表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オリガミ  作者: 雷川 雷蔵
巡りまわりて春夏秋冬
3/4

春はあけぼの夢心地・其ノ壱

 春、始まりと終わりの季節。学生達は大勢との別れに悲しみ、そして新しい学び舎に期待を膨らませる。そう、この目の前を彩る鮮やかな桜の如く。

 桜並木が並ぶ子道のすぐ側に、私の学校がある。校名は双葉高校。偏差値はふつうだが家の近くにあるのでこの高校にしたという程度。

 と、そこに、目の前にひらひら優雅な様子で花びらが舞い落ちてくる。アタシは腕を前に突き出し、そっと花びらを手ひらに着地させてみる。鮮やかな紅色に染まったその花の名前を心の中で言ってみる。やはり何度やっても趣のあることこの上ない。

 すると突然、花びらがまたもや宙に舞う。風のせいだ。そよ風は優しくその花びらを、澄み切った紺碧の空へと(いざな)う。そしてやがて見えなくなったが、アタシはしばらく、花びらの行先を見つめ続けていた。なんとなくそうしていたかった。


「そよ風に 散って舞いゆく 花吹雪」


 そう呟くと、櫻色の長い髪の少女、四季千春(しき ちはる)は校門をくぐる。



 イグジストのはびこるこの世の中、日本人の髪色はとてつもなく色とりどりである。赤白黄色、まるでチューリップの歌詞にすり替えても違和感のない色彩。前はこの高校も、髪色は黒髪のみと規制されていたようだ。だがそんな風習なんて今じゃ時代遅れ……個々の個性として受け入れられるように社会は変わって行った。アタシのピンクに染まった髪は染め直さなくてもよいというのだから有難い風潮だ。

 今年度から二年生となるので、新しい教室なのだ。アタシのクラスはB組、前のクラスメートも1/4ほどおり、孤立はせずに済みそう。教室のドアを開けると、既にクラスの大半の生徒がいた。その中に見覚えのある顔が目に入る。静かに本を読んでいたがアタシに気付くと微笑を浮かべた。


「あ、細木君。」

「やあ、四季さんおはよう。また同じクラスだね。」


 細木(さいき) (みどり)君、一年の時のクラスメート。細身でスラッとしたプロポーションは少し羨ましい。その明るい緑色の髪から、彼もイグジストであると推測されるが、アタシはまだ細木君のイクスを見たことが無い。とはいえ、また2年でも同じクラスとなったみたいだ。別にそこまで親しい仲でもないが、新しいクラスに見知った人がいるとなんとなく心強い。


「ふむ、細木殿か。我が姫君と同じ組とはまた奇遇よのう」


 不意にそんな声が響く。アタシの鞄の中からだ。こんな古風な話し方をするのは彼しかいない。


「あれ?この声は将軍か?」


 途端に、鞄の隙間から赤い塊が飛び出してくる。その塊は飛び出してそのまま鞄の手さげから右肩に登ってきて、そして陣取る。


「いかにも。久しく合わぬうちにまたやせ細ったのではないかな?」


 この赤い折り鶴こそが声の主である将軍だ。右の翼には香川、左の翼には将軍、とそれぞれ漢字が書かれているのがチャームポイント。ちなみに書いたのは細木君だ。将軍は細木君を見ると仰々しくお辞儀のようなしぐさを取る。

 彼は「列島師団」、そう呼ばれてるグループの総司令官だ。アタシが折った折り紙がちょうど47枚だったこともあり一枚一枚に県名を授けたため、列島師団、という具合である。その中でも将軍は、その名の通り将軍であり師団の総司令官にあたる。


「こらー、失礼だよ将軍。細木君だって好きでそうなってるわけじゃないの。」

「はは、気にしてないから大丈夫だよ。これでも前より力は付いたんだけどなぁ。」


 からからと静かに笑う。彼の笑顔はとても無邪気でいて、なんかあったかい感じがする。名前通りの自然を感じるのだ。


「むう、多少無礼であったかもしれぬ。然れども、姫君のことは何卒頼もう。」


 将軍は体を傾けながら……あいも変わらず堅苦しい口調な折り紙だ。少し苦笑を混じえながら、アタシも頭だけ小さく下げる。


「うん、そうだね、二年もよろしく。」

「ああ、こちらこそ。」


 奥に友達がいたので話しかけにいこうとするが、チャイムがそれを阻む。アタシは苦笑いで自分の席を慌てて探す。一つだけ、窓際の席が空いており小走りで席についた。




 始業式は安定の退屈加減。新任の先生に手を叩き、迎え入れる儀式を済ませる。特に何事もなく時間だけが過ぎていく。HRは先生の連絡が成されていき、アタシは途中から、窓の外に見える桜並木をぼんやり見えていた。すると、足元から小さな声が聞こえてくる。


「……ん……めさん……姫さ〜ん。」


 少し驚き素早くその声の主に目を向ける。上履きの上に青色のスズメの折り紙がいた。


「み、宮崎君。」


 彼は九州特命部副隊長の宮崎君。前述した列島師団には七つの地方ごとに役割が振られている。その中でも九州の特命部は私の身の回りの情報をアタシに届けてくれる側近さんなのだ。彼も何故かアタシのことを姫と呼んでいる。鞄の中身にちらりと目をやるが、将軍は動かない。どうやら今は昼寝時間みたいだ。周りに不自然とみられないように小声で話しかける。


「……その呼び方、将軍から写ったの?」

「いやあ、将軍いつも姫君姫君うるさいもんでね。そんなことより姫さん、今日は超重大事件持ってきましたぜ。」

「正直恥ずかしいんだけど……で、事件って?」

「それがですよ?姫さんの下駄箱から靴がなくなってんです。」

「アタシの靴が?なんでまたそんな事にはなってるの。」

「それが分からねえんですからこうして来てる次第で。とにかく姫さんには話しておいた方が良いと思いましてね。」


 少し考えてからまた宮崎君に視線を戻す。


「分かった、わざわざありがとうね。引き続き、私の靴を捜索してちょうだい。私もHR終わったらすぐに見に行くから。」


 その言葉に宮崎君はピンと背筋を伸ばし、翼をうまく折り曲げて敬礼のポーズをとる。


合点承知之助(がってんしょうちのすけ)!」


 そういうと窓の隙間から静かに飛び立っていった。あの子はよく無茶をするので少し心配だ。この前も通学路を近所の野良猫が陣取っていた際、真っ先に追い払おうとして翼に切り傷を負ったのだ。家に帰ってから翼は補強したが、また同じ目にあわないとも限らない。宮崎君が飛んでいった先を見据えながら、密かに神様にお願い事をした。




「すっかり遅くなってしまいましたな。」

「まさか委員会決めがあんなに長引くなんて、思ってもみなかったなぁ。」

「さらに加えて先生殿に手伝いを頼まれるとは、姫君もお人好しな。挙句、他の生徒も帰ってしまい最後になってしまうとはこれいかに……」

「あーもう、将軍はいつもいっつも、小言多いんだから……それより、宮崎君は大丈夫かな。」


 私と将軍は下駄箱まで走っていた。時は、宮崎君が私の元を訪れて1時間も経っていた。その間、宮崎君が再び私へ報告をしに来たことは一度もなかった。あの世話焼きな雀が、この長時間何の音沙汰もないとは……少し嫌な予感がする。そして、ようやく昇降口につく。普段なら人が行き交うこの場所も、下校時間をとっくに過ぎて閑古鳥が鳴いている。だが、そこにいた鳥はもう1羽いた。


「あれは……」


 将軍はそう呟くと、私の肩を降りて下駄箱に近寄る。アタシも将軍の側まで駆け寄ると、その理由が分かった。アタシの下駄箱の奥に、張り付けられた宮崎君がいた。翼が両翼ともテープで下駄箱の側面に貼り付けられており、身動きが取れない状態だった。


「み、宮崎君っ!」

「……姫さん、すんません。ヘマ、踏んじまいました、へへ……」


 宮崎君は悔しそうに頭をシュンと垂れる。


「そんなのいいから!早く剥がさないと!」


 私は翼のテープで紙が破けないよう、慎重に剥がしていく。私が折った折り紙は、全て特製和紙が使われており、普通の紙よりも断然強度は高い。それでもちょっとしたダメージの蓄積によって破けかねないのだ。無事にテープを剥がし終わり、完全に宮崎君は自由となる。


「本当に、何があったの?」

「実は……見知らぬ女が姫さんの靴を持ち出してやがったんです。」


 見知らぬ女……?


「知らない女、とな?」


 将軍も不可解とばかりに聞き返す。何か目的があっての事なのだろうか。ましてや何故アタシの靴なのだろう。男であればストーカーという線もあるが、そうであったとしてもアタシのような凡庸な女にストーカーというのも考えにくい。


「ええ、あの様子からして恐らく……最近になって入学してきた一年坊。靴の場所に不慣れなヤツの犯行ってえと筋が通りますねえ。」

「ふむ、悪意はあらず、か。」


 悪気がないのならまだマシと言うべきか、いや、接点のない分探すのも面倒だ。


「でもそれが、なんでテープに巻かれてたの?」

「呼び止めようって声かけたですがねえ。何やら急いでるみてえで、追いかけようとしたら鬱陶しがられちまって逆に捕まえられたんですよ。」


 自分の靴を間違えてしまったのはその急ぎの用事のせいもあったのだろう。しかしながらこちらとしては迷惑でしかない。


「仕方ないね……将軍、その子を追跡するよ。」


 将軍はこくりと頷いて飛び立つ。彼は群青の空にあっという間に溶け込んでいく。アタシも後を追おうとした時……


「ま、待ってくれよ。アッシも手伝いやす!」

「でも……」

「姫さん。アッシはかの女の顔を知りえてんですよ。これを使わぬ手はないと思いませんかい?」


 その声は自信に満ち溢れおり、失敗のしの字の欠片も感じられなかった。アタシは溜め息をつく。折り紙たちはみんな、頑固者だ。


「2度も同じ手は食わねえですよ。」

「……分かった。でもこれだけは約束して?絶対にケガするような危ないことはしないこと。いい?」

「承知しやした!」


 宮崎君の話によると、その子は長い緑色の髪の女の子。しかもうちの学校の制服を着ているとすれば……アタシはスマホを取り出してある人物、いや折り紙に電話をかける。四回目のコールが終わったころ、やっと電話が繋がる。


『もしもし、こちらは四季でございます。』

「あ、愛媛さん?」

『ひ、姫様!』


 電話の主は驚いた声で叫ぶので、アタシは堪らず耳から遠ざける。耳元で大声出されるのも姫と呼ばれるのも勘弁してほしい。

 彼女は愛媛さん、四国総司令部の副司令官だ。総司令部は各地方部隊への司令を担っている、言わば師団の要とも言うべき存在。将軍が総司令官なのだが、アタシの警護に付きっきりで師団の統率を彼女に任せているため、実質彼女がリーダーとも言える。普段は自宅で待機して貰っているのだが、非常時は列島師団のみんなへ的確な指示を出してくれる。そんな頼れる右腕だったのだが……


「アナタまで姫って呼ぶんだ……まあ今はいいや。とにかく緊急指令、アタシの靴を誤って持ち去った人物を探して。特徴はウチの学校の制服をきた一年生の女の子、髪は長い緑色。」

『はっ、承知しました。自宅で待機させている中国通信部に近畿・九州、そして念のために東北部へも連絡させましょう。直ちに搜索を開始させます。』

「うん、よろしく頼むよ。また何か分かり次第連絡して。それじゃあ……」


 それだけをいうと通話を切り、スマホをブレザーのポケットにしまう。あと数分もすれば三地方の折り紙の全てが集まり、その総力を挙げて犯人を見つけ出すだろう。探索にかけては、アタシのペーパーノイズは無類の強さを発揮する。


「でも、アタシだけ何もしないってわけにもいかないなぁ。」


 アタシは上履きから、普段であれば体育の授業に使っている運動靴に履き替える。


 さて、走る大捜査線の始まりだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ