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104.魔法師団師団長とお父様 2

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 グレンヴィル公爵領・北区ヴァルツァトラウムの森で捕獲したドローンのことを考えると、あの時の監視者が転生者だったとは思えない。じっちゃんが転移した時、所持していたものをこちらへ持ち込めたと言っていた。ならばドローンがある限り、転移者で間違いないはずだ。

 その他に転生者がいるとするなら、オキュルシュスを通して俺が転生者であることは知られているかもしれないな……。


「――ナーガに確認を取ります」

「ナーガって……あの時の聖霊様か!?」


 師団長が興味津々に、少年のようにアイスブルーの瞳を輝かせた。


「はい。でも、神の一部である魔素は、あくまで傍観者です。この世の流れに関与することを教えてもらえるわけではありません。わたくしが気づかないかぎり、答えを提示してくれる存在ではないのです」

「ああ、わかってる。だが問えば答えてくれるんだな?」

「全てではないと、念頭に置いておく必要があります。神は、場合によっては答えられるかもしれないと仰せになりました。言い換えれば、答えることが出来ないものもある、ということです」

「ちょ、ちょっと待て姫さん。神が仰せになった? 神に会ったのか!」


 お父様もぎょっと視線を俺へ落とす。まさかメッセージのやり取りだけでなく、実際に会ったのかと雄弁に語る凝視だ。


「お会いしました。その……死にかけた時に」


 ぼそりと小さく呟いた途端、お父様が膝に抱いた俺の体をくるりと自分へ向けた。目が怖い!


「どういうことだ? 私はそんな報告など受けていない。どの時点での話だ。一度目の念話を繋ぐ前か? それとも二度目? 正直に答えなさい」

「いや、ちょっと落ち着け、ユリシーズ」

「私は冷静だ。答えなさい、リリー。いつだ? 死にかけたとはどういう状況だ。父上は知っているのか? 知っているんだな。そうか。あの狸親父め!」

「お、お父様、落ち着いて。お爺様は無実です」

「いいや。あの狸は情報操作の前科がある。お前も狸に黙っているよう言われたんだな? そうかそうか。私の愛娘に命の危機が迫っていたという事実を、あの狸は、飄々と、悪びれもせず、この私に、握り潰すという暴挙を働いたんだな? ほーう。やってくれるじゃないか」


 あああああああぁぁぁ……お父様の微笑みが黒い! 口角を上げて笑みを浮かべているのに、目がまったく笑っていない! お爺様逃げてー!!


「おと、お父様、誤解です。お爺様はご存知ありません、本当に! 神様と邂逅したことは、誰にも言っておりませんから! その時お爺様は第二防衛線で奮闘されておりました!」

「狸にそう言えと言われたか」

「いやいやいやいや! 真実をお話しております!」


 狸呼ばわりが定着しちゃってるぅぅぅ! こんな黒いお父様初めて! お爺様どんだけお父様から信用されてないの!? 何やらかした!


「今! 初めて! 話しております!」

「………」

「嘘偽りなく! 家名に誓います!」

「家名に誓うなら真実だ、ユリシーズ。ほれ、いい加減矛を収めろ。愛娘を追い込むな。あと狸ってあの人自身に言ってやるなよ?」

「何故だ。あれが狸なのはコーニーリアスもよく知っているだろう」

「まあ否定できないのは認める。認めるが、本人に直接言うのは止めて差し上げろ。ああ見えて一人息子を溺愛してるんだ。凹んだら面倒臭いだろうが、俺が!」


 わあ。過去に何があったか聞きたいような聞きたくないような。お爺様、歪んだ愛情表現は伝わりませんからね? ストレート過ぎるのも息子としては全力で脱兎する程度には嫌がられると思うけど。匙加減失敗したのかな、お爺様。


「……不満は残るが、まあいい。家名に誓ったならばリリーの言葉を信じよう。あくまでリリーの言葉を、だがな」

「容赦ねぇな、お前」


 お爺様そのものは信用するに能わずと、その不遜な物言いと表情が物語っている。本当に何をやらかした、お爺様! 何かわかんないけど、とりあえず謝って!


「それで? 死にかけたとはどういうことだ」


 ぎろりと鋭い眼光が向けられた。

 おおおお滅茶苦茶怖ぇぇぇ!!


「あの……ええと、広範囲治癒魔法を連発していたら限界が来まして……」

「限界とは? リキャストタイムのことか?」

「あ、いいえ。その……情報量に脳が耐えきれなくなって」

「……あー、姫さん? 聞くの何となく怖えんだけど、まさか鼻血出してぶっ倒れたなんてことは――あんのかぁ。そっかぁ。そりゃ死にかけるわなぁ。無茶しやがるぜ」


 そわ、と視線を泳がせた俺にすべてを覚ったのか、師団長が乾いた笑いを溢した。


「まさかお前、昏倒したのはそれきりじゃないなんて言わないだろうな?」


 お父様鋭い! 再び泳いだ視線に確信を持ったお父様が、がしっともげそうな勢いで両肩を掴んできた。痛い痛い痛い!


「何回だ。会議室で倒れる前に何度昏倒した!」

「ユリシーズ! 気持ちはわかるが落ち着けって!」

「私は冷静だと言っている!」

「声を荒らげて問い詰めてる時点でお前は冷静じゃねえ。お前の大事な大事な姫さんの肩を砕くつもりか?」


 師団長の指摘にはっと我に返ったご様子で、お父様が肩から手を離した。


「すまない、リリー。痛くないか?」

「はい。大丈夫です、お父様」

「本当にすまない……」

「それだけ心配してくださっていると分かっていますから。きちんとお話致します。今まで黙っていてごめんなさい」

「ああ……もう二度と、私の居ない場で窮厄しないでくれ。知らなければ守りようがない」


 お父様は俺をぎゅっと抱擁し、息を吐き出した。「はい、お約束致します」と応えれば、「頼む」とか細い声が返される。

 そうか、黙っていることで不安にさせてしまうこともあるのか。そうだよな。知らされていないことは、想像して理解しようとするもんな。正解なんてわからないから、駆り立てる不安と最悪の事態の想定に怯え、それは際限などないのだ。


 きっとお父様の脳裏に過ったのは、俺が五日間目覚めなかったあの日のことだろう。お父様のご懸念はごもっともだ。これはどう考えても報告しなかった俺が悪い。

 報告(ほう)連絡(れん)相談(そう)は怠っちゃいけない。――いや、それはもう古いという意見もあった気がする。指示待ち人間では使えないと。新しいのは確か『確認、連絡、報告』で『かくれんぼう』だったよな。

 うん、〝ほうれんそう〟にしろ〝かくれんぼう〟にしろ、重要な報告を忘れちゃいけない。

 社会人だった浩介よ、どこへ行った。


「ヴァルツァトラウムで倒れたのは三回です。危険だったのは第一防衛線で倒れた一度目で、その時に狭間と呼ばれる空間で神様とお会いしました」


 ぐっと堪えているとわかる複雑な面持ちでお父様が続きを促す。


「幼い未発達な脳では処理しきれない情報量だったようで、危うく脳に致命的な損傷を受けるところだったと神様は仰いました」

「なん、だ、と……」

「まあそうなるよなぁ。鼻血出してぶっ倒れたってことは、負荷が脳のキャパシティを超えたってことだからな。たまにリキャストタイムガン無視で連発しやがる脳筋がいるが、そういう無謀な奴は決まって廃人になるか早々に死ぬ」

「脳筋の代表たる貴様に言われたくはないだろうがな」

「なんだよ! ショック受けてるくせして罵りだけは饒舌かよ! なんなのマジで!」

「それで、損傷までには至らなかったということだな?」

「話戻すの早ぇえ! 今のくだりで俺の悪口挟む必要あった!?」

「神が治癒したのか?」

「聞けよ俺の嘆きをよぉぉぉぉ!」

「喧しい。リリーの一大事の話をしている。邪魔するなら書類を片付けろ」

「魔法陣の話をしてたんだろうがよぉぉぉ! 俺抜きじゃ意味ねぇだろうが! 何なの!? マジでお前俺をどう思ってんの!?」

「実戦と魔法陣解析以外では役立たずのクラッシャー脳筋」

「オブラートに包めや!」


 話が進まない……この二人を放置していると、本気で話が進まない! お父様ってこんなキャラだったっけ!? 冷静沈着でもっとおおらかな人だと思ってたんだけど、あれ!? お母様の尻に敷かれている事実は八年も側で見ていればわかることだけど、師団長が絡むと毎回こんな感じなの!? 最早コントだよね!?


「はいはい、お二人共! じゃれ合うのも大概にしてください! ほら、姫様が唖然となさっているじゃありませんか」


 突然ノックもなしに入室した人物が、パンパンと手を叩いてお父様と師団長の不毛な舌戦をぶった切った。


「じゃれてなどいない」

「そうだぞディック。撤回しろ。俺はこいつの素行改めをだな」

「無駄です、師団長。あなたに素行改めなど言われては、副師団長も立つ瀬がないでしょう」

「お前らホントそっくりだな! 俺が上司だってこと忘れてねえか!? あ、それで思い出した! ディック! てめぇユリシーズ不在期間の書類整理のことチクりやがったな!」

「自業自得でしょう? あれは僕が捌きました。上司を名乗るなら部下の処理した結果を横取りしようとしないでください」

「ムカツクほどにそっくり! オマージュすんの止めろ!」

「あなたのような粗忽者の下に配属されれば、誰もが副師団長に同調すると思いますが」

「そ、粗忽者」


 戦く師団長を無視して、ディックと呼ばれた青年が驚く俺へと向き直った。

 緩く編んだクロッカスの長い髪を右肩に流した、スカイグレーの怜悧な双眸を持つ若い青年だ。


「ご挨拶が遅れました。姫様の父君、グレンヴィル副師団長の補佐官をしております、ディック・ウィリスと申します」

「あっ、申し遅れました。ユリシーズ・グレンヴィルが一女、レインリリーと申します」

「はい、存じておりますよ。神の使徒であられる姫様にお会いできて光栄です」


 恭しく一礼したディックに瞠目した。まさか、彼も御前会議のあの場にいたのか?

 俺の疑問を正確に読み取ったディックは、いいえと緩慢に首を横に振る。


「僕が姫様に関する秘匿事項を知らされているのは、僕の能力が姫様の能力と恐らく相性がいいからなんですよ」

「相性?」

「ええ。僕は闇属性と無属性持ちです。姫様と相性がいいと思われるのは、無属性の方なんです」


 我が家の料理人たちといい、領民たちといい、姫様呼びする人間が多いのは何故なのか。でもそれよりディックの発言が気になるので、この場はスルー致します。


「姫様の聖属性魔法は、時間を切り取る力だと認識しております。有り体に言えば、過去へ巻き戻す力ではないかと。間違っておりますか?」

「い、いいえ」


 確かに、聖属性魔法を発動する俺のイメージは、起きた事象そのものをなかったことにする、否定の心象だ。時を巻き戻すという解釈はたぶん間違っていない。


「僕の無属性は、未来に起こる可能性を引き寄せる能力です。いくつか選択肢があった場合、それぞれの未来を覗き見し、より良い結果に繋がる選択を現在に結びつける。未来視、アヴニール・ベルと僕は呼んでいます」


 俺は瞠目した。それが本当なら、未来をいくらでも操れるということじゃないか。


「まあ五十六日に一度しか使えない能力なので、効率性は低いですが。無駄撃ちは出来ないので、細かな選択に使うのではなく巨視的な視点に使用すべき能力ですね」


 なるほど。とんでもない能力であることは変わらないが、使い所の難しい点が神様の仰ったストッパーなのかもしれないな。反則級の未来視も万能ではないということだ。


「姫様の過去へ巻き戻す能力と対になる、僕のより良い未来を手繰り寄せる能力。合わせたら凄いことになると思いません?」


 まあ、なるだろうな。確実に。運命や理を操作できるレベルのヤバい類いで。


「僕としては、姫様に睡眠時間以外付きっきりで検証を重ねたいのですが、陛下と副師団長に猛烈な反対を受けまして。姫様はどう思われます?」

「……えっ? つ、付きっきり?」


 なんか危ない発言出てきた。

 これでも一応未婚の高位貴族令嬢なんだけど、そんな俺に付きっきりとかお父様が許すわけないじゃん! しかも睡眠時間以外付きっきりって、トイレや入浴の時間帯はどうするつもりだ!? まともな奴来たって思ってたのに!


「許可するわけがないだろう。お前はうちに長期滞在でもするつもりか」

「あ、それもいいですね。午前中は姫様も淑女教育があるだろうし、その間はお側で持ち帰った書類仕事をやっつけつつ見守って、午後からは一緒にこちらへ出仕して頂けばいいか。退勤して副師団長の御自宅に共に帰宅すれば、確かにずっとご一緒できます!」

「それを私が快諾すると何故思う」

「怖ぇぇぇ~……本気で言ってるのわかるからマジ怖ぇぇぇ~……」


 本気なのか。師団長に激しく同意する。護衛騎士でもないのに怖ぇーよ!

 陶然と語る変態に戦く俺を抱き寄せて、お父様が冷ややかに告げた。


「滞在など認めん。我が家で娘に張り付こうものなら、命の保証は出来んぞ。まず息子の報復は覚悟しろ。ユーインの魔法センスは当時の私より格上だ」

「えっ。副師団長が取り成してくれれば」

「リリーを守ろうとする息子を褒め称えはしても、何故不埒な貴様を援護してやらなければならない?」

「僕はあなたの補佐官ですが」

「では補佐官の領分から一歩も出るな」

「分析させてくださいよ!」

「たまにここへ連れてくる。それで満足しろ」

「そんな殺生な!」


 がくっと床に頽れるディックの肩を、師団長がポンと叩いた。


「まあ、変態発言に問答無用で雷撃喰らわされなかっただけでも御の字だと思え。これっきり会わせないとはユリシーズも言ってねぇんだから」

「毎日! せめて毎日会わせてください!」

「月一」

「長過ぎです! じゃあ一日置き!」

「三週間」

「二日置き!」

「週一。これ以上は許さん」

「そんなぁぁぁ~……でも月一よりマシか……はあぁぁぁ」


 俺の意思とは関係なく、どうやら魔法馬鹿であるらしいディック・ウィリスと週一で会うことに決まった。

 お忙しいお父様がお側にいらっしゃらない時は、護衛騎士の誰かを同伴させよう。絶対そうしよう。






 ◇◇◇


「話の途中だったな。脳の損傷を免れたのは、神のご慈悲か?」


 ぶつぶつ文句を言いつつも書類整理に追いやられたディックを尻目に、お父様が尋問という名の聞き取り調査を再開した。


「そうだと認識しています。致命傷を負う前に、強制的に精神を肉体から引き剥がしたのだと思います。その間に治癒を施して下さったのは、シリル殿下であられたとご本人から伺っております」

「ほう? 殿下が、お前に、治癒魔法を」


 ……お父様。なぜ目を眇めていらっしゃるのです?

 暫し無言で視線を交わす俺たちに焦れたのか、師団長がずいっと身を乗り出した。


「それで? その狭間とやらで神とどんな会話をしたんだ、姫さん」

「無茶をしたとお叱りを受けた後、魔法詠唱の規定理由をお教えくださいました」

「詠唱の規定理由?」

「はい。お父様、わたくしが一歳半の頃に、魔法と魔素の関係について考察したことを覚えておられますか?」

「勿論だ」

「あの時、お父様は魔法の行使制限について熟考していらっしゃいました。その答えを、わたくしは狭間でご教授頂けたのです」

「なに!?」




読了お疲れ様でした。

ありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ

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