116.魔法師団演習場 9
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116話から、文字数を半分に減らすことにしました。
たぶん読みやすくはなる、かも???
金の魔素が大量に集い、足下へ黄金に煌めく魔法陣を形作った。半球状に全員を包み込み、魔法陣が二重、三重とそれぞれ時計回り、反時計回りと緩く回転している。半球体から立ち上る金の粒子は蛍の乱舞に似ており、幻想的な光景に一様にため息を溢した。
この魔法はヴァルツァトラウムの森で発動させた、聖属性浄化魔法の結界だ。視覚的に継続して見える聖属性魔法といえば、これくらいしか思いつかなかった。
スタンピードの一件以来、聖属性を筆頭に七属性魔法をほとんど使っていないのだ。使わないようにしていたというより、使う機会がほぼなかったからだけれど。
聖属性は創造魔法と同様一部の上層部以外秘匿されている属性だから、大っぴらに行使できるものではないという理由もあるのだが、光魔法でさえ貴重なこの世界で、その上位互換に当たる聖属性を湯水の如く使うわけにはいかないからだ。
ありとあらゆる怪我や病気を治してしまう聖属性は、ある意味劇薬と同じだ。医者や薬師の領分を侵すことになるし、王家により多く誕生する光属性持ちの神秘性が損なわれる恐れがある。王候貴族の中でも光属性持ちは稀にしか生まれず、また伯爵家より下位の下級貴族に誕生したという記録は残っていない。理由は諸説あるそうだが、王家から王女殿下が降嫁する場合、六公爵家か侯爵家の二択しかないからではないかと言われている。
だとすると、お母様が光属性に適性をお持ちなのは、もしかするとアバークロンビー侯爵家の御先祖に王家縁の方がいらっしゃったのかもしれない。またお父様が雷属性持ちなのも、お婆様のご実家であるリダウト侯爵家に王女殿下が降嫁なさったから、だろうか。いやお爺様も雷属性持ちでいらっしゃるから、遺伝としてはお爺様由来? 遡ればグレンヴィル公爵家にも王家の血は入っているだろうし、どちらも可能性としては――。
つらつらと、つい黙考してしまった俺の耳に、宰相閣下の感嘆の声が届いた。
「美しいですなぁ……」
「うむ。姫の心根を表しているようで、何とも好ましい」
「師団長! やっぱり聖属性は金色なんですよ! 凄くないですか!?」
「前に一度だけ見ることができた魔法陣……これが神の領域である聖属性。構築された魔法陣の、なんと美しいことか。完璧に研磨された水晶玉のごとく、完成された美を俺はいま目撃している……!」
うん、如何に師団長が魔法陣マニアかということはよく分かった。分析はしないでくれよ? 一部でも複写しようものなら読んで字の如く天罰が下るぞ。
「リリー。これの効果は?」
「浄化魔法の結界壁です、お父様。ヴァルツァトラウムの森で、呪いの奇襲を受けた時に行使しました」
「呪いの奇襲……本当に、あのような場へお前を向かわせてしまったことが悔やまれてならないな」
「お父様……」
「いや、分かってはいるのだ。過ぎたことをいつまでもぐちぐちと言っているのは私だけだ。特殊な状況下にあったのだ。お前でなければ森の踏破など不可能だったろう。広大な森全てを浄化できたのもリリーの能力のおかげだ。あの場にお前が留まり、関わったからこそ我が領地と国は助かった。領主として、国に従事する者としてはそう判断できる。だが父親としては……」
俺がお父様の立場でも、同じように悔いただろう。もしあの時あの場で死闘を繰り広げたのが俺ではなくお母様だったら。お兄様だったら。双子だったら。それを成せるだけの能力を持っていたとしても、そんなことには関わらないでほしいと願ったはずだ。自身が火中に身を投じた方がずっと心安い。
特にお父様は、昏倒した俺をずっと看病してくださっていた。意識の戻らない娘を見て何を思ったか、決して想像に難くない。容態を話に聞いていただけのお兄様方より、実際に昏睡している姿を見守っていたお父様の方が何倍も痛みとして刻み込まれているに違いない。
「お父様。もう二度とあのような無茶はしないとお約束致しますわ。もう二度と、お父様を悲しませるような選択は致しません」
今後同じような危機を迎えない保証はない。ハインテプラ帝国の関与の可能性など、きな臭い案件も未解決のままだ。国内とて不安要素は残されている。じっちゃん以外の転移者二名と、そして俺と同じく転生している何者か。
覚悟を決めておくべきなのだろう。転移者や転生者が敵だった場合の、対処を躊躇わない、迷わない覚悟が。そう――躊躇なく、万物流転を人に向ける覚悟をだ。
「お約束しましたでしょう? これからもずっと、この身はお父様のお側に在ると」
「――心も」
「はい。心もお父様のお側を決して離れませんわ」
「そうか。……そうだな。ならば、良い」
ほっと心底安堵したような面持ちで、俺の頬を撫でた。
「私もお前を離すものか」
「ええ。手離さないでくださいまし」
そして一生をグレンヴィル公爵家で完結したい。
俺と同じバミューダブルーの瞳をじっと見つめて密かに決意表明していると、呆れたような陛下の嘆息が聴こえた。
「まるで引き裂かれる恋人たちのようだな。父娘の会話ではないぞ、ユリシーズ」
「紛うことなき愛する娘との日常会話ですが」
「いいや。悲恋物を観劇している気分だ。私は王女たちとそのような会話などしない。お主の日常会話とやらは明らかにおかしい」
「どこも可笑しくなどありません。息子たちも似たようなものですが」
「お前と瓜二つのユーインが、毎日のようにアラベラに瓜二つな姫を相手に口説いているだと? そりゃ何の再現だ。おいユリシーズ。いい加減跡取り息子の婚約者を定めろ。不健全すぎる」
「陛下。お言葉が乱れておりますぞ」
苦り切った面持ちでお父様を睨んでいる陛下に、ほほほと朗らかに笑いながら宰相閣下が苦言を呈した。
「我が家にはいろいろと不透明にせねばならない事柄が多いことはご存知でしょう。それに付随して、息子たちの姻家選びも大変難しいのです」
お父様がちらりと俺を見た。
「ベラのように、生家ではなくグレンヴィル家を迷いなく選ぶことの出来る令嬢であればその限りではありませんが、間違いなく実家の利益を優先するよう教育を受けているでしょう。それではグレンヴィル家には迎えられない」
「まあその通りだな。姫の情報をリークされる可能性もある」
「はい。ですので、特に跡取りであるユーインの婚約者は殊更難しいのですよ」
「ふむ……」
「お、お父様。ごめんなさい、わたくしのせいで、お兄様の……」
「ああ、違う。リリー。お前の責任などではない。元よりグレンヴィル公爵家は姻家選定の難しい家なんだ」
どういう意味だろう? 小首を傾げると、補足説明してくださったのは宰相閣下だった。
「王家にはいくつか盾がございましてな。表向きの盾がチェノウェス公爵家で、固有能力通り、守りの盾と言われております。そして裏に当たる守りの盾を担うのが、グレンヴィル公爵家なのです」
「裏の守りの盾……?」
「左様。グレンヴィル公爵家は諜報に長けた一族であり、内偵向きの風属性に適性を持つ者が多く生まれる家系でもあります。また特徴として、保有能力が多い傾向にもありますな」
ああ、確かに。お父様とお兄様は風属性に適性をお持ちだ。お爺様は違うけど、お爺様の弟君、大叔父様は風属性持ちだったと聞いている。お爺様が王都にいらした頃は、大叔父様が代行として領地を治めていたそうだ。俺が生まれる前に落盤事故で亡くなったそうなので、どんな方だったのかは知らないのだけど。
ご結婚されていなかったらしく、俺たち兄弟にグレンヴィル家に連なる従兄弟はいない。曾祖父の兄弟である血筋の者たちはいるが、遠戚でグレンヴィルの家名を名乗っている訳ではないので、新年の挨拶に我が家を訪れる以外の付き合いはない。
分家にあたる下位の者たちとして接するよう厳しく言われている。当然お父様の許可なく彼らが俺に接触を図ることは許されないのだが、一度それをやらかしてお父様の不興を買い、王都邸への立ち入りを固く禁じられた。どうやら俺にキスのひとつでもして傷物にし、無理やり姻戚関係に持ち込む腹積もりだったらしい。浅知恵にも程があるだろうに。
俺に迫った分家嫡男はお兄様より四つ年上で、四歳の幼女を、十三歳の少年が手篭めにしようと壁に押しつけている構図には正気かと戦慄したものだ。たらこのような唇を突き出して顔を寄せられた時は心底気持ち悪かった。いち早く気づいたお兄様に風魔法で吹き飛ばされていたけど。
ああ、どうでもいい話だった。脱線する癖をどうにかしないとな。
「お父様。わたくしが知らないだけで、もしや我が家には密偵部隊があるのですか?」
「ある。我がグレンヴィル公爵家は王の耳だからな」
「王の耳……密偵の者に、わたくしは会っておりますか?」
「会っている。諜報員はすべて風属性適性者だ。お前の周囲にも侍らせている」
「風属性……」
まさか……アレン? 侍女の一人、ブレンダも風属性持ちだ。
「気づいたか?」
「アレンと、ブレンダですか?」
「正解だ」