95.あえかなたずき
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暫し呆然と青を含んだ金色のコピー魔法陣を眺めていた俺は、ぼんやりしている場合じゃなかったと我に返った。トラヴィス殿下には時間がないのだ。
「複写した魔法陣を、本体である寝台裏の魔法陣に同期させ、一気に上書きする。ここからが本番だ。再度重ねて忠告する。全員そこから一歩も動くなよ」
イルを筆頭に全員が首肯するのを目だけで確認して、コピー魔法陣に手を触れた。
想像を働かせろ。コピー魔法陣が本体へ重なり、浸透し同化していく。本体の紫黒の魔法陣がコピー魔法陣に侵食され、瞬きの間にすべてが負から正へと上書きされる。
強くイメージした俺は、コピー魔法陣に命じた。失敗は許されない。
「―――――行け」
煙のように霧散した刹那、トラヴィス殿下の眠る寝台が紫黒の光を放った。誰もが息を詰める中、だがしかし、そのすべてを喰らい尽くすが如く、青を内包する金色の粒子が侵食し始め、反発するように引き起こされるスパークさえ呑み込んでいく。次第に紫黒の仄暗い煌めきは消失し、成り代わって青く金色に輝く魔法陣が寝台ごとトラヴィス殿下を包み込んだ。
術式が書き込まれた幾何学的な魔法陣は、今まで使用してきた聖属性とも創造魔法とも違う様相を呈していた。立体的で、これはそう、まるで極楽に咲くと言われている、蓮の花のよう……。
立ち込める水蒸気のように光の粒が輪郭を暈し、ゆっくりと緩やかな回転をしている。花の中央で眠るトラヴィス殿下の様子が、急激な変化を見せたのはそれからだった。
「殿下……っ!」
「待て! 動くな!」
背後が騒がしくなった。ちらりと見れば、言いつけを破った一人のメイドが寝台へと駆け出す所だった。先程お茶をいれていたメイドだ。制したのはイルだが、愕然としている近衛騎士も間に合いそうにない。
俺は無遠慮に舌打ちをして、メイドへ向けて闇魔法を放った。
「きゃあ!」
突如として床に倒れ込んだメイドに近衛騎士たちがぎょっとした。メイドに絡みつく紫黒の揺らめきを認めて、闇魔法を掛けられたのだと遅れて気づく。
「お前たちも動くな。そこのメイド。お前には麻痺を掛けさせてもらった。動くなと警告したはずだが、お前はトラヴィス殿下を殺したいのか」
「そっ、そん、な、わ、け、が……っ」
「では何故動いた? 何故イルの制止を無視した? トラヴィス殿下のお命を救うには、許可するまで動くなと言っていたはずだ。黙っていたということは、お前もそれを承諾したということだ。この場でそれをあっさり反故にするお前の行動は、トラヴィス殿下の死を確実なものにするためだと疑われても仕方がないぞ」
「ちっ、ちがっ」
「では理由を言え」
「わ、わた、し、はっ」
「言葉を間違えるなよ? 俺はな、魔素たちが嫌う擬似魔法が大っ嫌いだ。人の命を紙屑同然に扱う極悪非道なこれなんかは、今すぐこの世界から抹消してやりたいくらいには嫌悪している。ああ、ひとつ警告しておいてやろう。俺に出来ないことは存在しないそうだ。わかるか? 命そのものを、指一本動かすことなく、願うだけで消してしまえるんだよ。さて、今一度問う。なぜ動いた?」
メイドは蒼白な顔を恐怖に歪ませ、目尻に涙を浮かべている。唇を戦慄かせ、メイドに詰め寄ったのはラナリーだった。
「どうして……っ! なぜ貴女が!」
ザカリーに目配せすると、素早く抜刀しメイドの首筋に刃を当てる。はっと我に返った近衛騎士によってラナリーは引き離され、それを確認してからメイドにかけた麻痺を解除した。
ふと気になったので遮断の魔法を部屋全体にかける。防音と、外部からの侵入を防ぐためだ。何となくだが、メイドが喚きそうな気がした。
「麻痺は解いた。もう話せるだろう。イル」
「引き受けた。リリーの質問を繰り返す。なぜ動いた?」
「もっ、申し訳、ござい、ま、せん……っ」
「謝罪はいい。理由を言え」
「トラヴィス殿下が亡くならなければ! 私の……っ、私の家族が、殺されてしまいます!」
「なんだと?」
イルやイクスも心当たりがないのか、怪訝な顔をしている。これはまた厄介なものが二重、三重と絡んでいそうだな……。
「それはどういうことだ。トラヴィスを亡き者にするために、トラヴィスの専属メイドであるそなたの家族を拉致している者がいると?」
「本当です! ああ、こうしている間にも病気の母がどんな扱いを受けているか……っ」
トラヴィス殿下の様子を確認すると、痩けた頬や骨ばった手指がふっくらと張りを得て、血色も随分と善くなっていた。細く小さかった腕や足も伸び、健康的な筋肉と脂肪に覆われている。促された成長に合わせて金の髪も長くなってしまったが、それは後で切ってもらえばいい。
あと十五分ほどかな、と当たりをつけて、続けられている尋問の方へ視線を向けた。
「その話が真実だとして、王族殺しは極刑だ。母親が無事に救出されたとしても、そなたは極刑を免れない」
「誤算が生じたんだろう。リリーがこの場へ来なければ、トラヴィス殿下はいずれ衰弱死として処理されたはずだ。ラナリーと共に献身的に世話を続けていたのだから、罪に問われることはなかったはず」
「……っ」
視線を泳がせているメイドをじっと見据え、違和感の種を見つけた。
「確かに俺がやって来たのは彼女にとって誤算だったかもしれない。でも、半分はほっとしたんだろ?」
「「え?」」
「考えてもみろよ。寝台を新調したなんて情報、彼女の立場なら一番知られたくない情報のはずだろ?」
「ああ……」
そう。元凶を見つけられた時点で、早々にこの場から逃げ出すなりすればよかったのだ。ラナリーが話さずともいずれ正解に辿り着いたとは思うが、それでも彼女自ら残る必要はなかった。母親を拉致している者に縋ることだって出来たはずだ。
「トラヴィス殿下への忠誠心も本物なんだろう? 母親のその命を天秤にかけられて、迷いなく母親を切り捨てられる人間がどれだけいる? それを勘案すれば、誰も彼女を責められないだろう。俺だってお母様を見捨てる選択などできない」
「そうかもしれないが、王宮に仕える身でありながら肉親を優先するとは」
納得がいかない様子で、イクスが厳しい視線をメイドへ向ける。
「まあその辺はイルの役目だから、口出しはしないさ。その代わり、手は出すけどね?」
「リリーならそうするだろうと思った。僕に出来ることは?」
「この案件は後宮の長である王妃様の管轄だから、王妃様に事情をお話して、メイド長の身柄を内密に確保して頂きたい。人質を取られている以上、近衛騎士は動かさない方がいい。後宮を含めた内廷には至る所に目があるはずだから、派手な動きは禁物だ」
「わかった。君は?」
「場所特定と保護、かな」
「了解。手筈は整えておくよ。場所は母上の私室でいい?」
「ああ。それから、ここには防護魔法をかけておくから、トラヴィス殿下の専属近衛騎士はいつものように扉の外で待機させといて。あくまでいつも通りに。気取られるなよ」
「勿論だ。任せて」
頷き合って、それぞれの役割に散っていく。この場に残っているのは、件のメイドとラナリー、ザカリー、イクスと専属護衛だけだ。イクスはトラヴィス殿下の様子を確認しながら、眉間にしわを寄せたまま口を開いた。
「それで、どうする気だ?」
「騎士団を動かせば悪目立ちするからな。証拠隠滅されたら意味がない。極力穏便に、が目標かな」
「よく言う。お前が動くのに穏便も何もないだろうが」
「人知れず始末できるんだから、この上なく穏便だろ?」
「物は言いようだな」
まったく、と呆れた面持ちで首を横に振る。失礼な奴だな。
気を取り直してメイドを見た。
「名前は?」
「コ、コゼット、と、申します」
「ではコゼット。あなたのお母上を助けてやると言ったら、信じるか?」
「たっ、助けて下さるのですかっ!?」
「ああ、必ず助ける。だから信じて協力してくれるか」
「はい! はい、信じます! 何でも致します!」
「ではコゼットのお母上の姿を思い浮かべて、そのイメージを俺に渡してほしい」
「渡す……あの、ど、どうすれば」
ザカリーに目配せしてコゼットの拘束を解くと、彼女の前に膝をつき、額を合わせた。
「ああああああの!」
「シー……黙って。このままお母上の姿を思い浮かべて。大丈夫。俺が絶対に無事救出してみせるから。俺を信じて」
真っ赤な顔をさらに赤くして、ぎゅっと目を瞑る。人たらしとイクスの心底呆れた呟きが聞こえたが、本当に失礼な奴だな。人命が係ってるんだぞ、冗談言ってる場合か。
しっかりとイメージしたコゼットから、母親の容姿が送られてくる。コゼットと同じベージュブラウンの髪とヘーゼルの瞳をした儚げな女性だ。
「よし。上出来だ、上手く伝わった。必ず見つけ出すから安心していい」
そっと労って頬を撫でれば、赤面したまま目を潤ませた。ずっと気を張っていたのだろう。病気の母親を奪われていたのだから当然だ。
もう一度労いを込めて頬を撫で、安心させるように微笑めば、感極まって姫様!とコゼットが抱きついてくる。そうかそうか、よほど辛い毎日だったんだな。もう大丈夫だ。あとは俺に任せておけ。
抱きしめ返し頭を撫でていると、イクスの呆れ果てたような半眼とぶつかった。何だよ。
ずるいわ、とラナリーが歯噛みしているが、何がずるいのか意味不明だ。
「お前のそういうところだぞ」
「何がだ」
最早無表情だな、イクス。どうした。
「さあ、魔素たち。俺とイメージ共有してコゼットの母親を見つけてくれ」
ぎゅっと抱きついたままのコゼットを促して体を離すと、周囲に漂っている魔素にお願いした。任せて~!と一斉に転移していく様を眺めて、ヴァルツァトラウムの森入り口で似たようなことがあったな、などと思う。程なくして見つかったと声が届いた。さすがだな。
「視界を同期する。どこだ?」
『王都の東側、城壁の外の貧民街にいるよ~』
「――確認した。間違いないな」
トラヴィス殿下の寝室の半分もない、狭く暗い部屋だった。長期間換気していないのか、じめっとした黴臭さが鼻に付く。灯りはなく、固く閉じられたままの鎧戸の隙間から漏れる日の光だけが、薄らと部屋の様子を照らしている。不衛生な部屋の端にある簡素な寝台に、弱々しく痩せ細った女性が横たわっていた。微かに胸が上下しているが、決して楽観視できる容態ではない。
「見張りは?」
『扉の外に男が二人。表には誰もいないよ~』
「それは好都合。遠隔魔法なんてニクバエ以来だけど、魔素の視界を借りてるから何とかなるか。じゃあ早速」
まずは二人組の見張りを無力化。眠らせる方が手っ取り早いが、早々に異変を察知されたくない。上に報告が行けば、暴く前に露見を忌避され逃げられてしまう。トカゲの尻尾切りを防ぐ意味でも、見た目異変がないように見せかける必要があるな。
そうなると、ここはアレンの愛馬、イライアスにかけた誘引の闇魔法が最適か。
「エスクルジュ フェルン イロウテーナ。二日間、部屋の中の異変を見過ごせ」
びくりと震えた見張りの男たちが、抜け落ちた表情のままこくりと首肯する。
「ラング カスティーリア フォート カルバ」
寝台に横たわる女性を虹色の魔法陣が囲み、トラヴィス殿下の寝室へと転移させた。
「お母さん!」
突如現れた母親を抱きしめ、コゼットが涙を流す。肉眼で見る女性は明らかに衰弱していて、トラヴィス殿下より幾分かマシだという、かなり危うい状態だ。病気だと言っていたが、拉致されてからはろくに看病もされていなかったのだろう。
「コゼット。お母上は病を得ていると言ったな? 医者にはかかっていたのか?」
「は、はい。胃の病は不治の病だから、緩和ケアしかできないと言われてきました」
「胃の病? 症状を詳しく聞かせてくれ。食欲は?」
「痛みがあって食べたくないと……」
「胸やけや吐き気、胃のもたれ感、腹部膨満感などは訴えていなかったか?」
「はい、言ってましたっ」
「貧血の症状はあったか?」
「フラつきはあったみたいです」
「下血や吐血は?」
「……! あり、ましたっ。あの! 姫様は母の病状に心当たりが!?」
「ある。調べるからちょっと待っていろ」
浩介だった頃に、ストレスから患ったものと症状が似ている。高額な治癒魔法を受けられない平民は民間療法に頼るが、俺の予想が当たっていれば、こちらの世界では治癒魔法以外では治せない。
「ラング カスティーリア シェルカーレ」
虹色の魔法陣が再びコゼットの母親を囲む。使用するのは探索魔法だ。やはり異常があるのは胃で、俺の予想通り病名が一致した。
「コゼット。あなたのお母上の病は、胃潰瘍という病名だ」
「いかいよう……?」
「胃の壁に出来る潰瘍のことだ。組織深部にまで及ぶ欠損で重篤化することもある」
「そんな……では、母はこのまま衰弱死する運命なのですか!?」
「いいや。民間療法に頼ればそうなるが、偶然にも治癒魔法を扱える者がこの場にいるからな。完治できる。大丈夫だ」
「ああ……っ、姫様っ、女神様っ」
コゼットの感涙に、俺はぐっと詰まった。おいイクス、そのにやけ顔を止めろ!
「おい女神様。時間がないぞ。やるならとっととやれ」
「女神言うな。最近のお前はちっとも可愛くない」
「俺に需要のない可愛さを求めるな」
「昔のお前は可愛かった」
「記憶を改竄するな」
くっそ可愛くない! いいさいいさ! 帰って双子の天使に癒してもらうからいいさ!
「ルギエル ネスルクール ユル・セウレネ」
黄金色の魔法陣がコゼットの母親を包み、スキャンするように透過していく。聖属性回復魔法だが、衰弱が深刻なので回復魔法を強化してある。
ゆっくりと透過した魔法陣が、金の粒子に瓦解し霧散した。コゼットの母親は酷く痩せているが、血色が善くなり呼吸も安定している。何とか最悪の事態は免れたかなと思っていると、煙るように震えた瞼が押し上げられ、コゼットの母親が目を覚ました。
「お母さん!? わかる? 私、コゼットよ!」
「コゼ、ト……?」
掠れた声だが、確かに娘の名を呼んだ。良かったと号泣する娘に戸惑いながらも、折れそうなほど細い腕を持ち上げて、泣いて縋る娘の頭を撫でてやる。
とりあえず、この場に限っては一件落着かな。まだ大捕物が残っているけど、それは王妃様やイルの仕事であって俺の役割じゃない。
コゼットの母親のために、ハイカロリーな高栄養流動食を創造する。この世界に存在しない紙パックとストローなど処分に困るから、グラス直接でいいだろう。
「コゼット。お母上にこれを飲ませて」
涙で真っ赤に腫れた目元を擦りながら、コゼットが不思議そうな顔をして受け取った。
「姫様、これは……?」
「弱った体に活力を与える栄養食だ。しばらくは栄養価の高い流動食にして、徐々に固形に切り替えればいい。いきなりは胃がびっくりするからな」
「はい! ありがとうございます! さあ、お母さん。飲んで」
「ええ、あの……お綺麗なこの方は……? それにここは……」
コゼットの母親が戸惑いの視線を俺や部屋にさ迷わせる。意識がはっきりすれば、まあ当然の反応だよな。
「ここはトラヴィス殿下のお部屋で、この方はグレンヴィル公爵家のご令嬢で、レインリリー様とおっしゃる女神様なの」
「いや違うだろ」
「六公爵家の女神様……!? なんと畏れ多い……っっ」
「いやだから違うって」
「ははは! ほら女神様、ここは二人に任せて後始末に向かうぞ。くくっ」
イクスの野郎……っ。もう菓子を作ってやらないからな!
◇◇◇
ラナリーに、トラヴィス殿下の分の同じハイカロリー高栄養流動食を手渡してから部屋を後にした。目覚めても部屋から出さないよう言い付けてある。イルの許可があるまで部屋で待機を申しつけてきた。
イクスと小突き合いながら王妃様の私室へ赴いた俺は、事の顛末を見学するつもりだった。だがしかし、そうはならなかった。何故ならば――。
「後宮の権限を一時的に委譲します。貴女が裁いてご覧なさい」
捕らえられたメイド長を前に、とても良い笑顔で王妃様がそう仰ったからだ。
何でこうなった!?
読了お疲れ様でした( *´艸`)
話数としては95話ですが、幕間、余話を含めると通算100話目になります。
応援してくださる皆様のおかげで、めでたく話数三桁に乗りました(´p・ω・q`)♪
ありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ
まだまだお話は続きます。
これからもリリーの紆余曲折を楽しんでいただけたら嬉しいです(o´艸`o)♪
これからも執筆頑張りますφ(^Д^ )




