113.魔法師団演習場 6
大変お待たせ致しましたm(。≧Д≦。)m
「シリル殿下は三年かけて上級魔法を取得されましたので、四年間の時間喪失を対価に、風属性上級魔法の取得は叶うでしょう」
全員で笑ってしまったことで少々拗ねていたトラヴィス殿下だったが、何とか溜飲を下げ、口を尖らせつつもわかったと頷いた。
こういう所はまだまだ子供だな。イルなら絶対しない表情だ。そっくりだからイルが拗ねているみたいで面白い。
「七属性のように、無属性魔法には既存の詠唱は存在していません。通常であれば十歳で自身の能力の概要をつかむそうですが……そうですよね、ウィリス卿?」
「はい、姫様の仰るとおりです。僕も十歳の時に能力を理解しました。無属性に詠唱は必要ありません。能力名を口にするだけです。しっかりと発動した結果をイメージすることが大事ですけどね」
「口にするだけでは発動しない?」
「その通りです、トラヴィス殿下。七属性がそうであるように、無属性もまた、発動には完成されたイメージを思い描く必要があります。僕の場合ですと、例えば一年間で我が国が危機に瀕する可能性をイメージします。すると幾つかの未来が見えるので、一番条件の良い未来を引き寄せます。掴んだより良い可能性と現在を結びつけるイメージをきちんと描ければ成功です」
「へぇ~……ウィリス卿の未来視は、迫る危機を知るだけじゃなくて、回避できた未来を選べる能力なんだね。凄いなぁ」
「恐れ入ります」
トラヴィス殿下の仰るとおり、本当にとんでもない能力だ。代償付きだけど願えば何でも叶うトラヴィス殿下の能力に比べて、ディックの未来視は時間の縛りと選択の自由はないが、代償を一切必要としない。選択肢は決められていても、より最悪の未来は切り離せる。
トラヴィス殿下の能力は、寧ろ俺の創造魔法に近い。俺にも代償が課されている。だからこそ、トラヴィス殿下に制御と調整を伝授できるとすれば、ローナ様の他には俺しかいないだろう。
俺がきちんと制御出来ているかと問われれば、完璧だと返せない心許なさはあるけれど。
「未来視をお見せできればいいのですが、僕の力は国防のために使うと誓約しておりますので、陛下のご許可がないかぎり使用できません。まあ元々チェノウェス公爵家の防護魔法のように、形としてお見せできる代物ではないのですけど」
「ああ、そうか、未来のビジョンはウィリス卿にしか見えないのか」
投影機のように本人以外にも覗き見れたらもっと便利だったのかもしれないけれど、可能性であっても残酷な未来が待ち受けていないともかぎらないのだ。やはり見ることが出来なくて正解なのだろうな。
俺の防護魔法ならチェノウェス公爵家のお家芸に似てなくもないけど、人が扱えないはずの創造魔法だからなぁ。魔素の視覚的参考という点では最も不向きだろうが……。
「陛下。ローナ様はご自身の能力を何と呼んでいらっしゃったのですか?」
「神変と呼んでいたな」
「ラグ・エテレイン……」
名称を舌で転がすように呟いたトラヴィス殿下を横目に、俺はやはりかと確信した。
神変と書いて〝ラグ・エテレイン〟。願いや奇跡といった響きを持つ一方で、人知では推し測れない不可思議な変化という意味を持つ。
創造魔法に近い能力が、確かに存在していた。これは転移者や転生者に創造魔法に準ずるような能力が備わっていないと否定しきれなくなってきたぞ。こんな形で抜け穴たる存在を知ったのだ。〝存在しない〟とか〝あり得ない〟など鵜呑みにしていい案件じゃない。
ナーガが嘘をつくとは思えない。そもそも聖霊は偽りを口にしない廉潔な存在だ。ナーガの言葉に虚言はない。
ではどこで情報を取り零した? ……まさか、聖霊に情報が下りていない?
熟慮しかけて、今すべきことじゃなかったと一旦思考を放棄する。これはあとでナーガと今一度対話する必要があるな。
「トラヴィス殿下。まずは対価の少ないもので試されることをお勧め致します」
「そうだね。ぶっつけ本番は危険だもの。何を願えばいいかな? あ、傷を癒すとか?」
「殿下。等価交換であることを必ず念頭にお置きください。願えば何でも叶う能力であるからこそ、慎重にならねば差し出す対価によっては命を脅かしかねません」
「ああ、そうか……もしかしたら、傷を癒すことでぼくが同じ傷を負う可能性もあるのか……母のように」
「ご明察です。万能であって万能ではないリスクを背負うのが神変という能力なのでしょう。本来ならば人に扱える力ではなかったはずです。常に支払うべき対価と天秤にかけなければならない、実に縛りの多い能力だと思います。けれど、その縛りこそがトラヴィス殿下をお守りするストッパーにもなりますので、その匙加減を少しずつ学ばれませ」
「うん、そうする。貴女もそうしてきたの?」
いや、ほぼ自重なしに好き勝手やってきたな。
そんなブレーキが破損した暴走列車のような俺がなに講釈垂れてんだって話だな。今さら気づいてなんだけど、俺って指導には一番相応しくないんじゃね!? ああでも反面教師にはなるか!?
「……………わたくしのことはあまり参考にはならないかと」
「ああ、そっか、神の使徒だものね」
俺はにこりと微笑んだ。微笑みで誤魔化した。
お父様のじっとりとした視線が真横から突き刺さるが、振り向いてはいけない。
俺ハ気ヅイテナイヨ?
「さて! では、ご自身の魔力感知からやってみましょうか。例えば――そうですね、探査などはいかがでしょうか?」
「タンサ?」
「はい。外で待機している近衛騎士の何名かに移動してもらい、トラヴィス殿下はここから一歩もお動きにならず、どこに何名待機しているかを調べるんです」
「「「「「え?」」」」」
「え?」
なんだ? 一様に鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているな。変なこと言った自覚はないんだけど、どこかおかしかったか?
「リリー、ちょっと待ちなさい。お前は誰がどこにいるのかわかるのか?」
「え? はい。聞けば魔素が教えてくれますし、魔素の協力がなくても魔力を薄く引き伸ばせば探査や索敵は可能です。実際魔素が閉め出されたヴァルツァトラウムの森ではそうやって感知していましたし、対象を絞れば精度も高くなります」
「魔力を薄く引き伸ばす?」
「もしかしてあれかな? 後宮で証拠を押収した」
「ああ、あれか」
訳知り顔で頷いているイルとイクスを横目に、お父様の秀眉がぐぐっと寄った。
「リリー。説明しなさい」
「ええと……魔素を介さないので、自身の魔力とイメージさえしっかり出来れば属性なしで使えるのですが……お父様方も出来ますでしょう?」
「「「「「いやいやいやいや」」」」」
大人たちが揃って首を振っている。
え? もしかして出来ない?
「あのな姫さん。それが本当なら軍事利用できる大発見だぞ」
「え。」
「索敵は無属性で、半世紀に一人誕生するかしないかの希少能力だ。そして希少なのに、姫さんの索敵精度より数段劣る。無属性の索敵は、近くに敵がいるかいないかしか判別できない。どこに何人潜んでいるかまでは知りようがない」
「え。」
「確かに魔素に頼らないなら属性なしってことになるんだろうが、そもそも魔法は魔素の恩恵を受けた属性在りきだからな? 魔素を介さない魔法は存在してないからな?」
「え。」
いま初めて知りましたとくっきり顔に書いてあるのか、俺の反応に大人たちが重々しく嘆息した。
「ユリシーズ。姫にはきちんとこの世界の魔法について教育しているか?」
「しておりますが、何分まだ学び始めて三年しか経っておりませんので、全ての現存する魔法を網羅できているわけではありませんから」
「まあそうだろうが、このままでは危うい」
「承知しております。今後優先的に教育することに致します」
「その方がよい。認識の齟齬は姫自身の首を絞めかねんからな」
ええと、つまり俺が当たり前に使っていた魔法は前例のない代物だったということかな?
陛下のご指摘通り、確かに無知なままあちこちで存在しないはずの未知の魔法を使っていたなら悪目立ちしていたことだろう。それは結果、犯罪に巻き込まれるような事態を招いていたかもしれない。それだけ俺はこちらの常識に疎いということに他ならない。
(でもなぁ……)
諸々の把握は急務であり最優先事項なのだろうけれど、現存する魔法をすべて頭に叩き込むよりナーガに聞いた方が断然早いんだよなぁ、というのが本音だ。それじゃいけないのは分かっちゃいるんだけど。
ちらりとナーガを見れば、やれやれと言いたげに嘆息した。
『人間が知ることを許されている範囲内であるなら、聞いてくれればちゃんと答えるよ。でもナーガから教えたりはしない。リリーが疑問に思わなければ答えない』
「ええ。わかっているわ」
最初からナーガの姿勢は一貫している。今回のことを含め、俺に危機感と注意力が欠けていたってことだ。観察力も洞察力も、足りないものを挙げたらキリがないのだけれど。
楽をせず学ぶべきだよな。調べればすぐ答えを得られる検索エンジンよろしく、何事もナーガに頼りきりというのは駄目だろう。うん、反省しろ、俺。
「それで、リリー。その探査や索敵はどうやるのだ? 魔力を薄く引き伸ばすと言っていたが、いまいち要領を得ない」
「えっと、そうですね……ソナーはお分かりですか?」
「いや、知らない」
「発信した超音波が水中を伝播し、その反射波から水中や水底の物体や魚群、水測の情報を得ることをあちらの世界ではソナーと言います。噛み砕いて言えば、水面に広がる波紋ですね」
百聞は一見にしかずということで、実際に波紋の広がり方を目視してもらったほうが手っ取り早いか。
「ナーガ、氷で円柱の器を作って。その中に水を張って、中央と縁の中間辺りに氷塊を一つだけ浮かべて欲しいの」
『わかった』
「皆様、集まっていただけますか? ソナーを分かりやすく実演致します」
ナーガが用意してくれた、盥ほどの大きさの器を取り囲むように全員が集まったところで、タイミングよく水面が凪いだ。
「これから中央に投下する氷が探査や索敵を行使する人物だと仮定します。器の縁より手前に浮かぶ氷が魔物などの探知対象ですね。波紋の広がる様子をよくご覧ください」
ナーガにもう一個氷塊を中央に落とすよう目配せすると、ポチャンと水音を立て落ちた氷塊から、放射状に波紋が広がっていく。縁から少し離れた位置に浮かぶ氷に到達すると、放射状に広がる波紋とは異なる反射波が発生した。
「こうして対象物にぶつかると、反射された波紋が変化して戻ってきます。反射波によって個体数や位置、距離を感知できる、これをソナーと言います。探査や索敵対象を指定しておけば、その対象だけを探知できるようになります」
「なるほど……これは便利だな」
「おおお……対象が敵兵なら、どこに潜んでいようがどう陣形を展開させていようが丸見えってことか。陛下、これマジで軍用化できますよ」
「確かにそうだな。これほど軍事に特化した魔法はないだろう。だからこそ慎重にならねばならない。誰にでも扱えるなら、誰にでもあらゆる情報が筒抜けになるということだからだ」
「確かに。おいそれと公にはできない魔法ですな」
宰相の呟きに首肯した陛下は、ナーガに視線を寄越した。
「……ナーガ殿。これは新種の魔法だと思うのだが、神の使徒である姫ならばともかく、徒人でしかない我々が使っても良い魔法なのですか」
『これくらいなら構わないけど――』
「よっしゃ! 陛下! 規制かけて軍用に組み込んでもいいですね!?」
『……構わないけど、索敵魔法を編み出したのはリリーだから、リリーに使用許可を求めるべき』
「――あ。」
地球の現代風で言うなら「やべっ」という顔をしている師団長を、ナーガはついと細めた金の双眸で見据えた。
首の毛が逆立っている。珍しく苛立ってるな。どうした?
宥めるように和毛をくしゃりと撫でてやる。
『そこの鳥頭は話を最後まで聞けないの』
「と、鳥頭」
『三歩歩いたら忘れちゃう鶏と一緒。口に出す前に一度よく考えるべき』
『話遮った~』
『リリーを蔑ろにする発言は許さない』
『許さないぞ~』
『リリーに謝れ~』
『鳥頭め~』
魔素たちの援護射撃まで受けてしまった師団長は、思いきり頬を引き攣らせた後「すんませんでした!」とナーガと俺に潔く頭を下げた。
「―――――ふっ……」
おお……珍しくお父様が笑っていらっしゃる。顔を背けてはいるけど、肩が揺れておりますよ、お父様?
「鳥頭……っ」
「ぶっほ……!」
陛下、貴方もですか。ディックは隠す気ねぇな。
言い得て妙だとは俺も思ったけど、これじゃまた話が進まないじゃないか。俺もよく脱線するが、大人たちも大概脱線傾向にあるな。管理職の人間ばかりが集まっているはずなのに、余計なお世話だが大丈夫か。
「師団長、構いませんよ。それで我が国の騎士や魔法師たちの命を守れるのなら、索敵魔法を軍用化なさってください」
「姫さんっっ」
「ただし条件があります。陛下が懸念されたように、悪用されないよう徹底的に管理してくださいね」
「それはもちろん! 大前提で取り組むと誓う!」
ならば良し。要人の現在地や機密保管所などの場所特定に悪用されては堪らないからな。
「さて、時間は有限ですので先に進めましょう。トラヴィス殿下。先程の実演でイメージは掴めましたか?」
「うん。分かりやすかったから大丈夫」
「では魔力の出力調整を身につけ、その感覚を掴めましたら、神変を試してみましょう」
「了解」
「陛下。外で待機している近衛の方々に指示をお願い致します。範囲は演習場周辺で。どこに何名移動したかは陛下のお心に留めおいてください」
「心得た」
陛下が宰相閣下を伴って退出していくと、ディックが興味津々とばかりにいの一番に口を開いた。
「姫様。ヴァルツァトラウムの森ではどのような索敵範囲を指定されたのですか?」
「範囲? 標的ではなく?」
「範囲です。標的は〝魔物〟〝害心をいだく者〟〝罠〟辺りでしょうから」
なるほど察しがいいな。あの場ではさらに〝獣〟〝呪い〟を追加したが、あの時は特殊ケースだっただけだ。呪いなど、あんなものが当たり前にごろごろ転がっていたら一溜まりもない。
「範囲は半径百メートルの球体で、天と地中も索敵範囲に指定していました」
「平面ではないのですね。先程の波紋を想像していたので、てっきり平面的なものだとばかり思っていました」
「防衛戦ではキマイラとワームの群れに襲われ、天地の警戒も必要だったのです。ウィリス卿の仰るように、森内部では罠も索敵対象でした」
「なるほど。天地を含めた前後左右に展開することで、死角を無くしたのですね。興味深い発想です。姫様、是非とも今後も魔法談義に花を咲かせましょう!」
うん。物理攻撃至上主義者であるベレスフォード先生並に脳筋だということはわかった。
魔法談義とは心踊るお誘いだが、その相手がお父様ではなくディックだという事実に遠い目をしていると、外へ出ていた陛下と宰相閣下が戻ってきた。
「待たせたな。騎士に指示を出した。始めていいぞ」
「なぜ持ち場を離れる必要があるのかと怪訝そうでしたな」
「王族の身辺警護があれらの仕事だからな。頑固一徹なやつらが渋りながらも四方へ散っていく様は実に愉快だった」
職務に忠実な相手になんて言い草だ。
でもまあ分からなくもないんだけど。常に人に付いて回られるのは、想像以上に疲れるし気障りなのだ。自由がないし、気が休まらない。俺も慣れるまでは本当に苦労した。今は見られていることにも慣れて、着替えや入浴の世話までされることも慣れてしまった。慣れなきゃやってられない。
「では始めましょうか、トラヴィス殿下」
「いつでもいいよ」
「まずは平面で感覚を掴みましょう。先程の波紋のように、ご自身の魔力を薄く放射状に広げてみてください。範囲は演習場より更に五十メートル先まで。標的は近衛騎士です。分かりやすく色付きで探知できるよう設定してください」
「設定はどうやって?」
「念じればいいだけです。そうですね、では対象の近衛騎士を赤い点で表記されるよう念じてみてください。常に索敵領域は知覚できるよう、殿下にのみ見えるよう可視化させておくこともお忘れなく」
「わかった。やってみる」
神眼を発動して、トラヴィス殿下の魔力波動を観察する。トラヴィス殿下から白緑の魔力が溢れ、草原を走り抜ける薫風の如く広がった。
可視化されているであろう索敵領域に、果たして上手く拾い上げることが出来るか――そう思った、露の間。
「―――――見えた。入り口に五名。北三十メートルに三名。南十四メートルに二名。東九メートルに三名」
しん、と静まり返った演習場で、陛下が驚嘆の声を発した。
「――正解だ」