約束
物語は少し動き始めます
「よし…ライオネルー、できましたよー」
「わかった、今行く」
ライオネルが同居人となり、1月が経過しました
彼の怪我も、もう完治と言っていいほどです
私は、ライオネルが出会った時に着ていて、ボロボロになってしまっていた衣服を直し終わりました
怪我が酷い有様だったので、自ずと衣服はもっと酷いと言えます
直すのに2日ほどかかってしまいました
私としたことが…
「怪我は、どうですか?」
「大分いい。もう大丈夫だろう」
グルグルと肩を回しながら、ライオネルはそう答えました
ライオネルの傷の治りを見て、ひとつ気がついたことがあります
ライオネルの傷の治りは遅いのです
いえ、これは私の傷の治りが早いだけかもしれないのですが
朝、指に切り傷を作ったとします
私は、その日の夕方頃には治ります
しかし、ライオネルは違います
2日間から5日間かけてゆっくりと治るのです
どうしてかわかりません
心当たりはありますが、認めたくないものです
「ラティナ、ありがとう」
「どういたしまして」
ライオネルと私は、程々の関係を保っています
お互いのことには干渉しない、そんな関係です
ですので、私はライオネルのことは名前しか知りません
ライオネルも、私のことは名前しか知りません
その距離感が、安心できるのです
私は、今まで森の浅い所に迷い込んだ人を助けはしませんでした
彼らは、躊躇なく生き物達を殺していたからです
本来なら、ライオネルも助けはしなかったでしょう
彼は、ダニエル…ディールを傷つけていたのですから
きっかけは、ライナが彼を気にかけたということです
迷い込んだ人間を見ても、我関せずであるライナが、気にかけたのです
それだけで、私は興味が惹かれました
あとは、単純に
「…綺麗な、色ですよね」
「う、わ…なん、だよ。いきなり」
サラサラとした、ライオネルの蒼い髪を手で梳きます
光を反射して、輝く彼の髪はとても綺麗です
単純に、私は彼の髪に惹かれました
触ってみたい、そう思ったのです
だから、助けました
嗚呼、私は本当に自分本意です
魔物や動物達の怪我を手当てするのだって、私が生きていく為に必要なものを頂いているから、お礼に何かをしなくてはいけない、ということですし
いわば、『義務』のようなものです
その者の為に、なんて思っていないのです
自分の為で、ただの自己満足で
全部が自分勝手なのです
「…ラティナ、俺はそろそろ森を出る」
「怪我も、治りましたしね」
「…あぁ」
彼の髪を梳きながら、淡々と答えます
わかっていたことです
ライオネルとずっと一緒なんて、無理なんです
「ラティナ、は…」
「その時は、途中まで送っていきますね」
ライオネルの言葉は聞きたくありませんでした
その言葉を聞いてしまったら、私の中の何かが壊れてしまいそうで
とても、怖かったんです
「ラティナ…」
「どうか、しましたか?」
「…なんで、そんな表情するんだよ…」
私は、どんな表情をしているのでしょうか
自分の表情は、見られないのでわかりません
少なくとも、笑っているはずなのです
気がつくと私は、私ではない匂いに包まれていました
首に当たる髪がくすぐったくて、心地よいです
「…ラティナ、ごめん」
ライオネルの声が耳元で聞こえます
どうして私は、ライオネルに抱き締められているのでしょう
ライオネルの私を抱き締める腕は、力強く、でも優しくて…どうしてかわからないけれど、涙が出てくるのです
すると、ライオネルの身体が離れました
暖かい体温が、離れていきます
両手で肩を掴まれ、向き合う形になります
なん、でしょう
「…絶対に、迎えに来るから」
「え…」
それだけ言ってライオネルは、部屋に戻って行きました
きっと、部屋を彼が来る前と同じようにするのでしょう
そういう、人です
「迎えに、来るって…なんでしょう、ね」
ポツリと呟いた言葉は、部屋によく響きました
ーー芽生えた感情に、彼女たちは気づかない