105.魔法師団師団長とお父様 3
ブクマ登録・評価・感想ありがとうございます( 〃▽〃)
「ちょい待ち。俺にもわかるように説明してくれ。魔法と魔素の関係について考察したって部分をはしょられたらわかんねぇ」
あ、そうか。あの場に居たのは俺とお父様とエイベルだけだったもんな。
魔素が極彩色だと知っていることを口外しないよう言われていた俺は、ちらりとお父様を見上げた。小さく首肯を返されたので、このメンバーになら話しても構わないということだろう。
「行使する魔法によって、詠唱に応える魔素の色が違うのです」
「「――は?」」
おお、師団長とディックの声が綺麗にハモった。二人の見開かれた目が気持ち悪い。
「は? ちょ――は? なんだって?」
「姫様っ! それ、ちょ、もっと詳しく!」
二人とも語彙力どうした。
ディック、取り敢えず落ち着け。せっかく捺印した書類が未整理のものと混ざって散乱しているぞ。迸るパッションとアドレナリンを抑えて座りなさい。シット!
「皆様この世界に魔素が存在していることはご存知ですが、極彩色を纏っていることは知られていないと聞きました。以前お父様と魔法考察をした折りに、属性によって色の違う魔素が応え、威力の高低で応える魔素の数も違うのだと検証したんです」
「ごっ、ご、ごごごごご極彩色って! な、なに、何色が何に反応するんですか姫様! 魔素って、聖霊様って、魔法行使に如何ほどのっっ」
「おちっ、落ち着け馬鹿ディック! ま、魔素が魔法行使に必要不可欠なことは解りきってる! 解りきってるが! 極彩色って! 色別って! 魔法は聖霊様が応えてくれていた結果だったとか! なんだこれ!? スゲェ発見だぞおい! あああああ俺も落ち着けっっ!」
「喧しい!」
「「ぐおっ」」
お父様の鉄拳が師団長とディックの頭頂部に振り落とされた。凄まじい音がしたが、大丈夫か? 蹲って身悶えているけど、まあ平気だろう。あんまりうるさいようなら闇魔法の麻痺をかけてやろうかと思っていたのに、出番はなかった。
「痛ってぇよユリシーズ! はっ、そうだ! お前! 知ってたんなら何で三年前に報告しない!」
「ただでさえリリーの能力と肩書きで上層部が騒がしくなったのにか? 小出しするに決まっているだろう。リリーの持つ使徒の知識は人間が好き勝手に引き出して良い代物ではない。リリーが話す気になるまで待つのが当然だ。本来ならば人間などが知り得るはずのない叡智だぞ。欲張るな」
「くっ。正論だが腑に落ちねぇっっ」
ディックは大丈夫なのか? ぷるぷる震えたまま動かないぞ?
「でも解禁ってことだよな!? な、姫さん!?」
「そうですね。神様からもナーガからも秘匿するよう言われてはおりませんので、たぶん構わないかと。ちょっと確認します」
キラキラと期待に満ちた澄んだ二対の眸を向けられながら、ナーガ、と呼び掛ける。暑苦しい視線を送ってくるし、どうやらディックも復活したようだ。
『そっちの魔素視点で聴いてたよ。別にいいんじゃない?』
「本当? なら良かった。ねえ、こっちへ来れる?」
『うん、いま行く』
俺の前に、両手を広げたほどの小規模転移魔法陣が顕れ、黄金色を纏ったナーガが顕現した。
「おお! 正に三年前の御姿!」
「こ、この御方が聖霊、様……! なんとお可愛らしい……!」
純白の和毛に覆われた細長い肢体をくねらせ、定位置の俺の首へと巻き付く。興奮状態の師団長とディックをまるっとガン無視する辺り、さすが安定のナーガだ。ビロードのような手触りに癒されます。
「ナーガ、いらっしゃい」
『うん。最近は王宮によく呼ばれるね。ナーガは留守番ばかりだからつまらない』
「ごめんね。あまりナーガの姿を貴族に知られたくなくて」
『その辺はリリーの判断に任せるよ。それで? 魔素の話だっけ?』
「ええ。――そうだ。一時的にナーガの声が聞こえるようにしてもいい? あと、魔素が見えるようにも」
「「ええっ!?」」
俺の発言に瞠目したお父様が、いちいち騒々しい二人を睨み付け、気障りだとばかりに無遠慮な舌打ちをした。
『一時的でしょ? いいよ』
「ありがとう。前のように錠菓でいい?」
『うん。効果は三時間くらいね』
「ふふっ。ええ、心得ているわ」
三年前ヴァルツァトラウムの森で騎士たちに食べさせたタブレット菓子の効果は半日だったが、確認と検証の場であれば半日は多い。元来人に関与しない魔素が、必要以上に長時間姿を晒すのは好ましくないということだろう。
創造魔法で錠菓を三つ生成する。簡単に噛み砕けるように、今回もタブレット菓子だ。前回は真夏だったこともあり清涼感のあるミント味だったが、今回は春だし、ラムネ味にしてみた。
「スゲェ……! これが創造魔法……! 本当に無から物質を作り出す能力なんだな……とんでもねぇな」
「姫様! 姫様! こっ、これは何です!? 何に使うのですか!?」
「これはほんのり甘いお菓子の一種です。これを摂取することで、一時的にナーガと会話出来ます。もちろん浮遊している魔素の姿もしっかり視認出来ますよ。でも持続効果は三時間だけです。これはナーガからの要望なので、そういうものだとご理解ください」
「三時間だけでも御の字だ! 一生見聞き出来るはずのない神の領域を覗かせてもらえるんだ。文句なんてあるはずない」
「あああぁぁ……どうしよう、夢のようだ。僕はこのまま昇天してしまうかもしれない……」
それは大丈夫なのか。ディックに食べさせるのはそこはかとなく不安を感じる。
「リリー。陛下にも御出座し頂いた方がいい。陛下抜きでやれば後が面倒だ」
「あ~……」
確かにごねそうだな……。懐中時計の件では、それはそれはぐずぐずと不平を並べ立てられたものだ。
「わかりました。では陛下と、宰相閣下もでしょうか」
「そうだな」
「あとはシリル殿下とアレックス様もですね」
「何故だ」
「え? だって、殿下方にお知らせしなかった場合、後々わたくしが面倒ではありませんか」
「む……そうか、わかった」
「姫さん。そこはユリシーズに似て欲しくなかった」
何のことだ。
さて。トラヴィス殿下はどうするか。
「トラヴィス殿下は如何致しましょう?」
「陛下のご判断次第だな。ディック。陛下へその旨お伝えしてこい」
「はっ? いやいや、僕はここを離れませんよ!」
「上司命令だ。この場ではお前が適任ってことで」
「師団長が行けばいいじゃないですか」
「中年にそんな無駄な体力あると思うなよ。いいから、お前が一番若いんだから一っ走り伝令役こなして来いって」
「若さなら姫様が断トツですが」
「お前、公爵令嬢に走れって言ってんの?」
「言ってません。ああもう! わかりました! 僕が戻るまで話進めないでくださいよ!? その奇跡の菓子も食べないでくださいね!?」
「わかったわかった」
軽く応じる師団長を苦々しげに睨んだディックが、若さ全開の全力疾走で出ていった。地球の学校でよく注意された「廊下を走らない!」という規則は、王宮にはないのだろうか。一介の紳士としては、騎士でないかぎり公共の場で走っちゃいけない気がする。
唖然と見送ると、呆れ返った様子で師団長が嘆息した。
「あいつ馬鹿だな。いつもの自若性はどこに落っことして来たんだ? 報告なら伝達魔法使えば直ぐだろ。マジで走って行きやがった」
「伝達魔法?」
「ん? 姫さんは知らねえか? 簡易的な連絡のやり取りに使用する魔法陣があるんだよ。指定した場所へ手紙が飛んで行くんだ。興味あるなら試してみるか?」
「やってみたいです!」
そんな便利なものがあるとは知らなかった!
でも、魔法陣か。ナーガは嫌がるかな?
ナーガに問う視線を向ければ、緩慢に首を振った。
『まあ、それくらいならいいよ』
「嫌じゃない?」
『摂理に触れるわけじゃないから』
「摂理……ああ、そういうことか」
この世界のありとあらゆるものを導く神の意志に反しなければ、ある程度の抜け穴は容認するってことなのか。少しだけ基準がわかった気がする。
「転移と似てる?」
『劣化版の応用だろうね』
「これも使徒?」
『そう。母体はね』
「王宮直属機関が転用した?」
『そういうことだね』
なるほど。これはフォークスが他に何を転用しているか教えてもらうべきかもな。聖霊にとってタブーに区分されるものも開発しているかもしれない。国の最重要機密の一つだろうから、そう簡単に情報を流してくれるとは思わないけれど。
沈思していると、お父様が頬を指の背で撫で、俺の意識を引き戻した。
「リリー?」
「あ。ごめんなさい、お父様」
「構わない。どうした?」
「ああ、いえ、ナーガや魔素たちが魔法陣を嫌っているのはご存知でしょ? 調理器具のように例外もありますけど、伝達魔法はどうなのかなと思いまして。確認を取っていたんです」
「え!? せ、聖霊様は魔法陣がお嫌い!?」
師団長の顔からサーッと音を立てて血の気が引いていく。顔面蒼白になった師団長を見て、ああそうだったと思い出した。師団長は魔法陣解析部門の最高責任者だったな。
「正確には擬似魔法が大嫌いなんです。魔法陣は元々神や聖霊が扱う属性のものでした。三年前の御前会議でご報告したと思いますが、神や聖霊だけが扱う魔法陣を勝手に転用されたことに腹を立てているんです」
「ああ、ヴァルツァトラウムの森に魔素がまったくいなくなった件か」
「はい。役立つものに使用されている魔法陣はその限りではありませんが、その線引きはかなり繊細です。世界の発展に貢献するような魔法陣なら赦せますが、理に反するものは徹底的に嫌います。擬似魔法が存在する場所に、魔素は寄り付きません」
「擬似魔法……。伝達魔法は何て?」
「摂理に触れるわけではないから、その程度であれば構わないそうです」
「摂理に触れる……確かに線引きが難しいな。人ごときに天の意思を推し量るなんぞ出来やしねぇからな」
ふむ、と顎を擦りながら師団長は押し黙った。
たぶん、使徒の存在は神様の梃入れなんじゃないかなぁ。軌道修正の意味が強い気がするんだよな。今回俺に求められているのは、蔓延ってしまった擬似魔法の抹消――なんてことはないよな。万物流転なんてものまで授かっている時点で絶対ないとは言い切れない辺りが不安を煽るな。それだけのことをやった後に求められる対価が何か、知りたくもない。
「いま考えても仕方ねえな。んじゃ姫さん。御許しが出た伝達魔法やってみるか」
「はい!」
「私が教えよう」
「俺が教えようとしてんのに、何で横槍入れた!?」
「貴様にリリーの初めては何一つ許可しない」
「卑猥! 愛娘を前に何言ってんのお前!?」
「貴様こそ何を言っている? 耳まで腐ったか。腐っているのは性根だけにしておけ」
「性根が腐ってるなんて言われたことないけど!?」
「故に耳も腐っているんだろう」
「腐ってねぇし!!」
「さあ、リリー。お父様が教えてあげよう」
「ユリシ―――ズっっ!!」
お父様の膝の上で、再びのコントに見舞われた。俺、これ以上は受け止めきれないよ。
お父様指導の下、魔法陣が画かれた専用の用紙に魔力を流す。宛先はお父様だ。魔法陣が発動して届くまでの一連を見たいという理由が一番で、あとはまあ、お父様がそれ以外の選択肢を認めなかったのだ。
イメージは何でもいいと仰るので、蝶を思い浮かべる。なぜ蝶かと言えば、今季が春だからかな。
因みにお父様はいつも鳥の姿を使うそうだ。それも速さ重視の燕。師団長は蜂らしい。同じ昆虫だな、と笑った師団長に、お父様は盛大な舌打ちをかました。
魔力を受けた紙が仄かな燐光を宿し、幸運を呼ぶと云われる青い蝶、ユリシスに姿を変えた。
「ほう……綺麗だな。お前の瞳の色によく似ている」
「お父様の瞳の色にも似ていますわ」
「ははっ。それもそうか」
「あれは幸運を呼ぶとされる、ユリシスという名の蝶なのです。お父様のお名前とよく似ておりますわね」
「そうか。お前はそれを選んでくれたのか。嬉しいよ」
「ふふ」
「……………」
おや。師団長の目が死んでいるな。どうした。
青い蝶はパタパタと優雅に羽ばたき、執務室をゆっくり旋回してお父様の差し出した指に止まった。
「どうやって読むのですか?」
「簡単だ。背を撫でてやればいい」
お父様の長い指が青い蝶の背をひと撫ですると、砂山が崩れるように形を失くし、元の紙片に戻った。メモ書きのような手紙を一読して、お父様の口許が綻ぶ。
書いた内容は、『お父様と考察する時間が何より楽しいです』。
「ああ。私もだよ、リリー」
こめかみに口づけを落とし、お父様が蕩けるように微笑んだ。
世の貴婦人方が卒倒するに違いないこの魅惑の微笑は、お母様と俺にしか向けられない。外では無表情か怪訝な顔がデフォルトなのは、ある意味方々が平和で良いことなのだろう。闇属性に関係なく魅了のスキルを持っていそうなんだよな、お父様とお兄様。
「納得いかねぇ~。それは俺が貰えるはずだった手紙なのによぉ」
「そんなものは存在していない。耄碌するとは、そろそろ引退の時期じゃないのか」
「俺はまだ四十だ! 年寄り扱いすんな!」
魅惑の微笑みが瞬時に消え去り、すんと真顔になった。舌戦はもういいってば。
そう言えばディック遅いな。
ナーガが暇過ぎて欠伸し出したぞ。寝入ったら検証会は当然中止だからな?
6月6日(土)は、ストロベリームーンが見れるそうですね♪
しかも満月!
楽しみだな~(〃艸〃)