて妹にはそんなふうに思ってほしくないと。
妹が依存してくれるたびに、自分は必要な人間なのだと思えた。女の子に甘えられるたびに、自分は愛されていると実感できた。とても歪な感情だったと思う。愛情を注ぐことで頼られ、必要とされる。自己を確立できる。まさに自己顕示欲の塊だった。
でも、レインリリーは浩介の時と真逆なのだ。一心に愛情を注いでもらえる立場。だから、どう返せばいいか戸惑ってしまう。俺は何をすればいいのか、どう伝えればいいのか、逆の立場になると途端に分からなくなる。
「お前が元気で笑っていてくれたら、私はそれだけで満足だ。だから、リリー。ただひたすらに、私たち家族に愛されていなさい」
――それだけでいいのだと。
キスを受けた眦から涙が零れた。
俺と同じバミューダブルーの瞳が柔らかく細められる。はらはらと零れ落ちる涙を拭いもせず、ただただお父様を見つめた。
妹が笑っていると、心が温かく感じた。充足感を得られた。それだけで幸せだと思えた。ここにいていいのだと思えた。
そう、楽しそうに笑っているだけで。
……そうか。それでいいのか。
涙をはらはらと落としながら、俺はお父様に微笑んだ。俺は幸せなのだと、心から伝えるために。
「――お父様。愛しています」
「ああ。私も心から愛している」
浩介の時も、レインリリーとしても、一度も口にしたことなどない重い言葉。
今一度頬にキスを受けながら、これからは出来るだけ気持ちを伝えていこうと心に誓った。
前世の家族に別れも言えないまま、感謝を伝えられないまま人生を終えたのだ。せめて今世の家族には、言えるうちにたくさん想いを伝えておきたい。恥ずかしいけれど、いつかは言い慣れる日が来ると信じて、羞恥心を秘めてきちんと言葉と態度で示していきたい。
「――ということで、陛下。聖霊様の目がなくとも、私が立ち塞がっていることをお忘れなく」
「ああ、百も承知だ。姫、すまなかった。姫の意に反する真似はしないと約束しよう。だから泣かないでくれ」
陛下が俺の涙を指で拭おうとした露の間。パシンと乾いた軽い音と共に叩き落とされた。
「……………ユリシーズ」
じと目を向けるも、お父様はさらりと返す。
「八歳と言えどレディです。無闇に、無遠慮に、承諾もなく触れるのは如何なものかと」
「ほう。つまり?」
「誰が触らせるか」
お、お父様。物言いに遠慮がなさ過ぎます!
「リリー。君の涙はなんて美しいんだろうか。君が泣いている姿なんて初めて見るけれど、僕の心を鷲掴みにしたまま離そうとしない。いつかは君の涙と微笑みを独り占め出来たら嬉しい。愛していると、きっと言わせてみせるから」
イル……お願い。空気読んで。それをお父様の前で宣言しちゃ駄目。お父様はエイベル推しだから、イルの言動はいちいち癇に触るようなのだ。
俺も婚姻が必要ならエイベルだと思っているが、当初計画していた方向と違う展開になりつつあるんだよな。エイベルが、よもや中身おっさんの俺に女を求めるとは思うまい。本気のエイベル怖かった……。
だって現段階で八歳児と三十一だぞ? 普通に親子だろ……。お父様と同い年なのに。俺が十七の時が、四十歳? え、四十路? それってセーフ? 前世的にはアウトだよね?
イルと目が合うと、パチリとウインクされた。
なんだろう……空気を読んでいないのではなく、敢えてそのように振る舞った? 陛下の不穏な思惑から始まった緊張感を、一瞬で緩いものに変えた気がする。俺を気遣ってくれたのかな。いやでもイルだし、あれはあれで本音暴露しただけじゃないのか? え、どっち?
そんな何とも言えない締まらない終わり方で、検証会は幕を閉じたのだった。