事件へ続くプロローグ
話がなかなか進まない、悲しい
sideは青年へ
華やかな騒がしい街の中、不思議な彼女のことを考える
森に住む少女のことを
あいつは、無事なのだろうか
元気にしているのだろうか
そんなことばかり考える
あそこから、戻ってもうひと月が過ぎた
「はぁ……」
「なんです、兄上。ため息ばかりついて」
「煩い、ラディウス」
ラディウスは、俺のひとつ下の弟だ
母上似の顔で、父上似の性格
…正直、苦手だ
「兄上は、『迷いの森』から奇跡的に帰還したって言われてるんですよ?知ってます?」
「…言わせてろ」
あいつの…ラティナの住むあの森は、『迷いの森』と呼ばれる場所
1度入ると、帰ってはこれない
そんな危険な場所なんだ
その森に住むのは『魔女』だと、そう聞いていた
この国の者なら皆知っていること
森に入った人間を迷わせ、死に誘い込む
そんな恐ろしいーー…魔女
それが、ただの女の子なんて誰が想像しただろう
「はぁ…」
「兄上、ため息はもうどうでもいいですけど、父上の前でもソレはいけませんよー?」
「…わかってる」
これから俺は、父上に会いに行く
息子が帰って来ても気にもせず仕事をしていた父だ
…どうだっていい
只々、億劫なだけだ
重い扉を開け放ち、その広間へ入る
「ライオネル、お前が森に行っていたというのは本当か?」
開口一番にこれだ
「無事か」のひと言もない
昔からそうだ
この人は、俺に興味がない
「…はい」
興味があるのは
「どのような所だった?魔女には会ったか?」
ーー…森のこと、だけ
「…瘴気が森全体を覆い、魔物が多く自然の豊かな所でした
魔女には“会っていません”」
俺は平然と嘘を吐く
何故この人に情報を提供しなければならない?
本当に魔女がいて、瘴気も全て魔女の仕業だとしたら?
この父上は、きっと魔女を捕らえて、研究するだろう
『魔女』を人だと捉えていないのだから
そんなの、させてたまるか
あいつは
ラティナは、ただの心優しい少女だ
瘴気だって彼女のせいじゃない
「そうか…つまらん
実につまらん」
「申し訳ありません」
つまんないかどうかなんて、どうでもいいっつーの
心の中で悪態をつきながら、気づかれないようにため息を吐く
この後は、議会か…
頭の固い爺共の話を聞かなきゃいけない
本当、めんどうだ
「兄上、お疲れ様ですー
次は評議会ですねー」
広間を出て少し歩いていると、ラディウスに会った
なんなんだ、こいつは
「いつまでそんな話し方をしている気だ、気色悪い」
「兄上ひっどいですねー
ま、そうだな」
ラディウスは、かなりの猫被りだ
俺の周りに他の奴らがいないことを確認してから素に戻りやがった
「お前も出るだろ、評議会」
「出るよー、ほら、僕は爺共からのウケいいからさ?」
「はいはい、ご苦労なことで」
お気に入りのラディウスに“爺共”と呼ばれてるなんて知ったら、あいつら卒倒ものだな
それ見て爆笑してやりたいが
「今日の議題は?」
「……『魔女』をどうするか、だよ」
そんな議題、上がったことなんて数回程度だった
その度、議題にすらならないように案の時点で揉み消していたはずだ
「兄さん、感情的になりやすいんだから…今回の議会、キレないでよ?」
「…っ……わかっている」
これは、本当に『魔女』をどうするかを話し合うのではない
“魔女をどう捕らえ、どう処刑または利用するか”だ
老ぼれ共は脅威を消し去るつもりで、若い奴らは狩りの感覚
どれも、『魔女』を人間と思っていない
無意識に拳を握り締めていて、血が滲んでいた
『身体は大切にしなければいけません』
『怪我を悪化させてどうするんですか、無茶しないで下さい』
彼女に言われた言葉を思い出す
確か、屋根から足を滑らせて落ちた時に言われたんだっけな…
記憶の中の彼女を思い浮かべる
きっと彼女は自分の身よりも、魔物や動物たちを優先するのだろう
たったひと月、生活をしただけで嫌という程知った
「…お前の方が無茶ばっかりだろーが…」
ポツリと呟いた声は誰の耳に入ることはなかった
「ねー、ねー、兄さーん
兄さんがいない間ねー」
「(…これは長くなるな)」