ぼく その25
雨だった。ぼくはコハクさんの話を思い出して、じっと窓から雨をみつめていた。父さんが家をでてしばらく経過してから、その雨は雲にふくまれてそのまま落っこちてきた。窓の表面に雨がしたたり、するりと滑っていく。地に生えていた雑草は雨を絡めとり、ゆっくり慎重そうに抱きかかえた。空は白濁としている。ぼくはネイビーのパーカーとジーンズという格好で壁によりかかって、とても静かなこの部屋に鳴りつづける雨の声に耳をすませていた。雨はいろいろな場所へ落ちる。雨はいろいろな場所を濡らす。雨はなにかを言っているわ、とコハクさんは言った。なにを言っている? ぼくは降りしきっている雨にたずねた。けれどぼくの問いは静寂のなかを挙動不審にただようだけで、やがて雨音の奥へと消えていった。コハクさんもこの雨を眺めているのだろうか、とぼくは思い、あの部屋の開放された窓から雨をみつめるコハクさんの姿を想像した。コハクさんの表情にはやはり色がなくて、音がない。ガラスのテーブルにはコーヒーカップが置かれて、花瓶にはスノードロップの花が飾られているだろう。スノードロップの花はじっとうつむいたまま雨の軽やかなはずみ音を聴いている。それからぼくは一輪だけ開花していた蓮の花のことを思いだした。蓮の花もまた口を噤み、雨を拒んでいるはずだ。雨を招きいれる池はたゆたい、また膝を折って身体をまるめた蓮たちの肩をゆすっている。ひとしきりぼくは想像し、深く息をした。また窓をみる。雨はまだやむ兆しをみせないでいる。ぼくは寄りかかっていた背中を壁から離して、窓へとちかづいた。ぼくは窓ガラス越しに、前をみているのだと、この現状を把握した。ぼくの視界の前では雨がふりしきっていて、雨の向こうでは、君がいるのだと。
君は傘もささずに遠くからぼくを見つめている。雨はぼくと君との間隔をみたし、交わさない会話の代役を自身からにじみださせる音にまかせた。ぼくも君をみていた。君は無口で、なにも言わないけれど、ぼくになにかを呼びかけているのは確かだった。君はぼくになにか唆そうとしているのだ。けれどぼくはそれに対してかぶりを振るう。ぼくは君を信じられない。君のほうへと歩こうとは思えない。雨に濡れることを、ぼくは忌憚する。忌憚する。夢でみた少年はまだ夕暮れのなかにいる。ぼくもかもしれないと思った。




