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112.魔法師団演習場 5

ブクマ登録&評価ありがとうございます(*´-`*)ゞ

 



「あ、兄上、凄いです!」


 呆けているイルへ駆け寄ったトラヴィス殿下が、興奮気味にそう宣った。

 こうして並んでいると、髪の長さ以外は本当によく似た異母兄弟だなぁ。放心と興奮で、現在の心理状態は対極的だけど。

 取り敢えず落ち着こうか、トラヴィス殿下? 両肩を揺すられているイルの頭が前後にガクガクと揺れていて、もげてしまわないかハラハラするので。脳をシャッフルしちゃいけません。はい離れて~。


「ぼくも負けていられないなぁ。魔法実技を受ける前に昏睡状態に陥っちゃったから、まだ全然魔法が使えないんだ」

「ラビ、それは仕方ないだろう? 僕が言うのもなんだけど、焦ったって良いことなんて一つもないよ。これから一緒に取り戻していこう」

「確かにそうなんだけどね。ふたつ下の第四王子(クロード)でさえ普通に初級魔法が扱えるって、結構ダメージ大きいんだよ?」


 兄として、同じ男児としてそれは確かに心穏やかじゃいられないよな。オッチャン分かっちゃうわ~。


「トラヴィス殿下。差し支えなければ適性属性をお伺いしてもよろしいですか?」

「うん、構わないよ。ぼくは風属性と無属性に適性があるらしいんだ」

「まあ、無属性ですか?」


 それはまた珍しい。

 無属性は決まった型というものが存在していない、大変貴重な能力だ。光と闇属性の次に珍しい属性で、どのような能力が存在しているのか把握しきれていない、未知の属性でもある。

 特殊ゆえに血族に定着させようと近親婚を繰り返したり、稀に平民に発現する場合もあるため、貴族は競うように囲い込み、女性であれば妾に、男性であれば娘や一族の女性に男の子供を産ませる。わかりやすく例を挙げるなら、チェノウェス公爵家の防護魔法だ。過去に幾度も近親婚を繰り返し、血筋に無属性の防護魔法を定着させた話は有名だ。

 ディックの無属性、未来視(アヴニール・ベル)もかなり希少なため、彼は姉妹か従姉妹を複数娶る義務が課されていることだろう。彼の息子も同じように姉妹を娶り、血に定着するまで何世代にも渡って近親婚を繰り返すことになる。子仲をなす関係だと、初めから互いを異性と捉えていればまだいいかもしれないが、兄妹だと、あるいは姉弟だとしか見れない普通の家族であった場合、それは途方もない悲劇でしかない。

 ディックと姉妹が、互いに恋情を抱ける異性だと、そう思える関係であることを祈るばかりだ。


 バンフィールド王国の子供は、四歳の初冬に宮廷魔法師団の監督で適性の一斉検査が行われる。封地貴族の子は領地で受けるが、王都に屋敷を構える官職持ちの子や法衣貴族の子供は王都で検査することになる。平民はそれぞれの地方行政機関やその付属機関で受け、王都在住の平民は王立機関で受ける。その全ての指揮を、前述した通り宮廷魔法師団が執り行っている。

 検査は至ってシンプルで、魔道具に魔力を流すだけでいい。適性に属した変化が起こるので一目瞭然だ。

 魔道具は卵の形をしており、掌に乗せた魔道具に魔力を流すと、火属性ならば魔道具がほんのり熱くなり、水属性なら表面に水滴がつく。風属性ならそよ風を纏い、地属性なら魔道具が震える。雷属性なら軽く紫電と火花が散り、光属性ならば淡く発光する。闇属性なら魔道具を持つ手がピリッと軽く痺れ、無属性だと魔道具が掌の上でくるくると回転する。

 来年の初冬は双子の適性検査が待っているが、すでに静電気を意図的に発生させていたということは、雷属性に適性を持っているのは確実だ。


 ――ああ、そうだった、思い出した!

 帰ったら絶対に双子を説教だ。忘れちゃいけない。

 でも取り敢えず今は横に置いておいて。


 俺の適性検査はどうだったかと言うと。

 その頃はまだナーガもいなかったし、お父様が適性検査を監督する宮廷魔法師団の幹部ということもあり、我が家ですでに検査済みだと報告して、お母様と同じ水と光の二属性で登録したそうだ。

 それは職権濫用と偽造罪に該当するのではと心配になったが、創造魔法を介してどちらも行使できるのだから、結果虚偽にはならないとドヤ顔で仰った。真相などどうせ誰にも暴けないとも。

 うん、まあ確かにその通りなんだけどね? たまに俺はお父様がめちゃくちゃ心配になるんだが。

 後々捏造を知った俺は、初めてイクスに適性を聞かれた時、光だけだと答えたことを思い出してひやりとした。火や風など他の属性を挙げなくて本当によかった。


 しかし、トラヴィス殿下に無属性か。

 無属性とは突然変異のようなもので、唐突に、思い出したかのように生まれる属性だ。チェノウェス公爵家のように血に定着させた成功例はそう多くないけれど、そもそも無属性持ちの誕生自体が非常に稀なのだ。

 その希少な無属性に適性を持つトラヴィス殿下。

 元々はアッシュベリー公爵令嬢だった王妃様の侍女をしていた子爵令嬢の息子で、第一王子であるイルの二十日遅れで産まれた第二王子。下級貴族出身であるトラヴィス殿下のご生母が、なぜ陛下の側妃になれたのか気にはなっていたが――まさか。


 ちらりと陛下に視線を滑らせれば、いつから俺を観察していたのか、陛下とばっちり視線がぶつかった。にやりと上がった口角に、俺は確信してしまう。


 トラヴィス殿下の外戚であるレッドメイン子爵家は、確か血族者が残された一人娘だけだったはず。相次いで馬車の滑落事故や犯罪などに巻き込まれ、子爵夫妻とその弟一家が亡くなっている。

 レッドメイン子爵家に無属性持ちが続けて誕生したという記録はないし、疑惑だけで確証はない。ないけれど……陛下の不敵な笑みがそれを肯定しているとしか思えない。

 恐らくレッドメイン子爵家唯一の生き残りであったトラヴィス殿下のご生母は、トラヴィス殿下と同じ某かの特殊な無属性持ちだったのだろう。その能力を王家に組み込みたかった陛下は、王妃様と一緒にトラヴィス殿下のご生母も娶ったのだろう。懐妊時期が符合する辺り、そうとしか思えない。

 如何程の確率で遺伝できたのかは不明だが、陛下の目論見通り、たった一度でトラヴィス殿下に遺伝した。そしてその能力は、王家に入れなければ貴族間で争いの種になるほどのもの。


「……………」


 ディックの反則級能力、未来視(アヴニール・ベル)さえ霞むような力。そういうことなのだろう。

 定着されないかぎり、一代で消えてしまうあえかな能力が無属性だ。近親婚で産まれたわけではないトラヴィス殿下の覚醒率が、奇跡的だったということは間違いない。では二代続けて遺伝した場合、無属性魔法をどう扱い、どうコントロールするのか。

 創造魔法や聖属性魔法のように、一代かぎりの無属性魔法には既存の詠唱というものは存在していない。意図的に血筋に定着させなければ失われる能力なのだから、該当するような詠唱などが伝わっているはずがないのだ。

 ではどうやって、どんな力であるかを知るのか。

 無属性は他の七属性とは一線を画する能力だ。だから、その見極めも七属性にはない手段になる。


 無属性持ちも四歳の初冬に適性検査で知ることにはなるが、他の七属性持ちと違って翌年からの実技はない。ものがわからないと教えようがないからだ。固定されないかぎり唯一無二の能力でもあるので、そもそも教えようがないという理由もある。

 無属性持ちは決まって十歳で発現するらしい。その時になって初めて、授かった能力の扱い方を何となく理解するのだそうだ。

 血筋に定着させたチェノウェス公爵家は参考にならないけれど。あそこはすでに適性あった無属性が何か分かっているから、十歳まで待たずに防護魔法の実技に入るそうだ。先人がいるからこそやれる英才教育だな。


 姫――と、思量にふける俺の意識を引き戻したのは陛下だった。


「構わぬ。思い至ったことがあるならば、何なりと申すがよい」

「――では、お言葉に甘えまして。トラヴィス殿下」

「えっ? ぼ、ぼく? 何かな」

「トラヴィス殿下の外戚、レッドメイン子爵家についてお伺い致します。ご生母様を含め、両陛下から何かお話がございましたか?」

「え? 母上のご実家? いや……父上からも義母上からも、母がぼくを産んですぐに亡くなったとしか聞いていないけど?」

「無属性については如何ですか?」

「適性検査で魔道具が回転したから、無属性持ちだと分かったって程度の認識しかないよ」

「では一度も試されたことはないのですね?」

「試す? さっきも言ったとおり、魔法実技はまだ一度も受けてないけど」

「なるほど。ありがとうございます」

「どういたしまして?」


 小首を傾げつつも、トラヴィス殿下は何故そんなことを問うのかとは訊かない。この場は話の流れを遮らない方が時短になると冷静に分析している様子だ。中身は実質的には四歳のはずなのに、なんて賢いお子様だろうか!


「陛下、いくつか確認を取らせて頂けますか?」

「構わないと言った」

「ありがとう存じます」


 陛下の口角はずっと上がったままだ。俺が謎解きしていく様を、見世物よろしく愉しんでいると一目でわかる。


「トラヴィス殿下のご生母様に、無属性の適性があるとご存知でしたか?」

「ああ、知っていた」


 やっぱり側妃様は適性持ちだったか。


「側妃様は、一度でもそれを行使されたことはありますか?」

「大きなものでは二度ほど行使したと聞いている」

「陛下はご覧になりましたか?」

「一度だけある。それを見たのは私と王妃だけだ」

「側妃様が嫁がれたのは、王妃様が強く願われたからではありませんか?」

「――然り」


 イルやトラヴィス殿下は驚いているが、陛下の面白そうな表情は崩れない。


「一度目の行使は、王妃様がご令嬢時代に某かの不幸があった時。二度目は、トラヴィス殿下をご出産なさった後、ですね?」

「これは驚いた。まるで見てきたかのような正確さだな」

「では?」

「ああ、姫の言う通りだ。一度目は王妃が顔に大きな傷を負ってしまった時だと聞いている。二度目は、確かにトラヴィスが産まれて幾日か経った頃だ」

「側妃様は産後の肥立ちが悪く、またトラヴィス殿下もお産まれになって一度も産声を上げなかったのではありませんか? 恐らくはご出産の際にへその緒が首に巻きつき、酸欠状態でお産まれになった。一過性だったとはいえ、一度は仮死状態に陥ったトラヴィス殿下の脳は深刻なダメージを受け、ずっと昏睡しておられたはず」

「ははっ。本当に……姫には驚かされてばかりだ」


 ここでようやく陛下は表情を引き締めた。


「その通りだ。ローナは出血が多過ぎた影響で産後の肥立ちが悪く、いつ命を落としてもおかしくない状態だと診断されていた。トラヴィスも、姫の予想通り首にへその緒を巻きつけて産まれた。十分ほど仮死状態だったトラヴィスは、蘇生により呼吸が戻っても、意識は戻らなかった。トラヴィスもローナ同様、いつ亡くなるかわからない状況だった」

「そこで、ローナ様は二度目の魔法を行使されたのですね。ご自身の命を対価に」

「え!?」


 トラヴィス殿下が溢れんばかりに見開いた目を俺に向けた。

 これを伝えるのは酷だが、ご自身がどんな力を受け継がれたのかを知れば、いずれ必ず辿り着く事実だ。後々一人で抱え込むより、父君である陛下にきちんとあらましを聞く方が断然いい。

 そしてこの能力を知ることは、この先トラヴィス殿下のお命をお守りする意味でも必要不可欠なプロセスになる。


「そこまで読み取ったか……末恐ろしいものだ」

「恐れ入ります」

「ではローナとトラヴィスが適性を持つ無属性が何であるか、姫にはもうわかっているようだな」

「はい」

「答えてみよ」

「……愚見ですが、願いを叶える能力ではないかと」

「願いを、叶える……?」


 うつけたようにトラヴィス殿下が復唱した直後、まさかと震えた。


「母上は、ぼくを助けるために、願ったと言うの?」

「はい」

「自分の命のために願わず?」

「……トラヴィス殿下。事象をねじ曲げるためには、それと同等の対価を支払わなければなりません」


 そう。等価交換の原則だ。命を救うのならば、別の命を差し出す必要がある。つまり――。


「……母上は、ご自分の命を対価に、ぼくを生かしたんだね」

「トラヴィス。そのように受け止めるな。子を救うためならば親はどんな事でもやる。特に母親とはそういうものだ。ローナは死を選んだのではない。最愛の息子を救う選択をしただけだ。最期に我が子を救える力を持っていたことを、お前の母は心から喜んでいた」

「父上……」

「同じ親として、私も王妃もローナの想いは痛いほどよくわかった。ゆえに、ローナが何を選択するか知っていて止めなかった。彼女の決意を尊重してやりたかった。ローナの死は後悔しているが、お前が生き残ってくれたことに後悔など微塵もない。だからこそ、二度目の昏睡に私も王妃も酷く狼狽したのだ。たった四年でローナの願いは砕けてしまうのかと……。だが、此度も生き延びた」


 ああ、だから陛下は俺を呼び、国王でありながら一介の小娘に頭を下げてまで謝意を示して下さったのか。


「トラヴィス。私たち親を思うてくれるなら、その命を惜しんでくれ。悔いたり重荷を背負うのではなく、これからの人生をお前なりに謳歌してくれ。それがお前の母の願いであり、私と王妃の願いだ」


 下唇を僅かに噛み締めたあと、トラヴィス殿下はしっかりと陛下を見据えて首肯した。

 まだまだすんなり飲み込めるものではないだろう。けれど、成長して大人になれば、いつかローナ様や陛下、王妃様の親心を理解できるはずだ。

 王妃様があの断罪劇でお見せになった怒りは本物だった。「わたくしの息子()()」と仰られたのは演技などではなく、本心から溢れた言葉だった。王妃様のトラヴィス殿下への愛情は、実の子であるイルに向けるものと遜色ない。垣間見せたものは、確かに我が子を慈しむ母性愛だった。恩人が遺した、忘れ形見の寵児。


「中断してすまない。検証を続けよう。姫」

「畏まりました。では、無属性の検証ということで、トラヴィス殿下。やってみませんか?」

「え!? で、でも、同等の対価を必要とするって……!」

「確かにそうですが、すでにトラヴィス殿下は対価を前払いされています」

「え?」

「四年間も昏睡状態で、ご年齢の半分の時間を奪われました。加えて命を危ぶめたのです。対価として十分過ぎます」

「それは……まぁ……」


 ローナ様という前例があるからな。トラヴィス殿下もチェノウェス公爵家と同じように、発現する十歳まで実技を待つ必要はない。差し出す対価を抑えれば、小さな願い事を繰り返し叶えられるはずだ。コントロールを学ぶには数をこなすしかない。


「では何を願われますか?」

「……………」


 思量にふけるトラヴィス殿下を眺めながら、死者蘇生や過去改変など摂理に反する願いだけはしてくれるなよと切に願う。

 ローナ様やトラヴィス殿下に備わった能力が、どこまで時間軸に強制力を発揮するのか俺にはわからない。でも、ローナ様はトラヴィス殿下の運命を変えた。ねじ曲げたと言うべきかもしれない。代償は大きかったが、確かに願いは叶った。それは、対価を惜しまなければ死者蘇生も過去改変も出来てしまう可能性がある、ということだ。

 あったことをなかったことに。富と栄誉を。地位と称賛を。望めば何だって手に入るとんでもない能力。

 確かに、貴族に知られれば奪い合いになっただろう。ディックの未来視(アヴニール・ベル)より高確率で望みを叶えられる。躍起にならないはずがない。だから王妃様は、身を以て知った奇跡の、その危険性から恩人を守りたくて、当時婚約者だった陛下に願い出たのだろう。わたくしと共に侍女であるローナ・レッドメイン子爵令嬢を側妃として迎えてください、と。


 思い付いたのか、トラヴィス殿下は頬に含羞の色を浮かべながら、こう言った。


「兄上のように、風属性の上級魔法を完璧に扱えるようになりたい」


 兄であるイルを意識した発言というよりは、第四王子クロード殿下に負けたままの現状がとても嫌なのだとよく分かる主張だった。

 理解が追い付いた俺達は、トラヴィス殿下が頬を膨らませるまで大いに笑ったのだった。




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