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10.台風一過

 



「とりあえずは創造魔法の件は保留にしよう。それは今後私達でしっかり話し合って考えていけばいい」


 心配はいらないと、父がそっと頬を撫でてくれた。


「お前の抱える不安を聞いてあげたいところだが、生憎とそろそろ時間のようだ。いいか、この場で話した内容は今後一切他言無用だ。リリーの身の安全のために、創造魔法の存在を知られてはならない。魔素が見えることも、リリーの前世の記憶も含めて、すべてを秘匿するように。両親にもだ。いいね?」

「ええ。当然ですわ」

「畏まりました」

「あの、父上。それは両家、グレンヴィルのお爺様とお婆様と、アバークロンビーのお爺様とお婆様にもということですか?」

「そうだ。リリーが念話できることも、意思疏通が可能だということも秘密にするように。少しばかり賢い子だと思われればそれでいい。邸の者達には多少ばれてしまうだろうが、創造魔法と前世の記憶、魔素の視認の三つを知られなければそれでいい。マリア、口が固く信の置ける者でリリーの周りを固めるように」

「直ちに」

「リリーもそれでいいね?」


 俺は当然、是と答えた。

 腹をくくってくれたのだろう。なんて頼もしい父親だろうか。(おれ)を守るための砦が築かれていく。


「しかし必要な事とは言え、両親を迎えるのは憂鬱だな……。口論になどならなければいいが」

「旦那様。大旦那様と大奥様がご到着なさいました。エントランスでお待ちです」


 ため息まじりに父が気になる発言をした直後、コンコンと扉を叩く軽い音の後に、扉越しに若い男性の声がした。

 この声には聞き覚えがある。確か執事の――ああ、そうだ。名をエイベルと言っていたな。


「分かった。すぐ向かう。―――では出迎えに行ってくる。先に言ったとおりに、皆もいいな?」


 一様に頷くのを確認して、父は最後に俺を見た。


「リリー、今からここへ私の両親をお連れする。いいかい、念話は解いておくように。赤ん坊らしく振る舞いなさい」


 赤ん坊に赤ん坊らしく振る舞えと言うのもおかしい話なのだが、すでに赤子らしからぬ言動のオンパレードだった自覚はあるので大人しく瞬きで返す。


「いい子だ。さあ、ユーイン。お出迎えに行こう」

「はい」


 父は俺の頬をひと撫ですると、兄の手を取って颯爽と退出していった。


 母の腕に抱かれながら、赤ん坊らしく、赤ん坊らしくと念仏のように唱えた。






「おおお………百年ぶりの女児が、ついに我が家にも………っ」


 当家の前当主である我が祖父が、俺を見て開口一番にそう宣った。

 うん、お父様の予想通りの反応だな。祖父は王家に輿入れ派である、と。迷惑な。

 父と同じ明灰白色の髪をオールバックに撫で付け、ホースシュー・ムスタッシュという馬蹄の形をした口髭を貯えた祖父は、ヘーゼルの瞳を細めて俺を愛でている。

 この祖父と母方の祖母、オーレリア・アバークロンビー侯爵夫人は王家輿入れ派なので要注意だ。

 隣で祖父を冷ややかに見つめているのが祖母で間違いないだろう。少し垂れた目尻は父によく似ている。

 豊かなプラチナブロンドを結い上げた祖母の瞳は父と同じバミューダブルーで、父よりも深い青をしていた。吸い込まれそうなほど濃い青の瞳に魅入られていると、祖母がじっと見つめ返しながらふと疑問を口にした。


「……………あら? この子、目が」


 おっと、いかん。俺はまだ視力が発達していないはずだった。あまりにも神秘的な深い青だったので、思いっきり凝視してしまった。

 焦点合わせちゃまずい。ぼんやり、ぼんやりとだ。俺は生まれたての赤ん坊だぞ~。赤ん坊、赤ん坊。何も見えないし、言われていることも理解できていない、ただの赤ん坊。

 ふあっと欠伸をしてむにゃむにゃしてみた。確か前世の妹はこんな感じだった。


「目が合った気がしたけど、気のせいだったようね」


 うおおお危ねぇっっ!

 そうですよ、目なんか合ってません! お父様を女性にするとこんな妖艶になるのかと思わず凝視したりなんかしてません!


「リリー………?」


 おっと。お父様が疑惑の視線を向けてくる。

 念話解除できてるよね? 何で疑われてるの?


 しかし、この女性が王女殿下のお孫様なのか。思わず畏縮しそうになるな。

 前世でさえ皇族の方々を拝見したのはテレビの画面越しが精々だ。王家の血筋の方を前にすると、自然と背筋が伸びる思いだった。

 あっ、踏ん張ってないからおしめ確認するの止めて、マリア!


 このまま王族に拝謁を賜ることなく、地味に目立たず、家族とゆっくり過ごせたら最高に幸せなんだけどな。

 将来俺には天使のお兄様がいればいいし、結婚なんかしない。男に嫁ぐとか、今の俺には有り得ない地獄だ。

 お兄様が結婚したら領地に引っ込んで、前世で培った知識を活用してお兄様や領民のために尽くそうではないか。

 その為にはまず資金が必要だよな。お父様と相談して知識を世に小出しにしていこう。

 この世界で女性が身を立てることは難しいのかもしれないが、何事もまずやってみなくちゃ分からない。仕出かして後悔するのは勘弁だが、やらなきゃいけない時は後悔込みで腹をくくらなきゃな。

 とりあえず飛び込んどけ精神でやらかすと、後々後悔するのが俺だけならまだいいが、家族にその余波が及ぶのは避けたい。

 どうやら俺は慎重にやってるつもりでも大抵やらかす質のようだから、本当に気を引き締めないと。知識の小出しもだが、一番危険なのは創造魔法だ。やらかす規模が違ってくる。

 最悪の想像が過るが、父は心配ないと言ってくれた。家族の問題だから、一緒に考えようと。

 俺は独りじゃない。だから大丈夫。必ず両親に相談して決めよう。創造魔法は俺ひとりが抱えるには大きすぎる。


「アラベラ。レインリリーを抱かせてもらえるかしら」


 現実に引き戻したのは祖母だ。

 母から渡された俺を抱き上げて、祖母の目尻が下がった。冷たい印象だったが、微笑むと途端に表情が柔らかくなる。


「ずいぶんと大人しい子ね」

「母上。リリーはまだ産まれて三日ですよ。まだまだ一日の大半を寝て過ごすのです。大人しいのは当たり前でしょう」

「いやね、知っているわよ。これでも貴方を産んだ母親でしてよ?」

「ディアドラ。次は私だ。私にもレインリリーを抱かせてくれ」


 せっかちね、と呆れながらも祖母は俺を渡した。


「なんと美しい子だろうか。アラベラによく似ている。将来は王妃にと望まれるだろうな」

「ちょっと、アラステア。先程から決めつけて物を言うのはおよしなさいな」


 祖母が冷ややかに口を挟む。

 やはり父が言っていたように、祖母は反王家輿入れ派のようだ。

 いいぞ、もっと言ってやれ!


「何を言う。ようやく授かった女児だぞ。レインリリーも王家に列なれば幸せになれる」

「なれるとは限らないでしょう。少なくともわたくしの祖母はずっと王家を忌避していらっしゃったわ。あの方は王家を魔窟と仰ったのよ。貴方も知っているでしょう」

「知っているが、それは祖母君の主観だ。一方的に王家を嫌う君の主観でもあるな。それが正しいと何故言い切れる? 君自身が王家そのものを知っている訳ではないのに」

「まあ、言ってくれるわね」

「お止めください、二人とも!」


 言い争いに発展した祖父母を引き離した父は、祖父から俺を奪い取った。


「子供達の前で言い争うのは止めて頂きたい。ユーイン、おいで」


 顔を強張らせたまま父の足にしがみつく兄を、しゃがみ込んで抱き上げる。

 おお……お父様、痩身なのに意外と力強いです。片手に首のすわっていない新生児の俺、片手に五歳児の兄を抱き上げています。

 あ、俺はお母様に渡されました。やっぱり無理があるよね、だって俺首ふにゃふにゃで安定感ないからね。


「父上。私も母上同様リリーを王家にとは考えていません」

「ユリシーズ!」

「父上のお考えも理解できますが、私はグレンヴィル公爵である以前にリリーの父親なのです。リリーが王子に惚れたならいざ知らず、リリーの意志を無視して決めてしまうのは反対です」


 うん、惚れる訳がないから輿入れは実現しないよ。そもそも王子にだって選ぶ権利があるだろう。俺のどこに惚れられる要素があると? だって中身おっさんだぜ?

 しかし、お父様の懸念通りの口論になったな。もしやこれが日常茶飯事だったのか? そうなら同情するよ、お父様。両親の言い争いは子供心に深く暗い根を張るものだからな。情操教育上よろしくない。


「レインリリーの意志を尊重すると言ったな? ではレインリリー自身が王子を選べばお前も考えると言うことだな?」


 おっと、言質を取りに来ましたよ、お爺様。


「父上。リリーをそのように教育しようとしても無駄ですよ。そんな真似は私が許しません」

「わたくしもさせませんわよ、アラステア」

「そのような卑怯な真似はせん。私とて孫娘は可愛い。初めてのグレンヴィルの血を引いた女児だ。可愛くないはずがない。だが」


 そこで言葉を一端切ると、祖父はにやりと人の悪い笑みを口許に浮かべた。


「五歳のお披露目で王子殿下と知り合えば、その時は分からんだろう?」


 うん? お披露目? そんなものがあるのか?

 ちらりとお父様が俺を見てくる。

 いや、ないからね? お披露目とやらが具体的にどういう場を差すのか分からないが、王子と知り合うとか有り得ないし、あったとしても惚れるなんてないないないない。


「父上。これ以上この件をお話しするつもりはありません。リリーの意志に反しない、そうとしかお答え出来かねます」


 強い口調ではっきりとそう言い切った父をじっとりと眺めた祖父は、ふんと鼻を鳴らすと退出していった。

 何だか一癖も二癖もありそうな人だったなぁ。まあある意味分かりやすくて俺は嫌いじゃないけどね。


「まったく。気にしないでいいわ、ユリシーズ。アラベラもごめんなさいね」

「いいえ。お気になさらず」

「母上。父上はたぶん、リリーのお披露目を前に陛下にリリーの姿絵をお贈りするつもりですよ」

「なんですって?」


 姿絵というと、お見合い写真のようなものか?


「どのルートを使うか分からないと阻止しようがないわね。アラベラによく似ていると早々に陛下に報告されでもしたら厄介よ」

「お披露目は王宮で開かれますからね……嫌な手を使ってくるな、父上」

「いいこと、レインリリー」


 お婆様が俺を覗き込む。矛先が急にこっちを向いたことにびっくりしたが、俺は赤ん坊、焦点を合わせちゃいかん。


「お爺様の良いように言い包められては駄目よ。貴女は自分の意志で選びなさい。よく考えた上で、それでも王家を選ぶと貴女が決断するようであれば、その時はわたくしも祝福しましょう。でもそれはお爺様の意思であっては絶対ならないわ。いいわね?」


 それだけを言い置いて、祖父母は翌朝領地へと帰っていった。

 嵐のような人達だ。



 帰り際に、祖母が昨日のお詫びだと言って母と兄の好む菓子を買い求めてくれた。


 物言いはきついが、祖母もまた心根の温かい人だった。




アラステアは貴族らしい考え方で、ユリシーズは貴族らしからぬ考え方。


それでもユリシーズは娘の心を選ぶ。


お父様、ステキ!

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