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111.魔法師団演習場 4

ご無沙汰しておりますm(。≧Д≦。)m

心が折れてまったく書けなくなってしまったので、リハビリで短期連載投稿したりしてました(;´д`)

まだしんどさは払拭できていませんが、もし拙作をご不快だとお感じになったら、そっとブラウザバックして頂けると助かります(´д`|||)

誹謗中傷は、固くお断りさせて頂きます……。

 



「―――――永久(とこしえ)の棺を。ウンディーネ」


 幾ばくかの青い魔素が動きを止め、巨大水竜巻の上部が瞬時に凍りついた。が、凍っていない下部に押し負けて氷は砕け散り、再びの勢いを取り戻してしまった。

 砕けた氷から魔素が離れていくと、割れた氷は烟るように姿を消してゆく。


「う~ん……イメージが弱いのか……でも一部でも凍ったということは、このままのイメージで間違っていないということでもあるよな。元々一朝一夕でどうにかなるとは思ってなかったし、固定できるまで要練習だな」


 好感触だったのか、イルが独り言を呟いて納得した様子だ。


「ごめん、検証を続けよう。氷魔法は個人で練習するよ」

「よろしいのですか?」

「うん。練習は後で出来るけど、魔素の視認は今だけだからね。闇魔法と無属性が残ってるし、何より僕も楽しみなんだ。まだ君の聖属性魔法と創造魔法を君視点で見ていないもの」


 にこやかに微笑むイルを見つめて、努力家だなぁと感心していた。まだ八歳なのに、謙虚にして驕らず、研鑽に努め、労力を厭わない。その結果が光と水の上級魔法取得に繋がっているのだろう。彼の頑張りを『天才』だと簡単に片付けてしまって申し訳なかった。イルは『秀才』と呼ぶべき奮励努力の人だ。

 俺が受けている教育よりも遥かに大変で、非常に厳しく難しいと聞いた。そんな多忙を極める身でありながら、婚約者への礼儀を怠らず三日と空けずに会いに来る。そして出会ってから三年の間で、イルが受ける教育で弱音を吐いたことも、愚痴ったこともないのだ。

 本当に大した奴だと常々思う。まだ八歳だぞ? 勉強に飽きたり、遊びたいと駄々を捏ねたりするような年齢のはずなのに。それにトラヴィス殿下の件だって、一度たりとも不安を見せたことはなかった。聖属性魔法で救ってくれと取り乱したこともない。俺が気づかない程度には、完璧に笑顔の裏に隠していた。

 帝王学を学ぶ彼にとって、心の内を覗かせない姿勢は必修すべきことなのだろう。表情や態度から考えが透けて見えてはいけないと。そういう意味では、イクスの方が断然八歳児らしい。感情がすぐ顔に出ちゃうからな。

 じゃあ家族に表情を読まれまくっている俺は何なのかとふと思ったが、ダメージを受けそうなので考えないことにする。


 とにかくイルは、同じ八歳児の中でも抜きん出て感情コントロールが上手いと思う。

 まあ、お披露目の出会いはアレだったけれど。

 イルが口走りやがったキスも、どういうわけか五歳の魂振祭(たまふりさい)を最後に一度も仕掛けてこない。隣に座ったり手を繋ぐことはあっても、過度な接触はほぼしなくなった。三年経って少し大人になったのか? ゆったりとした余裕さえ感じる。ませガキなんてもう言えないな。


「……………」


 べ、べつに寂しいとか思ってないからな? ただ触れられることに慣れただけで、たまに頼もしくなったと思うことはあっても、寂しいなんてことはまったく! これっぽっちも! 思ってないんだからな!


 誰に対する言い訳だよとセルフツッコミしながら思わずイルをじとりと見れば、王子様然とキラキラ微笑んで小首を傾げた。天使か!


 コホン。話を戻そう。

 彼ほど真面目な人間はいないと、俺は思っている。自身に与えられた立場に慢心せず、自覚した軽率さと傲慢さを改め、耳の痛い諫言も逃げずに受け止めようと努力する。そんな大人でも難しい姿勢を、たった八歳の子供が貫いているのだ。

 浩介の八歳頃はどうだったか。

 母親のお説教を真摯に受け止めていたか?

 長時間真面目に机にかじりついていたか?

 マナーは出来ていたか?

 いいや。何一つ当てはまらない。長いこと末っ子だったこともあり、我が儘放題だった。すぐに癇癪を起こすし、甘やかしてくれる祖父母にいつも何かしらおねだりしていた。勉強なんて面白くなかったし、興味がすぐ他に移ってしまうので、何一つ長続きしなかった。落ち着きがないと怒られれば理解できなくて喚いた。はしゃいで怪我をして、その怪我さえ人のせいにしてわんわん泣いた。

 八歳だった頃の浩介なんてこんなものだ。

 でも、イルはこのどれにも当てはまらない。


 常に冷静でいようと心掛けている。少し感情的になってしまうこともあるが、寧ろ八歳ならそれくらいなくてどうする。それでも浩介のような無様な真似はしない。王族だからと言ってしまえばそれまでだけれど、俺はイルの積んできた研鑽を野暮な言葉で括りたくない。

 今のイルは、完璧な王子様とは言えないだろう。だがそれでいいと俺は思う。失敗を恐れず、努力することを知っている。それこそがイルの最大の魅力で、俺が生涯仕えたいと思った理由だ。


 たった一人の完璧超人なんて必要ないのだ。不足はそれを補える臣下が支えればいい。為政者にとって大切なのは、人を見る目を持っているかどうかだと思う。優秀な人材を適材適所で配置できる、そういう目が一番必要なものだろう。

 人はきっと、そういう人間に惹かれ、ついていく。自分の能力を最大限に活かしてくれる人物なのだ。惹かれないわけがない。そんな為政者の人為を、カリスマと呼ぶのかもしれない。

 たとえ完璧超人だったとしても、人を見る目がまったくなければ奸臣ばかりが周りに増え、国など簡単に衰退してしまうだろう。


 俺は以前、イルは将来賢君になると陛下やお父様に告げた。その才覚と気質は今も王に相応しいと思っている。

 俺に固執するあまり少々暴走気味だったが、陛下の再教育とやらのおかげなのか、よく見せていた焦りや危うさはすっかり鳴りを潜めた。いや、上手く隠しているだけかもしれないけれど、例えそうだとしても、その成長速度に正直驚きを隠せない。

 そして三年前、一度も俺を責めず、寧ろ心配して労ってくれたあの日。俺にとってそれはとても大きな意味を持ち、そして、決定打となる出来事だった。これから先、どこの誰がイルの資質を疑おうとも、俺だけは彼を疑うことはない。それが三年前、俺が心に刻んだ誓いだ。


 まだ拙いけれど、あと四、五年も経てば恋愛ビギナーっぷりさえ鳴りを潜めてかなり化けるのではないかと俺は踏んでいる。俺が翻弄される程度には、恐らく。それを他に向けてくれればいいのだが、なぜ中身がオッサンな俺に恋情を抱けるのか。イルにしろエイベルにしろ、世の中には俺などよりずっと素晴らしい女性が溢れているというのに、何故敢えて俺を選ぶんだ。イクスの反応が一番正常だぞ。ムカつくけど。

 どちらもハイスペックなのに、なんて勿体ない。特にイルは、浩介の小学生時代なんかと比べるまでもない出来たお子様だというのに。


 浩介が小二だった頃は、アマガエルを筆箱で飼うという、常軌を逸したマイブームに夢中だった。餌も与えず筆箱に閉じ込めるだけだから、当然弱るしいつかは脱出する。そうして教室掃除の時間に発見するのだ。踏まれて内臓を飛び散らかした、アマガエルの無惨な姿を。

 子供とは、純粋無垢で無知な分だけ残酷になれる。そんな浩介に比べたら、イルの何と高尚なことか! 浩介、最低だな!


「どうしたの?」


 気にしないでくれ。八歳の浩介を叱り飛ばしていただけだ。

 イルの爪の垢でも煎じて飲ませるべき案件だった。まったく。何で筆箱で蛙を飼育しようと思った!? いや、餌を与えないのだから、あれは立派な拘禁だ。虐待だ。動物保護団体に糾弾されるべき凶行だ。ホント最低だな、浩介!


「リリー?」

「……殿下。少しだけ氷魔法の検証を続けましょう」

「え?」


 きょとんとした表情を返された。うん、まあそうなるよね。でも急に思い立ったのだからしょうがない。蛙の(くだり)から唐突だけど、狂気を孕んだ八歳の浩介と比較しちゃった罪悪感もあって、何かしてあげたくなっちゃったんだよ。こういうところが双子に甘いってナーガに指摘されちゃう部分なのかな。いやでも蛙だぞ?


「何かコツがあるはずです」

「コツ?」

「はい。直接青い魔素に尋ねればよいのです」

「「「「「えっ?」」」」」


 ははは。綺麗にハモったな。


「え? ま、魔素って喋るの?」

「喋りますよ? ナーガだけが特別なのではなく、一つ一つの魔素にも意思がありますから。一斉に話し出すと頭割れそうになりますけど」

「それって大丈夫なの……」

「いつもではないので大丈夫です。……たぶん」

「たぶん」


 唖然と鸚鵡返しするイルだったが、頭を振って気持ちを切り替えた。


「青い魔素に教えを請うんだね?」


 イルの感嘆すべき点はこれもだろう。渦を巻く感情の切り替えなんて芸当が出来る子供が、果たして何人存在するのか。


「はい。では聞いてみましょう。――ねえ、青い魔素たち。教えてほしいの」

『なになに~』

『リリーが教えてだって~』

『リリーのお願いなら聞いちゃう~』

『ね~』


 わっと群がった青い光源に一同が仰天の視線を向けてくる。


「ま、魔素が、喋っ、た」

「魔素は本当に聖霊様だったのか……」

「あんなにたくさん寄ってきて囲まれてる……」

「これが神の使徒……」

「聖霊様に愛される存在……尊い……」

「聖女がいる……」


 最後の二名! 変なこと言うな! 誰だよ今言った奴! ああ!? 師団長とディックか! これ以上おぞましい二つ名を増やすんじゃねえ!


『なにを教えるの~?』

「ああ、えっとね、水魔法から氷魔法へ変質させるためには、シリル殿下の場合イメージが不足しているのかしら?」

『ううん。イメージはちゃんと出来てるよ~』

「え? 出来てるの?」

『うん、出来てる~』

『でもちょっと足りないね?』

『うん、足りないね~』

『もうちょっとだね~』


 足りない? イメージは不足していないのに? どういうこと?

 首を捻っていると、ナーガが頬を膨らませて抗議した。


『リリー、何でナーガに訊かないの? ナーガだって元は青の魔素なのに。ナーガは氷魔法大得意なのに』

「ええ、そうね。オキュルシュスでもヴァルツァトラウムでも、ナーガにはたくさん助けてもらったもの」

『じゃあ何でナーガじゃなくて他の聖霊に訊くの。水や氷、創造魔法、聖属性魔法なら、ナーガに訊かなきゃダメだよ』

「もちろんよ、ナーガ。一番頼りにしているのはあなたを於いて他にいないわ」

『じゃあ何でナーガに訊かなかったの』

「それはね、シリル殿下の詠唱に応えてくれたのが、彼らだったからよ。あなたはわたくしのメンターなんだから、わたくしのこと以外では駄目よ」

『ふぅ~ん。ならいいけど』


 プイッとそっぽを向いてにべもなく言うが、フサフサの尻尾がご機嫌に揺れている。ちょっと独占的かなと思ったけれど、やきもち焼きのナーガにはこれで正解だったらしい。可愛すぎだろう……っっ!

 一人悶えていると、イルが青い魔素へ発問した。


「僕に理解力が足りないから、あなた方の言葉の真意を汲み取れないのだと思う。申し訳ないが、僕に何が不足しているのか教えて頂けないだろうか?」

『う~ん、どうしよっかな~』

『教えてあげてもいいけど~』

『本当のこと言ってもいいならね~?』

「構わない。成長の糧となるなら、厳しい言葉でもきちんと受け止めたい」

『『『おお~!』』』


 青い魔素たちがやんやの喝采を送った。ふざけているように見えるが、彼らはからかったり嘘をついたりしない。真実イルの返答に感嘆しているのだろう。


『いいね』

『うん、いいね』

『光属性持ちはいつも魂が高潔だね』

『気に入った』

『うん。気に入った』


 きゃらきゃらと愉しげにさざめく。

 ――驚いた。まさか何事にも執着しない魔素が、使徒ですらない一個人を気に入ったと公言するなんて。


『教えてあげる』

『うん。教えてあげる』

『その高潔さに敬意を払って』

『痛みを恐れない勇気は好ましい』

『うん。好ましい』

『リリーと同じ』

『リリーに似てる』

『だから教えてあげる』

『うん。痛くても教えてあげる』


 まるで輪唱のようにさざめく青い魔素たちが、囲っていた俺からイルへと移動していく。


『足りないのはイメージじゃなくて』

『足りないのは自信』

『リリーのようには出来ないと思ってる』

『リリーが先へ行ってしまうから、追いつけなくて焦ってる』

『でも上手く隠してる』

『隠しても自分自身は偽れない』

『だから足りない』

『認識と理解は別物』

『リリーは前世の貯金がある』

『リリーの経験は三十五年分』

『国王たちより更に上』

『王子は八年』

『追いつけなくて当たり前』

『比べる意味がない』

『リリーはリリー』

『王子は王子』

『それを呑み込まなければ出来ない』

『固執している王子には出来ない』

『足りない』

『自信が足りない』


 おお……めっちゃ辛辣……。容赦なさすぎて、ついイルに同情の視線を向けてしまう。背伸びしたい男の子としては、衆目に晒された状況で絶対暴かれたくないものの一つだ。虚勢を張りたいお年頃の男児に、なんてストレートすぎる指摘のオンパレードだろうか。俺なら羞恥に耐えられない。

 ところがイルは、頬を赤く染めつつ口許を手の甲で押さえながらも、動揺を落ち着けるように「ふう」と息を吐き出した。


『傷ついた?』

『聞かなければよかった?』

『後悔してる?』

「いや……」


 苦いものを飲み下したような顔をしたが、イルは苦笑いを浮かべた。


「当たっている上に、確かに耳の痛いものばかりだった。でも、再認識できた。スタート地点から違うし、僕はどうやったって非凡な彼女には敵わない。リリーを負かしたいわけじゃない。リリーに頼られる男でいたいだけなんだ。それは僕のプライドの問題で、努力する方向性を誤っていた。――ありがとう。僕に足りないものが何なのか、よくわかったよ」

『――いいね』

『うん。いいね』

『さすが精神干渉に高い耐性を持つだけはあるね』

『面白い』

『うん。面白い』

『コントロールに長けてる』

『一気に昂ったのに、急速に安定値まで落とし込んだ』

『興味深い』

『愉しい』

『これからも観察しよう』

『うん。見ていよう』


 観察対象宣言って……見世物じゃないんだから。でもそれさえも前代未聞であることは確かだ。常に魔素がついて回るということだからだ。

 現に、お父様や陛下方大人たちが、くっと目を見開いたままイルを凝視している。然もありなん。


『さあ、もう一度やってみて』

『今度は出来るはず』

『いらないものが払拭された』

『不必要な執着が消えた』

『望めば応えてあげる』

『気に入ったから、応えてあげる』

「ありがとう。では――永久(とこしえ)の棺を。ウンディーネ」


 余計な肩の力を抜いたイルが詠唱した、須臾の間。

 先程より明らかに多い青の魔素が応じて、巨大な水流のうねりを引き起こし、そして。


「……………でき、た」


 瞬きの間にすべてが凍てつき、鴻大な氷の彫像を造り上げた。

 ひんやりと冷気が演習場を満たす中で、イルがぽつりと、うつけたように呟いた。




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