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109.魔法師団演習場 2

ブクマ登録・評価・感想ありがとうございます!


今回は早めに書き上げられたので、前倒しで投稿致しますm(_ _)m


ちょっぴりイルとイチャイチャ……?

 



 ああそうだ、とイルが自身の周囲に揺蕩う聖霊を見つめながら言った。


「ねぇリリー。ずっと気になっていたんだけど、聖霊たちが僕やアレックスの周囲に寄り添ってくれているのは何でなの?」

「ああ、それは」


 言い掛けて、俺も理由を知らないことに気づく。

 お母様にも寄り添っていたから、希少な光や闇に適性のある人間を好むのかと勝手に思っていたが━━同じ闇属性持ちであるディックには寄り付いていない。光属性持ちの陛下にもだ。どういうこと?


「ナーガ、なんで?」

『適性のある属性にそれぞれの魔素が惹かれるのは当たってるけど、それが理由じゃないよ』

「そうよね。その理屈であれば、魔素が寄り添わない人間は存在しないことになるもの」

『うん』

「じゃあどうして?」

『う~ん……』


 話せないなら話せないと、はっきり否定するナーガが言い渋るとは珍しい。開示できる情報の線引きが難しいってことかな?


「タブーに触れる?」

『いや、たぶん大丈夫……なはず。ちょっと待ってて』


 ナーガの双眸が斜め上に固定され、淡く黄金の輝きを宿す。眉間に僅かな皺を寄せていたけれど、呆れたような嘆息をひとつ吐いて、眸に宿した光を散らした。


 たぶん神様に確認を取っていたんだろうけど、呆れるってどういう状況?


「ナーガ?」

『うん。少しだけならいいって。対価はいるけど』

「あ~……なるほどね」


 そりゃ呆れるわな。察した。神様もブレない御仁だ。


「対価? 情報開示にはなにかしら対価がいるのか?」


 そう指摘して、まさかと陛下がぎょっとした視線を俺に滑らせた。


「我々が姫から得た情報にも対価が必要だったのか? 三年前も? 対価とはどんなものなのだ」

「リリー!? まさか君から有限な何かを搾取しているんじゃないよね!? 時間とか寿命とか、止めてよ!?」


 ピクリと微かな反応をナーガが示す。

 首に巻き付かれている俺にしか察知出来ない程の、極々僅かな揺れだった。

 時間と寿命――ナーガはどちらに反応してしまったのか。

 そうか……俺の支払うべき対価は、そのどちらか、もしくはその両方なんだな。じゃあ尚更イルの想いを受け入れちゃいけないな。いずれ先に去る人間が次期王太子の婚約者の座にいつまでも居座っているわけにはいかない、か。


「下賜に対して神様が所望される対価は、そのようなものではありませんのでご安心ください」

「本当に? 僕の目を見て誓える?」

「ええ。誓いますわ。ご要望の対価は、毎回大変可愛らしいものですもの」


 まあ量は決して可愛くはないけどね。


 俺の両手をぎゅっと握りしめ、イルがじっと目を覗き込む。

 嘘はついていない。今まで小まめに払ってきた対価は命に関わるような危険なものじゃない。


「………うん。わかった。君を信じる」


 だから、と。何かを感じ取ったのか、懇願するように繋いだ手の指先を自身の唇に近づけた。


「僕を置いていかないで。いつまでも僕の傍にいて」


 指先に落とされた誓いの口付けに、俺は何も言えなかった。確証のない予測に、下手な約束など出来ない。

 傍にいたいと思う。ずっとイルを支えていたい。日々成長してゆく未来の王に、その尊い心に寄り添っていたいと真摯に思う。でも。


「――まるで永遠の別れのような誓いですわね」

「! リリー、僕は」

「離れませんわ。わたくしからは、離れません」

「本当に?」

「ええ」

「じゃあずっと一緒だ。僕から離れるなんてあり得ないんだから。君もそう願ってくれるのなら、僕たちが別れるようなことにはならない」

「ええ。そうですわね」


 ほっと、心から安堵の息を吐くイルを見つめて、いつか俺ではない誰かを愛し、求めてくれることを切に願った。その日が来た時、少しでもイルの傷が浅く、痛みが軽くて済むように。そう希う。


「……これで恋仲じゃないって言うんだから、詐欺みたいなもんだよな」

「えっ。あれって両想い同士のやり取りだよね?」

「それが違うんですよ、トラヴィス殿下。確かにシリル殿下はそうなんですが、肝心のリリーがまったくその気にならない。中身男なんで」

「え? 中身が……男?」


 はいそこ、喧しいぞ。聴こえてるからな?

 何で今のやり取りで色恋沙汰の流れだと思うかな。今のはどう見ても主従の誓いだろうが。まさかイクスが脳内に花を咲かせてしまうとは思わなかったぞ。何かちょっとショックだ。


「ふむ。案外孫の顔を早く見れるかもしれないな」

「寝言は寝てから仰ってください、陛下」


 心底嫌そうに美しい顔を歪ませているお父様に、全面的に賛成だ。

 孫って。俺たちまだ八歳ですが。それにどう考えても産むの俺ですよね? 生物学的には俺が産むしかないわけだし。何の冗談だ。


「コホン。……ナーガ。数は如何ほど?」

『十五個』

「十五個? ……物は?」

『クランベリータルト』

「待って。まさか大きさは」

『ご名答。二十センチ』

「嘘でしょ」


 二十センチを十五個!? 相変わらずの底無しだな!


「クランベリータルトって、先日のお茶会の?」


 イルが小首を傾げて問う。さらさらふわふわのプラチナブロンドが僅かに揺れて、愛玩犬よろしく掻き撫でたくなった。ナーガの和毛(にこげ)で我慢我慢。イルなら笑顔で許してくれるだろうけれど、大人達がいる前で不敬な真似はできない。


「はい、それですね」

「えっと、対価って、……まさかのお菓子?」

「ええ。そのまさかです。毎回お菓子を所望されるんです。量がとんでもないですけれど」


 唖然とする面々。わかる。わかるぞ、その気持ち。


「師団ちょ――リウ小父様。伝達魔法陣の紙を一枚頂けませんか?」

「ああ、いくらでも。お安いご用だ」


 言い直したら、渋った顔が満面の笑みに一変した。面倒臭ぇぇぇ……。

 さらさらと簡潔に、クランベリータルト二十センチ型で十五個焼いておくようにと記し、魔力を注いで青いユリシス蝶を飛ばした。

 これでクリフを筆頭に、優秀な我が家の料理人達が量産しておいてくれることだろう。材料確保がんばっ!


「これでよし、と。じゃあナーガ、魔素が好む人間を選んでいる理由を教えてくれる?」

『そんなに小難しい話じゃないよ。自身の属性を好むのは大前提だけど、本質はみんな同じだからね。それで選んでいるわけじゃない』

「でも好む属性は前提条件なのよね? だって光属性持ちのシリル殿下には白の魔素が、闇属性持ちのアレックス様には紫の魔素がより多く寄り添っているもの」

「姫様! そこ詳しく!」


 おっと。ここまで奇跡的に大人しかったディックの好奇心に刺さった様子だ。はい、ちょっと待ってなさい。ステイ!


「それは検証の時に。もうしばらくお待ちを」

「そんにゃ~」


 何だそれは。可愛く――はないな。イルやイクス、双子達が言えば悶絶するほど可愛いだろうけれど、冷淡な容姿のディックが言ったところでキュンとときめきはしないぞ? 逆に空恐ろしいわ。

 だが何よりも、是非ともナーガに言ってほしい台詞だがな!


『リリーの指摘は、ある意味では正しい。確かに光も闇も希少属性だし、白は光、紫は闇を好む。でもそれだけの理由でナーガたちは人に興味を抱かない』


 そりゃそうだ。基本聖霊は人に限らず物事に関心を示さない。傍観者である彼ら、あるいは彼女らが、ちらりとでも興味を抱く何かがイルたちにあるということだ。


「その理由は何?」

『系譜』

「系譜? 血筋ってこと?」

『違う。同質の要素や性質を受け継いでいるかどうかって意味』

「同質の要素や性質……」


 ちょっと意味がよくわからない。もう少し噛み砕いて!


「ええと、それは同じ属性に適性を持っているかどうかってことなの?」

『違う。それじゃ前提条件に話が戻っちゃうよ』

「あ、そうか」

『属性じゃなくて、有り体に言えば魂の系譜かな』

「魂……ナーガ、よくわからないわ。前世では同じ一族だったとか、そういう話でもないんでしょ?」

『うん。違うね』

「どういう意味なの?」

『決して揺るがない楔を持つかどうかってこと』

「揺るがない楔……?」

『同じじゃなくていいんだ。不変的なものを一つ、心に根付かせている者が好まれる。例えば――彼、第一王子』


 突然の名指しにイルが瞠目する。

 どうしても愛玩動物だという認識を改められないナーガから、〝彼〟と称されるのはかなり複雑だろうな。


『王子は何が起ころうとも、絶対にリリーから離れない。彼はすでに伴侶をリリーに定めている。それを覆すことは生涯あり得ない』

「当然だね」

「………」

『逆に、彼は王子と正反対な決意を秘めているね』


 言ってナーガが視線で示したのはイクスだ。


『彼は生涯独身を貫くと決めている。根深い女性不信が原因だけど、その決意は固い。生涯、髪筋ほども揺るがないよ』

「なんだって? それは本当か、アレックス」


 まさか暴かれるとは露ほども思っていなかった様子のイクスに、陛下が眉を寄せ詰問する。

 公爵家正嫡が跡取りを儲けないと決めているのだ。陛下の、血統を残す義務が課されている正嫡でありながら、その責務を放棄しようとしているイクスへの憤りは顕著だ。

 強張った表情のまま、イクスは是と答えた。


「アレックス!」

「無責任だと重々承知しています。でも無理です。俺――いえ、私にはその義務は果たせません」

「では何故レインリリー嬢との婚約に同意した」

「リリーは親友です。それはこの先もずっと変わりません。リリーと婚約を継続していれば、父から別の婚約者を宛がわれることはないですから」

「ではアッシュベリー公爵家の跡継ぎはどうするつもりだ。男児はそなたしかおらぬではないか」

「幸いにも姉妹たちが多いので、良家に嫁がせたあと、彼女らが産んだ男児の中から一人養子に迎えます」


 陛下は押し黙った。それで一応の筋は通せる。直系ではないが、アッシュベリー現公爵の孫息子には違いない。


「そなたはまだ八つ。その判断は成人してからでも遅くはない」

「私は……!」

「お主の心情も理解できる。それを汲んだ上で早計だと言っている。暫し待て。すべてを決定づけるには、お主は若すぎるのだ」

「―――――御意」


 歯噛みする横顔は、我が家のガゼボで初めて心の闇を吐露した四歳の頃を彷彿とさせる。

 理屈じゃないんだよな。幼心に植え付けられた絶望と嫌悪感は、そう簡単に払拭できるものじゃない。イクスにとって〝女〟とは、絶対的に忌むべき存在だ。表面上だけでさえ取り繕えないのは高位貴族として落第点だが、彼のバックグラウンドを勘案すれば然もありなんと嘆息してしまう。

 イクスが女であるはずの俺だけが平気なのは、俺を女だと認識していないからだ。……いや、それだと語弊があるな。俺が生物学上〝女〟であることは根っこの部分で認識している。ちょいちょい「女としてどうなんだ」とツッコミを入れてくる程度には区別している。ただ唯一違うのは、絶対に俺がイクスに恋情など抱かないと知っている点だ。つまり、どう転んでも俺とはそういう雰囲気には陥らない。究極の安全牌ってやつだ。


「ナーガ。お母様の場合はどうなのかしら」


 話題を変えた方がいい。イクスの患難を知る立場の一人として、あいつの窮地を何とかしてやりたい。

 イクスがはっとした驚きの顔を向けてきた。今は考えるなと思いを込めて小さく頷いて見せれば、泣きそうな歪んだ表情で首肯が返される。

 ああクソ! 直系じゃなくてもいいじゃねえか!


『リリーの母親はね、第一王子と少しだけ似てるかな』

「「え?」」


 俺とイルの声が重なった。

 似ているとは?


『リリーを信じてるんだ。何があってもリリーなら大丈夫、乗り越えられるって微塵も疑ってない。母は強しと言うけれど、彼女の母性愛はまさにそれ。他の追随を許さない勢いで、それは彼女の根幹を支えている。彼女には、リリーを含めた我が子を信じる揺るぎない強い想いが備わっているんだよ』

「ああ、確かにそうだ。ベラは決して迷わない。私など足元にも及ばないほど、お前たちを心から愛し、信じ抜く強さがある」


 お父様が同意し、俺の頬を指の背でそっと撫でた。だからこそ、私は余計に彼女に頭が上がらないんだよ、と。少しだけ寂しげに微笑んだ。


「そういう意味では、殿下に劣っていると言われたみたいで癪だがな」


 途端、お父様の表情がすんと真顔になった。反対にイルは、それはそれはとても良い笑みを刷いている。


「公爵。それだけ僕の想いは深いのだと信じてくれましたか? 婚約して三年経ちましたし、そろそろ認めてくれてもいいと思うのだけど」

「生憎と、娘を嫁に出す予定はこれからもございませんね」

「僕が本気で彼女を手離すとでも?」

「継続か破棄か、決定権は娘にあることをお忘れで?」

「忘れてないよ。でも、リリーは破棄しない。少なくとも僕に、親愛の情を寄せてくれているからね」

「随分と自信家でいらっしゃる」

「事実を述べたまでだよ。口付けだって彼女は拒絶しない」


 あっ、余計なことを!

 しまった、傍観者よろしく放置するんじゃなかった!

 イルとイクス以外の鋭い眼光が一斉にこちらを向いた。怖い怖い怖い怖い!


「口付け……? リリー、どういうことだ。私は聞かされていないぞ。いつ、どこで、どんな状況で、どんな風に、何度唇を奪われた!?」

「ははは! シリル、でかした! これでレインリリー嬢はシリルお手付きとなったな。もう諦めろ、ユリシーズ」

「ふざけないでください。殿下の妄言である可能性だってあるでしょう。そもそも証拠などないではないですか」

「お前な。仮にも第一王子の告白を妄言で一蹴しようとするな。政敵の耳に入れば痛くもない腹を探られる隙を与えることになるぞ」


 至極ごもっとも。反王家を掲げる貴族派もいる。彼らは国王派の筆頭とも言えるグレンヴィル公爵家を目の敵にしているらしい。

 蹴落とそうと、虎視眈々と機会を窺っているのは何も貴族派ばかりじゃない。同じ派閥と言えど、決して一枚岩ではないのが貴族社会の厄介なところ。王家と姻戚関係にある六公爵家ですら、互いの粗を探り、腹の内を明かそうと狙っているのだから。


「お、お父様! 神眼付与は三時間しか猶予はないのですっ。もうすでに四分の三時間は経過しているはずですわ」


 最悪なことに、目撃証人なら大勢いる。お爺様とイクス、前任の近衛騎士、イクスと俺の護衛騎士、エスカペイド・ヴァルツァトラウム両騎士団だ。ついでに言えば、自宅ではお兄様とエイベル、侍女たちもばっちり目撃している。

 これ以上イルが余計な発言をする前に方向転換しなければ!


「早速検証に入りましょう。ええ、可及的速やかに」

「ああ、そうしよう。では前言した通り、火属性の上級魔法を試す。陛下、殿下方。余波を避けるため今少し御下がりを」

「承知した」


 不毛なやり取りをさっさと終わらせたいと思っていた俺とお父様の思惑は完全に一致し、素早く検証に移行してくれた。しかし、ちらりと俺を見下ろしたお父様の目は、帰ったらきっちりと説明してもらうからなと雄弁に語っていた。おおおぉぉ……まるで四面楚歌……。


 俺にとっては目新しいものではないが、一同には人生初の、そして一度きりの機会だ。しっかりと刮目なさってくださいね。


「―――――煉獄の炎で敵を滅却せよ。サラマンダー」


 お父様が腕を突き出した、その刹那。

 天を衝くような爆音と衝撃が走り、巨大な炎の渦が前方に立ち塞がった。

 真っ赤な奔流だ。赤の魔素で紅蓮に染まっている。

 肌をチリチリと焼く熱風に腕をかざし、僅かによろめいた俺を、お父様が片手で抱き止めた。


「赤い光の集合体――なるほど。リリーの言ったとおりだな」


 赤く照らされた横顔が、心底楽しそうに煌めいていた。



検証はどうした!

でもとりあえず火属性はぶっ放しましたよ!

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― 新着の感想 ―
[一言]  更新お疲れ様です。  なるほど……系譜とは気持ちかぁ。面白い解釈ですね、ふむふむ。  私だと安易に血統でそれぞれ得意な属性が決まってくるみたいな設定をしてしまいますが(稀に突然変異的なこ…
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