ぼく その28
「たしかに」とぼくは言った。「言われてみればそうだったかもしれない。でも、どうして蓮の花なの? 泥水が濃ければ濃いほど綺麗に咲く、というのがなにか関係あるの?」
「比喩」とハナミは言った。「喩えよ。メタファー、というものね」
「メタファー、……?」
「ええ、お釈迦さまは蓮の花を人に喩えたの。泥があればあるだけ綺麗に咲くというところで、お釈迦さまは「泥」を、人の「苦しみ」や「迷い」というものに喩えたの」
「苦しみ、迷い……」
「苦しみや迷い、それを「泥」として比喩した。その泥が濃ければ濃いほどに、綺麗な花をさかすという蓮の花の特徴を、人としてあらわしたの。ここからはまたわたしの見解だけれど、人にいちばん必要なのは、苦悩することだと思うの。苦しむことで、人は成長する。さっきも言ったけれど、わたしたちは「苦しむ」ことを悪い意味として捉えてしまいがちなの。それは悪だと、決めつけるの。自分にとって、マイナスなことだと。その時点から、間違っているのよ。喧嘩した相手を百パーセント悪役にするのとおなじになってしまう。苦しむことで、得るものもある」
「失うものもあるかもしれない」とぼくは言った。
「そしたらまた失ったことで新しい苦しみが生まれる。それでいいじゃない。なにもかも、繰り返されていくの。必ず終りがくる、なんて嘘よ。終らないものもある。苦しむことに限らず、いろいろなことを繰りかえして生きていくの。わたしも、あなたも、まだ蕾なのよ。蕾のままで、まだ開いていない。泥を吸っている過程のなかなのよ」
深い霧。ぼくの脳に、それが浮かんだ。ぼくはまだ深い霧のなかにいる。「苦しむことで、得るものもある」、ハナミが話したその言葉は、父さんがぼくに話した言葉とも似ていた。「逃げることで、得るものもある」。なるほど、とぼくは思った。なるほど。「……すごいな。ハナミは」
「すごくないわよ」ハナミはそう答えて、すこし笑った。ぼくも無理やり笑ってみた。けれど、笑えなかった。「そろそろ帰るよ」とぼくは言って、ベンチから腰を浮かした。そう、とハナミは言って、立ち上がった。ぼくは最後に池にならぶ数多の蓮たちをながめた。蓮たちはどれも身を閉じている。自身に蓋をして、まだ外を覗こうとはしていない。朝を待っているのだ。わたしたちは似ているの、ぼくはハナミがくれたその言葉に、かぶりを振った。「またね」、とハナミが手を振っていた。ぼくも手を振りかえして、石畳の階段をおりていった。それから両脇にしげっている花たちに、「さよなら」という言葉を置いた。似ていないよ、ぼくたちは。ハナミは「泥」を受けいれていて、「泥」と向き合っている。けれど、ぼくはどうだろう?
ぼくは自身の「泥」を――深い霧を――拒んでいるのだ。




