107.心化粧 -こころげしょう-
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今回はちょっぴり短めです。
疑似魔法の魔法陣に関する事柄は、やはり全て使徒に課された役回りということか。
確かにトラヴィス殿下の寝台に画かれていた悪質な魔法陣は、使徒でなければ短時間では対応不可能だっただろう。そんな物騒な物が何時どこにどれだけ仕掛けられるのか、もしくはすでに仕掛けられているのか、黒幕と転生者を同一視していいのか、誰が引き起こしているものなのか、その全てがこちらには把握できておらず、常に後手に回されている状況だ。
それなのに、あちらには俺が転生者だとバレている。すでにもう一人の転生者がいくつも先手を打っている段階なのに、俺には尻尾どころか影すら見えていない。
これは厄介だな――怪訝に眉をよせた時、陛下がナーガに発問した。
「ナーガ殿。私もお訊きしてよろしいか」
こくりと首肯したナーガに謝意の目礼を返して、陛下は続けた。
「姫の他に転生者は一人と申されたが、では転移者はどうなのですか? ホンゴウ殿やドローンとかいう未知なる物を所持していた者の他に、現在転移者はいるのですか」
そうだ、それも聞いておくべき情報だ!
一斉に九対の視線が集中するも、ナーガは普段と変わらない調子でこくりと頷いた。
『いる』
「まだいるのか!?」
「リリー……?」
はっと我に返った。俺、今なに口調で問い質した……?
隣り合わせのお父様が訝しんだ視線で見下ろしてくるし、他の大人組やトラヴィス殿下も目を見開き凝視していた。そんな緊迫した中で、慣れているイルとイクスだけは生暖かい視線を寄越している。言わなくとも伝わってくる、「ああ、やっぱり素が出ちゃったか~」とありありとわかる顔は止めろ!
「し、失礼致しました。驚きのあまり乱暴な物言いをしてしまいました。それでナーガ。ドローン所有者以外にも転移者はいるのね?」
『いるよ』
乳飲み子だった頃に心の声が男口調だったことを知るお父様の、疑いに満ちた視線に気づかないふりをしつつ、身震いしながらも強制的に話を戻した。ヤバい、イルたちの前ではいつも男口調だと知られたら怒られる……!
「では間違いなく、そのドローンとやらの所持者は転移者であると?」
ナーガは、陛下の追加質問に三度首肯する。
『リリーと同じ地球からの転移者だね』
「では姫と同等の知識を有しているということか……厄介だな」
『そうとは限らない』
「と申されますと?」
『リリーの知識量は、前世で蓄えたものが豊富だということもあるけど、リリーの場合は他の転移者や転生者よりずっと多くの情報を引き出せるから。彼らにリリーの真似は絶対できない』
驚愕する視線を受けて、まあそうだろうな、と頷いておく。
浩介時代に培った知識は、多趣味と雑学好きが高じて無駄に豊富だった。母親に器用貧乏と呆れられる程度には色々と手を出していたのだ。加えて、今世で授かったオプション、検索エンジン! これはもう反則級だと他の転移者、転生者に罵られても仕方ないレベルのチート能力だ。
悪用はしません。世のため美味しい食べ物のため、ありがたく使わせて頂いております。神様に定期的な賄賂げふんげふん。貢ぎ物を奉納しているし、ナーガは毎日食べてるし!
閑話休題。
「確かに前世や過去に詰め込んだ知識量は人によって違うだろうけれど、わたくしが最も懸念しているのは科学が普及することなの」
「「「「「カガク?」」」」」
う~ん。それを説明するのは嫌だな。
以前は燃える火の仕組みを例に挙げて説明したけど、大筋から外れてしまう説明は極力省きたい。
「つまり、科学というのはわたくしが前世で生きた世界で魔法の代わりのように使われていた存在で、とても強力な力を持ったものなのです。生活を豊かにする反面、自然を破壊したり、大量虐殺さえ出来てしまう二面性を持った力でした」
「そんな恐ろしいものが……」
「実際に私はその脅威の一端を見ております。本来の威力よりずっと抑えたはずのものでさえ、私は命の危険をひしひしと感じました」
お父様のフォローにより、具体的に科学が何かを知らずとも、その危険性は理解してもらえた様子だ。
「わたくしはこちらへ科学を浸透させる気はありません。魔法があるのですから、あれはこちらには不要なものです」
「そうだな。実体験をした私もそう思う。私の最大火力魔法が焚き火程度の威力だったと錯覚するほどに、あの力は凄まじかった」
「ユリシーズの最大火力が焚き火程度だと!?」
「マジか……そんなものが出回ったらこの世の終わりじゃねえか」
陛下と師団長の戦く声に、一同はごくりと生唾を呑み込んだ。
「あの……姫様。一魔法師として、その威力に大変興味をそそられるのですが、再現して頂くことは可能ですか」
戦きつつも、スカイグレーの瞳だけはキラキラと輝いて興奮を抑えきれていないディックが、また魔法バカな面倒なことを言い出した。
「あれは永久凍結しました。再現はしません。絶対に」
「そ、そこをなんとか!」
「しません」
「お願いします! 後学のために体験したいんです!」
「やりません。後学にされたら困ります」
「そんなご無体なっっ」
「無体を働いた記憶はありません」
俺は悪代官か。やらないったらやらない。
「ふむ。我が国が誇る随一の魔法師たるユリシーズが白旗を上げる力か。私も興味があるな」
「陛下まで止めてください」
「いいではないか。これっきり、我々だけの話だ。やってくれるだろう、レインリリー嬢?」
口角をにやっと持ち上げて不敵に笑う。くっそ面倒臭いこと言い出したよ! それって拒否権なしの王命じゃねえか! ディック、後で覚えてろよ! お前の防護魔法だけ一枚少なくしてやるからな!
「……………承知致しました」
陛下は鷹揚に頷き、ディックはやった!と小さくガッツポーズしている。お父様と宰相はやれやれと首を振り、師団長は興味津々に口角が上がっていた。
子供組を見れば、苦笑いが返される。しょうがないよね――そう聞こえた気がする。誰も止めてくれないのか。
言っておくが、苦労するのは俺だけなんだからな。以前のように防護魔法の強度が足りなかったら大変なことになる。だって国王と次期王太子と第二王子がいるんだぞ!? アッシュベリー公爵家正嫡と宰相閣下もいる。超VIPメンバーに怪我なんてさせられない。ちくしょう、俺のプレッシャーは誰も慮ってくれないのか!
虚しい。……今一度話を戻そう。
「ナーガ。わたくしのようにある程度の科学の知識は転移者や転生者にもあると思うわ。もしかするとじっちゃ――いえ。本郷殿のように、寧ろわたくしなどよりずっと詳しいかもしれない」
『ないとは言えない。でも知識として持ってはいても、形に出来るとは限らない』
「それは……」
否定できないな。銃や爆弾を知ってはいても、一から製造することは不可能だ。一番重要な火薬ですら俺に作る知識はないぞ。
――いや、浩介時代に何かで読んだな。糞尿と藁と細菌で火薬が作れるんだったか。とてつもなく面倒臭い作業で異臭も酷いので、現代地球ではこんなものでも作れるって知ってた?程度の軽い認識力で構わないような、浩介も俺も記憶の片隅の更に隅っこに放置してあった雑学だ。
でも、作れなくはないんだよな……。俺の考えすぎか?
「製造できないと仮定しても大丈夫なのね?」
『少なくともそれを実現できる特殊能力は持たない』
「でも、知識は別よね?」
『別だね』
なるほど……絶対作れないとは言えないのか。
確かに、ガンマニアとか特定の武器に深い知識を持っていたり、特殊な分野に精通していれば創造魔法でなくとも作れるかもしれないな……。
俺やじっちゃんのように、広めるつもりがないタイプならいいけど、まず転生者の方はそうじゃないと断言できる。他の転移者はどうなんだろう。ドローン所有者はどっちか分からないな。
「現存する他の転移者は何名?」
『一人』
「本郷殿と、ドローン所有者と、もう一人で三名?」
『うん』
「ドローン所有者はハインテプラにいるの?」
核心の一部に触れる切り口に、面々が鋭い視線をナーガに向けた。
さて。これには答えてもらえるのか。ヴァルツァトラウムの森の異変について、聖霊から答えは得られないと神様に釘を刺されているが、ハインテプラが侵略し、転移者が加担したのかとは訊いていない。屁理屈だと言われてしまえばそれまでだけど、ナーガの様子から、ある程度の抜け道は許されている気がする。
『どこに在住しているかは答えられない』
まあ、そりゃそうだよな。ということは、もう一人の転移者の所在地も答えてはもらえないか。切り替えよう。
「それじゃドローンは? その転移者が持ち込んだ物?」
『本郷 主税と同じく、転移した時に身につけていたり所持していたものなら持ち込み可能』
ではじっちゃんの見立て通り、十中八九持ち込んだだけの、ただのマイクロドローンか。
「転移者に魔法は使えないの?」
『使える人間もいる。ただ潜在能力に左右されるから、扱えるかは本人次第。大抵は使えることに気づかないまま生涯を終える』
「えっ、本当に? じゃあ本郷殿も使える?」
『すでに使っているけど、本人は気づいてないね』
なにそれ。気づいてないのに魔法使ってるとかあり得るの? 何の魔法使ってるんだ?
『本人に確認取りなよ』
「ああ、そうね。そうするわ。……ねえ。転生者や転移者は、必ず地球から招かれるの?」
『そうだよ』
「どうして地球なのかしら」
『魔法が存在していない世界で、こちらより発展しているから』
なるほどね。神様も仰っていたもんな。世界の発展に貢献してほしいと。
「こちらへはよく渡る?」
『滅多にない。転生者であれば数百年から千年に一度。転移者は百年に一度くらい』
「今回は転生者二名、転移者三名。これは平均値? 毎回同じ時代に複数人招かれるものなの?」
『それも滅多に起こらない。普通はその時代に一人だけ招かれる。今回は異例中の異例』
「理由は?」
『答えられない』
「では何のために招かれるの?」
『それは招かれた者が自らの足で探すしかない』
つまり、こうしてナーガからある程度の情報が下りてくる俺は、使徒の立場であっても恵まれているということだ。結構提示してもらえたな。
さて。ここまでの対話を要約してみよう。
一、転生者がもう一人いる。
一、もう一人の転生者に、こちらの素性はバレている。
一、もう一人の転生者は、人や世界を害する能力を保有している可能性がある。
一、他に神の使徒は存在しない。
一、疑似魔法の魔法陣に関する事柄は全て使徒に課された役回りである。
一、転生者と転移者はすべて地球出身者。
一、地球から招かれる理由は、魔法を扱うこちらより発展した世界だから。
一、転移者は三名。
一、転生者と転移者に俺程度の知識量はない。また、それを具現化できる能力は保有していない。
一、個人差はあるが、転移者にも魔法が使える。
一、地球からの招請は、滅多に起こるものではない。
一、一度に招かれる人数は一人。
一、同じ時代に複数人招請された今回は異例中の異例。
一、招かれた理由と役目は、自身で見つけなければならない。
と、こんなところか。
俺のまとめに全員の同意を得られた。他に訊くべきことは今のところなしと、討論会は満場一致で終了を迎えた。
摂理に触れるタブーが多いこともわかった。俺の、核心を突くような幾つかの質問はそのタブーに分類される。つまり、裏を返せば目の付け所は的確だったということだ。
答えられない――濁すならもっと巧いやり方があるはずなのに、ナーガは敢えてそう口にした。最大限譲歩してくれた証拠だ。
「ありがとう、ナーガ」
『何のこと?』
抱き上げてぎゅっと抱擁すれば、とぼけた返答がなされる。
ナーガが伝えようとしてくれた数々は、神様がここまでなら構わないと許してくれたということ。ナーガの奮闘のためにも、俺は手にした情報を無駄にするわけにはいかない。
「さて、皆様。せっかく魔素が視認できるのです。ここからは魔法実演を兼ねての検証会へ移りませんか?」
「「待ってました!」」
師団長とディックが喜色満面に吼えた。お父様も満更ではなさそうな、浮き足立っているようにも見える。お父様と魔法考察するのは久々だからな。俺もわくわくしてきた。
まあ、その前にディックが言い出した余計な仕事が一つ残ってるけどな!
「リリー」
「ん?」
いつの間に対面のソファからこちらへ来ていたのか、今の今まで座っていたはずのイルが眼前に立ち、こちらへ手を差し伸べていた。
「お手をどうぞ、愛しい婚約者殿。演習場までエスコートさせてほしいな」
ここで断ったらイルの面目丸潰れだよな。女の子扱いは不慣れだって知っているくせに、陛下の御前で断るなんて絶対できないと分かっていてやるんだから、本当に質が悪い。非の打ち所のない爽やかな笑顔しやがって、腹立つな。どこぞの王子様かっての。いや王子か。
不承不承ながらも差し出された手に重ねようとした露の間。突如俺の体はふわりと浮き上がり、立ち上がったお父様に抱き上げられたのだと遅れて気づいた。
「エスコートは結構です、殿下。娘は私が連れて行きますのでお気遣いなく」
「「ユリシーズ……」」
陛下と師団長が再び揃いの呆れた視線をお父様に寄越した。
頬を引き攣らせつつ見上げてくるイルを放置して、お父様が俺を抱き上げたまま颯爽と魔法師団執務室を後にした。
――うん、お父様。さすがに俺もそれはないと思う。