エキドナ
長い髪とうねるお腹。
エキドナは、ため息をついた。
上半身は人間の女性で、下半身は蛇。
ギリシャ神話とやらで有名になったようだけど。
せめて若さはなんとかならないかしら。
スフィンクスから貰った化粧水をペタペタと顔にぬる。
ついでに人間から奪った目元用パックも広げる。
パックをしながら、体の蛇の部分をお手入れする。
いつも地面に触れているから、汚れやすいのよね。
あ~あ、美魔女は大変だわ。
尻尾をぱたぱたと左右に振った。
明日はオルトロスが遊びに来るわ。
あいつには、女の美貌なんて関係ないんだろうな。
わたしが産んだ子どもだけど、
一番性格がお堅いのよね。
ちょっと誘惑してやろうかしら。
目元用パックを外して、じっと鏡に向かう。
シワやほうれい線は今のうちに何とかしなきゃ。
鏡に軽くウインクする。
おばさんが鏡の中でニコリと笑った。
「ちわーっす。おおー、おふくろ!」
次の日の午前中、オルトロスが家に遊びに来た。
なにやら荷物を抱えている。
どっこいせとリビングの机に置いた。
「ヘラがなー、なんかすんごい怒ってたぜ」
鬼のような形相を真似しながら続きを話す。
エキドナは可笑しくて吹き出した。
「よく似てるからやめて、お願い」
「だろー?」
しかし真面目な顔つきになる。
「あのおばさんに見た目の話はタブーだぜ。
ゼウスもそう言ってた。
シミを指摘した奴は全員殺されたらしい」
「まあ怖い、どうしましょう」
可愛く慌てふためいてみる。
「そしておふくろも気にしてる件」
「何か言った?」
こめかみがピクリと痙攣したのを見て、
オルトロスは体よく去って行った。
「じゃあまた来るから!」
脱兎のごとく逃げていく。
後には大きな包みが残った。
「これは何かしら?」
開けてみると、中にはなんと、
モイスチャーゲル、美白クリーム、UVカットファンデーション、
たくさんのコットンとエイジング用化粧水が入っていた。
人間が神殿で、エキドナのために捧げたものらしい。
エキドナは人類に感謝した。
ちょうど欲しかったものが山ほどある。
新製品も、試してみたかったのよね。
やっぱり顔出しは人気のヒミツよねえ。
そういえば、ヘラ神殿にはいったい、
何がお供えされているのかしら。
少し興味があるが、まあどうでもいい。
今日はおうち時間を過ごすことに決めた!
鼻歌を歌いながらまったりSNSを楽しむことにした。
一方ヘラは。
「キィーくやしい!!
何で私があんな年増に負けるの!」
逆上していた。
「まあまあ、いいじゃないか。
君はいつ見ても綺麗だよ」
「あんたは黙っていなさい!」
一瞬でゼウスは沈黙した。
「こんなもの送りつけられて、
だまっていられると思う?」
床にはヘラへのお供え物が広げられている。
人間たちが、ヘラをどう認識しているのかが
よく分かる内容だった。
床には様々な化粧品が敷き詰められている。
リキッドファンデーション、口紅、アイシャドウ。
コンシーラーや舞妓用の粉白粉まである。
ヘラにはそれが気に食わない。
「向こうの方がべっぴんさんだと言いたいの?」
ゼウスが首を横に振って、意見を主張する。
「エキドナ……見てなさいよ」
その後エキドナ達は、ヘラの息子ヘラクレスや
部下アルゴスによって成敗されることになる。
神話とは、つまらない原因で生じるのであった。
そしてそれは、人間の歴史も同じである。