108.魔法師団演習場 1
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二百人中隊が余裕を持って演習できる広さを誇る演習場は、漠々とした砂塵に煙っていた。
中央の地面は放射状に抉れクレーターを作り、何枚か砕け散った虹色の防護壁が、キラキラと明かり取りの陽光を弾きながら降り注いでいる。
爆音と衝撃波に両耳を塞ぎ、へたり込んだのは子供たちだ。宰相はとっさに陛下を庇い、爆風を老いたその背中に一身に浴びた。
魔法師団の両名は身構えたままあんぐりと呆け、二度目であるお父様はさすがに耐性をお待ちなのか、俺の隣を陣取ったままじっくりと観察していたようだ。
陛下や殿下方の護衛は、この場にはいない。魔法師団のツートップと補佐官まで付いているということで、陛下が渋る近衛騎士団を下がらせたからだ。
今回俺が開示した情報は、まだ公表しないと陛下が仰せになった。まずは師団長とお父様が中心となって、厳選した少数精鋭の魔法師で検証を重ねることになった。前例がないので、詳細に検討する時間が必要だということだろう。
「前回と比べてさらに威力を抑えたのか?」
お父様の発問に、面々が驚愕の視線を向けてくる。戦慄しつつ重ねて問うたのは陛下だ。
「待て! あれで抑えていた、だと!?」
「ええ。私が知るより数段威力は落ちますね。前回は防護魔法を四枚砕き、最後の五枚目をぼろぼろにしていましたから。今回は防護魔法自体の強度も高めているようですが、前回と比べて殺傷力は極力抑えられているかと。違うか、リリー?」
唖然と凝視してくる陛下たちとは違い、興味深そうにお父様がそう推論立てて問う。時間制限付きでも今なら魔素も見えるし、楽しいと一目でわかる程度には機嫌がいい。
隠す必要もないので、俺は「はい」と首肯した。
「ご明察です、お父様。前回の反省点を踏まえて更に爆発力を殺ぎました。コツを掴めたので、おそらく一桁内であれば連発出来ます。まあこれっきりでやりませんけれど」
殺傷力を極力殺いだと言っても、一発で百人以上は即死することになるだろう。だからこそ永久凍結と決めた禁じ手だ。元日本人として三度の使用は断固拒否する。
そういえば、米国ドラマで完膚なきまでに叩き潰すという意味でナガサキすると表現したものがあったな。あれには戦慄した。正確には「If you do I'll be forced to Nagasaki your life andcareer.(もし降りるなら、君のキャリアを徹底的につぶすしかない)」だが、作中の登場人物の一言だけを切り取って問題にしてしまうと誤解や語弊も生じてしまうので、ピックアップするという点ではこれは悪手だ。
しかし、製作側の意図がどうであれ、この表現は日本人を酷く傷つける言葉だと俺は思った。
どう感じ取るかは視聴者がそれぞれドラマを観て判断すればいいことなのだが、原爆投下を肯定しているかいないか以前に、これはあまりにも配慮に欠けているのではないかと思うのだ。
だからこそ、元日本人として禁じ手は絶対に使っちゃいけない。たとえ侵略行為が行われたとしても、〝これ〟で掃討などやっちゃいけない。これだけは断固拒否すると、この場にいる面々に、特に陛下や殿下方には理解してもらわなければならない。
とは言うものの、それ以上に反則級の万物流転が俺にはあるのだが……。
万物流転は対象を個から全へと指定して使用できる。しかも爆弾のように敵味方関係なしの被害もなく、混雑した戦闘中であっても味方を除外し、敵だけを一気に殲滅出来てしまうだろう。それも爆発など周囲に多大なる影響を及ぼすようなものでなく、寧ろ音もなく、衝撃もなく、戦闘中であったはずの敵がそれが何かを理解することなく、一瞬で煙のように消失してしまう力だ。目視する必要はなく、ただ願えばいいだけの力。
万物流転も聖属性回復魔法も、確かに事象を否定する能力と言えるだろう。存在を否定し、引き起こされた過去を否定する。
万物流転はお父様が、聖属性魔法はお爺様が使用を禁じたが、きっと御二人が正しい。
事象を否定する能力などすでに人の範疇に在らず、神の設けた摂理に反する。そんな人の手に余る能力を授かり、且つ扱えていることに疑問を抱かない訳じゃないけれど――。
俺は首元のナーガを見た。
摂理に触れる疑似魔法を嫌う聖霊たちは、俺が何度事象を否定しようと厭わなかった。悉く俺の願いは聞き入れられ、願った通りの結果を与えてくれた。
神の設けた摂理とは、その線引きとは一体なんなのか。
何を基準に可否を決定付けているのか。
おそらく問うたところで答えは示されないのだろう。
「………」
等価交換の原則――神が仰った対価とはこれのことだろう。摂理を超えた力の行使が何度も容認されている俺の、遠くない未来で支払うことになる対価が何を指すものなのか、考え始めたらきっと俺は動けなくなる。
いま考えつくかぎりのあらゆる困難では支払えない、輝かしい安寧など享受できるはずのない、途方もない何かを要求されるのだろう。それが俺の命ひとつで購えるものであれば御の字だが、有りとあらゆる苦難を強いられると宣言されているのだ。そんな単純な話じゃないことは明白だ。俺はそれが怖い。
だから、今は考えないことにしている。
支払うべき対価が何であるか――答えを知ってしまったら、もう俺は何一つ成すことも出来ず、無意識に願ってしまう感情さえ恐怖の対象となるだろう。
知りたくないのだ。
それが逃げだとしても、知るのが怖い。
「リリー? どうした?」
お父様の呼び掛けにはっとして、囚われそうになっていた暗い思考の渦から急浮上した。
考えるな。今はまだ駄目だ。笑え。お父様に余計な心配はかけるな。
「前回お話ししたように、先ほど行使したものの原理を説くつもりはありません。あれはこれっきり、二度と使用しません。あれは聖霊が最も嫌う疑似魔法の一種であるとご留意ください。例え王命であったとしても、再び行使することはありません。〝神の使徒〟として、拒否権を要請します」
ここまで強く拒否する姿勢を見せたことはなく、況してや神の使徒を免罪符のように使ったことのない俺の言葉に、お父様をはじめ陛下方が驚いた顔をしていた。
「あいわかった。先程のことは無いものとして心に留め置こう。姫の言うとおり、原理を知らなければあれを再現することは不可能だろう。――コーニーリアス。そなた自身もだが、部下の管理はくれぐれも怠るなよ?」
暗に好奇心旺盛なディックを抑えておけと告げている。再現するための研究を重ねられても困る。好奇心は猫をも殺すと念頭に置いてほしいものだ。
理解しております、と師団長が首肯する横で、少々不満げな様子のディックに一抹の不安が過るな。
マジで止めろよ、ディック?
「さて。魔素が見える時間は有限だ。検証を進めていこう。姫、進行を任せたい。いいかな?」
「承りました」
カーテシーで了承の意を向けてから、隣のお父様を見上げる。
「ではお父様。まずはお父様がお持ちの適性、火・風・地・雷の属性を検証しましょう。お願い出来ますか?」
「ああ。勿論だとも」
ふんわりと蕩けるような笑みを浮かべ、俺の頭をひと撫でした。
大人の男の色気が半端ねぇな。この場に女性が一人もいなくて本当によかった。やだドキドキしちゃう。
「まずは火属性を使う。最大火力の方が分かりやすいか?」
「そうですね、その分集う魔素の量が多いですし、仰るとおり一目瞭然かと。――あっ、でも雷属性はっ」
言って焦った。天雷は呑気に魔素の確認など出来るような生易しい魔法じゃない。視覚と聴覚どちらも正常に働かなくなるからだ。
「わかっている。天雷は使わない。一瞬で焼けたように視界が白一色に染まったと、お前にダメ出しされたことは記憶に新しいからな」
「まあ。少し要望を申し上げただけですのに」
「ははっ。私に魔法行使で注文をつけられるのはリリーくらいなものだよ」
「わたくしだけ?」
「ああ。お前だけだ。愛しい娘に乞われて否やなどない」
ふふん。この世界で唯一無二の四属性持ち魔法師に、俺だけが要求を通せるなんてちょっと有頂天になっちゃうな。
「あら。でしたらもっとおねだりしなくちゃ」
「いいぞ。お前におねだりされるなど滅多にないし、そんな可愛いことを言われて応えない訳がない」
「お父様ったら、そんな甘やかすようなことを仰って。駄目ですよ。わたくしが我が儘に育ってしまったらどうなさるのですか」
「リリーの我が儘など可愛いものだ。もっと甘えてくれたら私も嬉しいのだが、お前はいつも我慢ばかりする」
「そんなことありませんわ。わたくしは強欲ですのよ?」
「リリーが? まだまだ足りないな」
温室ねだったり店舗ねだったり、領地で特定の作物栽培ねだったり、結構我が儘通していると思うのだけど。それも決して安い代物ではない、目玉が飛び出すほどの金額が動いている。これでまだ足りないとか、お父様どんだけ俺に甘いんですか。
「お父様。ローズとアビーのおねだりも程々にお聞きくださいね? あの子達の願いをほいほい叶えていては、我が儘放題に育って将来あの子達が苦労することになります」
「まさかそれをお前に言われるとは」
「え? どういうことです?」
俺がなんだって?
首を傾げていると、ナーガが呆れた様子で呟いた。
『リリーが一番双子を甘やかしてる』
「え?」
何を言う。俺は叱るべき時はきちんと減り張りをつけて説き伏せているぞ。ただ猫可愛がりしているだけじゃなく、ちゃんと教育にも熱を入れているはずだ。
『リリーは自分が思っているよりずっと甘い』
「そんなことは」
「あるな。アンブローズとフェイビアンがリリーに一番に懐いている理由の一つでもある。泣きつけば甘やかし、構い倒してくれるのが誰かよく理解している。我が息子達ながらあざとく賢いものだといつも感心しているくらいだ。どうすればリリーを自分達に繋ぎ止めていられるかと、双子の頭の中はほぼそれで埋め尽くされている」
「まさか」
「そのまさかだ。リリー、双子は相当にずる賢いぞ? お前はあの子達のトラップにまんまと引っ掛かっている。まだ三歳といえどあれでも男だ。そういう意味ではお前を溺愛するユーインより厄介かもしれないぞ?」
そんな馬鹿な!と声にならない驚愕が突き抜けた。
あの天使たちが、そんな腹黒いことを考えているなんてあり得ない! あれがあざとい、計算された可愛さだとでも? それこそあり得ない! だってあんなに愛おしいのに! 可愛いは正義なのに!
「あ~、ちょっといいかな、リリー?」
「え? あ、はい、殿下」
うん、と頷くイルが苦笑いを浮かべている。なんだ?
「僕もグレンヴィル公爵の見解に一票、かな」
「えっ、どうして」
「僕が君の婚約者だとあの子達も知っているけれど、知っているからこそなのかな。君が席を外した時に、その……集中的に攻撃を受けるんだよね」
「は……え? こ、攻撃?」
「告げ口みたいになるから言うつもりなかったんだけどね」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。攻撃? あの子達が? 殿下に?」
「嘘じゃないぞ。俺も目撃した。というか、俺もたまにその攻撃対象にされる」
――は? マジで!?
愕然と目を見開く俺に、イルとイクスがこくりと神妙な顔つきで首肯する。
嘘だろ!?
「こ、攻撃とは、具体的に何をするのです……?」
「大したことじゃないよ? 嫌みはまぁ、もう挨拶みたいなものかな」
「あとは静電気をバチッと食らわされる。双子は雷属性持ちらしいな。あの年で意図的に狙った場所に静電気を発生させるとは、やはりグレンヴィル公爵家の血筋だな」
「驚きだよねぇ」
おい……おいおいおいおいっ!!
相手は王族だぞ!? アッシュベリー公爵家正嫡だぞ!?
何をやらかしてるんだ、ローズにアビー!!
「もっ、申し訳ございません!」
「いや、怪我するようなものじゃないし、それはいいんだけど」
「そういう問題ではありません! 身分というものがございます! それを抜きにしても、まさか魔法を人に放つだなんて! 帰ったら厳しく叱責しておきます! もう二度とそのような真似はさせません!」
やっていいこととやってはいけないことの区別もつかないとか、あの子達に限ってなんて思いもしなかった。自分達の感情を優先して、そんな真似を平気でやっていたなんて……!
帰ったら絶対に教育的指導を施してやる! このまま成長させちゃ駄目だ!
ふんすと鼻息荒く決意を胸に誓っていると、お父様が思わずといった体で苦笑した。
「誰に叱られるより堪えるだろうな。その点はユーインも同じだが」
然もありなん、とばかりに一同が頷いた。解せぬ。
検証に至らず……何やってんだ、特に双子Σヽ(゜∀゜;)