幕間:タバサ・リックウッドのモノローグ
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今回はちょっと一休み。幕間となります。
短めですが、どうぞΣd(゜∀゜)
「いいか、タバサ、リリアン。お前たちがすべきことは、第一王子殿下の御眼鏡に適うことじゃない。レインリリー・グレンヴィル公爵令嬢と懇意になることだ」
実父であるリックウッド公爵にそんなことを言われたのは、王妃様主催のお茶会の招待状が届いた夜だった。
同い年の異母妹であるリリアンが、隣でムッと頬を膨らませている。気持ちはよくわかるけれど、淑女がそんな顔をするなんてみっともないわ。
「お言葉ですが、お父様。それに一体なんの意味が? 次代の王太子殿下と目される第一王子殿下より優先されるほど、それは重要視されるべきものなのですか?」
「そうだ。最優先にすべきことだ」
「納得できません。たかだか百年ぶりに誕生しただけの令嬢ではありませんか。皆様第一王子殿下の妃の座を狙っておりますのよ? どうしてわたくし達がそれを放棄してまでグレンヴィル公爵令嬢に取り入らねばならないのです」
「それだけの価値が、かのご令嬢にあるからだ」
ますます意味がわかりませんわ。
確かにオキュルシュスや魔道具工房など前衛的な経営手腕をお持ちのようですけれど、殿下の妃の座より価値があるとは到底思えない。お父様が何をお考えなのか、真意を探るべくわたくしやリアと同じグリーンガーネットの眸をじっと見つめるも、お父様の頑ななまでの意思は変えられないようだった。
王妃様主催のお茶会が何を意味するのか、お父様だってわかっていらっしゃるはずなのに、どうして。
「お父様は、わたくしとリアのどちらかを王子妃にすべく教育してこられましたわ。なのに、その機会を件の令嬢と誼みを通ずるためだけに使えと仰るの?」
「そうだ」
「そんなの、あんまりです!」
「わたくしもリアに同意致します。わたくしたちは第一王子殿下の妃に選ばれるようにと、日々努力を重ねてきましたのよ」
「確かにそうだ。だが情勢が変わった。お前たちのどちらかは、王家ではなくグレンヴィル公爵家の正嫡に嫁がせる」
「なっ……!」
「何ですか、それは……っっ」
そんな横暴な! そう噛みついたところで、お父様が小揺るぎもしないことは分かりきっている。
貴族の娘は政略の駒。家の利益のために嫁がされるのはどの貴族家でも同じ。利害得失が重視されるのも分かっている。そこにわたくしたちの意思は反映されない。それもよくわかっているけれど!
「レインリリー嬢が第一王子殿下の正妃候補であることは、もうすでに揺るぎようがないだろう。恐らく側妃は一人とて迎えない。第一王子殿下の妃は、正妃ただ一人になる」
「そんな、まさか」
「それは決定事項なのですか」
「レインリリー嬢が選ばれた時点で、両陛下はそうお決めになっているに違いない。殿下の執着が殊更強いという事実は王宮では有名な話だ。我が家が参戦したところで勝ち目はない」
「そんな……お父様は外務卿ではございませんか。我が家だって同列の六公爵家ですわ。なぜ敵前逃亡のような真似をせねばならないのですっ」
悔しい。まるで戦う前から勝敗が決まっているかのようだ。
「お前たちを王家に嫁がせるよりずっと利があるからだ。いずれ正妃となられるレインリリー嬢が王女を産めば、それこそ争奪戦は六公爵家だけに留まらない。我がリックウッド家はその王女を狙う」
まだ生まれてもいない、そもそも懐妊するとも限らないあやふやな存在よりわたくしたちは劣ると仰りたいのか。冗談じゃないわ!
先の未来に王太子妃になれるのだと夢を見ていられたから、どんなにつらい淑女教育にも耐えてこられたのだ。なのに、王太子妃を目指せと強要してきたお父様ご自身が、今更鞍替えを命じるのか。わたくしたちの努力は、所詮その程度であると……!?
「不服か。従順であれと教育してきたつもりだったが。母親たちを厳しく罰しなければならぬな」
ぞっとした。父はやると言ったら本当にやる。ドレスで隠れる背中などを鞭打つのだ。
「も、申し訳ございません」
「どうかそれだけは」
「………。まあいい。では茶会でレインリリー嬢と誼みを結べ。いいな?」
「「承知致しました……」」
「将来はグレンヴィル公爵家正嫡に嫁ぎ、娘を産むように。王女に続き我がリックウッド家にあの天才の血筋が組み込めるなど、夢のようではないか」
ははは!と機嫌良く笑う父の声を、わたくしとリアは黙って聴いているしかなかった。
お父様にとってわたくしたちはそういう存在。大事なのはリックウッドであり、嫡男のお兄様と、スペアとなる下のお兄様だけ。お母様方でさえ子を産ませる道具のような扱いだもの。わたくしとリアに残されているのは、六公爵家の一角を担うリックウッド家の令嬢であるという、ただその一点のみ。そのプライドだけが、唯一許された自由だった。
面白くない――そんな気持ちを抱えたまま、わたくしとリアはお茶会までの二週間を鬱々とした気分で過ごすこととなった。
◇◇◇
お茶会当日、五歳のお披露目以来の第一王子殿下のお姿に、胸が弾んだ。緩やかに波打つ淡い金の髪と、金緑色の瞳をしたご尊顔に焦がれ、諦めるなんて嫌だと心が強く訴えかける。
わたくしはあの方に嫁ぐために日々努力を重ねてきたの。それはリアも同じ。お父様の仰るように例え正妃が無理でも、側妃ならば可能性だって――そう意気込んだ刹那。殿下にエスコートされるレインリリー嬢を見た。
三年前よりさらに美しくなっていた。青く艶めく黒髪は完璧に研磨された宝石のようで、煌めく碧眼には様々な色が複雑に溶け込んでいる。その輝きは神々しく、同じ六公爵家の令嬢であっても一線を画す存在だと思い知った。
『参戦したところで勝ち目はない』
お父様の仰った意味を理解してしまった。纏う空気が違う、完璧な造形美。エスコートされる殿下の表情一つで、執着が殊更強いという事実も思い知ってしまった。
(……悔しい。わたくしだって頑張ってきたのに!)
第一王子殿下だけでなく、レインリリー嬢の周囲にはアッシュベリー公爵家ご正嫡のアレックス様と、第二王子殿下までもが当然のようにお側にいる。あの場はあの形ですでに完成されているのだと、暗にそう告げられているようで腹立たしかった。
実質このお茶会は、第三、第四王子殿下のお相手探しの場でしかないということではないか。
許さない――ふつふつと沸き起こる怒りに任せて、わたくしはリアと共に不敬と知りつつ乗り込んだ。わたくしだって、殿下方の視界に入れば見初めて頂けるはずなのよ!
結果は、わたくしにとってもリアにとっても予想外。お父様のご命令通りには事が運んだけれど、本当に予想外。
だって、レインリリー嬢が――いいえ。レイン様が。あんなにも貴公子然とした、格好良い方だったなんて知らなかったのだもの!
同じ女性であることが勿体ない! ああ、違うわね。同性であるからこそ凛として見えるのかしら。第一印象で受けた纏う空気の神々しさは、きっとレイン様の麗しいお姿から感じ取ったに違いありませんわ。
抱き止められ、囁かれ、微笑まれ、わたくしの乙女心はすでにレイン様しか向いていない。リアもそうなのだから、やっぱりレイン様は貴公子でいらっしゃるのよ。
他家のご令嬢方もレイン様の凛々しいお姿に心奪われたご様子でしたし、これはライバルもぐんと増えそうだわ。負けてられない!
え? 第一王子殿下?
素敵な方ですけれど、レイン様には敵いませんわ!
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ありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ