ボランティアの一つです
お ん や く (1)
作 葉月 太一
屋外の舞台
天井のはるか遠い上空から
覗くと眼下に、黒い点が見える
ホリゾント幕に映し出されている
カメラのズームで近づいていくと
そこには一人の男が見えた
中央の演台から皆に話しかけている
いや、叫んだ!「偽善だ!」
また、解るようにも諭すようにも話している
カメラをその男の周りにパンすると
演台の後方上部の白い横断幕に文字が映った
「ボランティア体験談」
彼は何番目かの弁士
彼の横に、テーマスタンドが立っている
「音訳」 田中明夫
そして、また叫んだ
欺瞞だ! ニートだ! エセだ!
コノダイホンノ、コノセリフヲ
ヨンデミテクダサイ
「、、、、、、、、、、、、、、」
もう一度、この台本のこのセリフを
読んでみて下さい
「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、」
次にこの台詞を詠んで下さい
「、、、、、、、、、、、、、、」
「、、、、、、、、、、、、、、」
ああ、もう、いいです
あなたの読み方は
ドンドン悪くなっていきますね
「うれしいー」のトーンは高すぎる
「止めろ、黙れ」は絶叫調すぎる
「哀しみ」は声の音が濃い
「楽しい、面白い」は声の色が黄色すぎる
そう、確かに
スタニスラフスキーは
戯曲では、感情移入しなさいと言った
でも、
「おんやく」ではしてはいけません
感情移入をしてはいけません
感情は聴く人が入れるのです
会場はそんなに広くない
500人位かな、ほぼ満席である
すでに六人の弁士は終わった
ボランティア活動の体験談
六人とも「災害救援ボランティア」
「おんやく」は場違いか
舞台上手から七番目の弁士
みんなのひんしゅくを買うのかな
タイトル名の「音訳」
会場の皆は題名を読めたかな
弁士、田中明夫は語る。
ボランティア活動の体験談として音訳についてお話します。先程までお話しされた六人の方は、
全員災害ボランティアでしたね。ボランティアを偽善だ、欺瞞だ、えせヒューマニズムだ、等と揶揄する人がいますが、災害ボランティアには、もっとひどいことを言いますね。ニートが多い、仕事の嫌いな奴が多い、いや、リストラされた奴さ。「行きの交通費さえあれば、衣食住には困らないさ」と、平気でしゃべってる人もいますね。本当なんでしょうか?ごく一部でしょうね。ほとんどは、真摯な奉仕活動と信じていますが、、、。それにしても、六人とも災害ボランティアでしたので、今から始める私の話は、多少違和感を感じるかも知れませんが、暫くお付き合い願いたいと思います。
私自身は、岩手県の生まれですので東日本大震災のことにも触れたいと思いましたが、今日の体験談は、
災害復旧ボランティアが多いと思いましたので、あえて違うカテゴリーを選びました。それが、音訳ボランティアです。
前置きはこれくらいにして始めたいと思います。
ところで、皆さんは「音訳」ってご存知でしょうか?音訳とは、「おとをやくす」とかきます。
音訳は朗読ではないのです
音訳は文章を
音にするのです
読むんじゃないんです
音訳は視覚障碍者の人に
目の見えない方に
よむんです
小説も戯曲も
詩歌も台本も
感情移入しては
いけません
文字や図表を「音声化」
読むのも駄目、詠むのもダメ
朗読とは違うのです
インク表現との同一性
解釈・解読介入は厳禁
そして、朗読はご法度
グラフヨミのほうが案外気楽
つい、うっかり、感情が入ることもない
しかし絵画ヨミや写真ヨミはちと難しい
モノクロはともかく
カラーは、色合いのヨミが難しい
生まれつき目の不自由な人
途中から不自由になった人
音訳者はすごく悩む
生まれつき全盲だった人に
絵や色はどうヨんであげるのかと
中途からの人の脳裏には
色んな情報が残っているだろうが
生まれつきの彼には
はたして、、、
(暗転)
明夫の家の食卓
明夫 音訳って何だい?朗読と一緒か?
夏子 全然、違うみたいよ。
明夫 ちょっと時間ができたから、ボランティアをやろうと思って、朗読を考えていたんだけど、ただやるだけじゃ詰まんないからいろいろ趣向を凝らしてと考えて調べていたら、「音訳」にぶち当たってね。
夏子 音訳でしょう、、、。だいぶ前に、亡くなった森繁久彌さんが、テレビで話してたことがあったよ。音訳は朗読とは全然違う、と話してたわ。
明夫 そうか、調べてみようかな、、、。
眼の代わりになるのです
声で音にするのです
熱意と理解をもっての
ボランティア活動
今、仲間は七十四人
常時活動は、五十人ぐらい
専門技術も要ります
研修も全員エンドレス
これで良しは無し
「音訳奉仕者養成講座」を終講し
音訳技術研修を修了する
そして、会員になり
ボランティアだけど、年会費が要る
金を払ってのボランティア
勉強続きのボランティア
明夫の家の居間
明夫 朗読の方がいいね。音訳はめんどくさい。学校行ったり、エンドレスの研修を受けたり、それに、金はこっちが払うボランティアらしい。なにも、ボランティアだから金をもらおうとは思わないけど、年会費を払うっていうのは、どうかな?
夏子 ふーん、そうなの。結構、そこまで調べたんだ!
明夫 そりゃそうさ、毎日が日曜日って程ではないが、週三日しか働かないんだから、 暇を持て余すだろうさ、何か、俺でも世の中の役に立つことをしようかなと思ってね。
夏子 それで、どうするの?会費が問題なの?
明夫 うーん、何か割り切れないね。
夏子 その会費っていくらなの?
明夫 年、二千円だって。
夏子 、、、、、!二千円!ばっかみたい、たった二千円で、悩んでんの?年会費二千で、、、。
明夫 金の問題じゃないんだよ。
夏子 その二千円を寄付したと思えばいいでしょう。どう?解決したでしょう。
明夫 、、、、、。(ニヤリ)
視覚障害者の「目の代わり」
「目の代わり」になって声で伝える
あくまでも「目の代わり」で
凄くつまらない
本当は朗読をしたかったんだ
純文学、大河ドラマの台本
中也や賢治の詩
対面でもいいけど、
小グループの人たちに読んであげたかった
臨場感あふれるような雰囲気で
なのに
にべもなく「目の代わり」
金科玉条の如く
「目の代わり」一辺倒!
(フェード・アウト)
【続く】
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