ボク その11
それからしばらく、ボクは説明できない恐怖心とともに過ごすこととなった。テーブルのうえにハサミを必ず置いてあるようにし、もう外へでることは無くなった。母さんが差し出してくれたコーヒーを飲むたびに、君はまだ帰ってこないのかと不安になった。顔のわからない誰かがボクにしてきたあの話を思いだして、はたしてそれは本当か? と疑ってしまうようになってしまった。君を信じることが、できなくなっていたのだ。なんどもテーブルに目をやる。ハサミが消えてしまっていそうで、心配になるのだ。紫色のあの日から、ボクはどうかしてしまっていた。ボクだけじゃ足りない、欠落している部分がどれだけ大儀的な役割をもっているのか、ということをあの日思い知らされたのだ。刻み込まれたのだ。夜になると、あの光景が脳にうかんできて震えた。ベッドにうずくまり、朝がおとずれるのをじっと待っていた。耳をそばたてれば、また聴こえてくるようだ。影たちがもがき苦しむ嘆息や、悲鳴が。時間がふりつもっていくたびに、夜をくりかえすたびに、ぼくは身体がぽろぽろと欠けていくような感覚がした。君の帰りを待つのが、ボクの使命だ。ボクは自分になんどもそう言い聞かせた。急かしてはいけない。焦燥してはいけないのだ、と。なんどもその言葉をくりかえした。布団のなかで、うずくまりながらでも、ボクはそう言いつづけた。そして何気なく窓をみるのだ。夜にカッターがするりと切れ目をいれて、そこから光が横列をつくって空を馳せりだす。その光に照らされるたびに、ボクはこれが何度目の朝焼けかかぞえることになるのだ。
どれだけの夜だろうと、朝はかならず訪れるのだ。朝は必然なものなのだ。それなのに君は、朝がくるのかどうか不安になっている。時間が、朝焼けでもえて灰になっていく。未来が、すり減っていく。光がまぶしさを増す。ボクは自然と目をほそめることとなる。咳払いをして、舌打ちをこぼした。




