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ぼく その17

 古びた軋み音がしつられた玄関の階段をおり、草々がはえた地をあるきながら、ぼくは今朝みた夢のことを考えていた。あの夢は、なんだったのだろう。昨日の夜から父さんの言葉が、ぼくの尻尾にでもなったかのようにつきまとってくる。――すべてのことに意味がある。ぼくは今朝みたあの夢の中から、父さんが話した「意味」というものを探ってみた。けれど、そこにぼくの確信できる答えはみつからなかった。「雨が降りだす前に」ぼくは少年にそう言った。それだけだった。

 父さんらの家がならぶ住宅地からさがっている階段をおりると、遠くにアーケード商店街の出入り口があった。とりあえずそこに行こうとぼくは思った。街中、建物があふれている。昨日もみたはずなのに、夜だったからかぼくの記憶とうまく結びつかないでいる。ボタンをひとつ、ずらしてかけてしまったかのような感覚があった。年季がもたらすクリーム色に褪せた白い壁、そこはかとない煙突の煙、当然のようにあちこちにある樹木などの自然、高くせりあがる蔦の這った壁のマンション、おなじように建つ円柱型の建物、そのふたつを繋ぐ頭上の橋、ひらかれた窓の縁にとまる鳥、それらがぼくにはどれも不思議にみえた。ぼくの知っている「街」といわれて連想するような場所と、ここは大分と異なっていた。まず、アスファルトなどの黒色が見当たらない。電柱もなく、電線も張っていない。代わりに妙にノスタルジーな建築物が建ちならんでいる。それらを落ちついた心情でみている自分に気がつき、ぼくはどうやら昨晩よりずいぶんとこの街に慣れたのだと思った。父さんの存在がおおきく、ぼくに安堵を与えてくれたのだと思う。

 空が商店街のアーケードに変わる境目で、ぼくは一度足をとめる。巨大な階段があり、それがずっと傾いて連なっていた。その階段は街をみおろす壁を沿ってたなびいていて、どの建物の屋根よりもたかくなっていく。壁には様々な道や列車の線路がミルフィーユ状に並列していて、パイプ官がはり巡っている。階段のつながる壁のうえにも、もちろん建物が並んでいる。どこか宮殿の外壁を彷彿とさせるデザインの建物がみえ、それをおぼろげにしようとする小規模な森の樹木などもある。人もいる。すべてを包括して、光景を一望する。やはり、この街は混沌としすぎていて苦手だと、そんな感想をぼくはおぼえた。

 ぼくは商店街のなかに入るのを中断し、階段のほうへと足をはこんだ。階段の横幅はとてもひろく、分厚い木板となっている。ぼくは足をかけ、ながい階段をあがっていった。遠くにみえる街の二階へと、ぼくは汲々と距離をつめていく。いままでぼくを俯瞰して笑うようにそびえていた建物の背が、ぼくの足取りの通りに小さくなっていくのが手すりの外から確認できた。巨大なマンションがあり、屋上には図書館らしき建築物がある。それを樹木が円でかこんで並んでいる。マンションには、橋がかけられている。橋がつながる先にも、高層の建物がある。それらに集結するかのような建築物の群れと、道、それと人がいる。傍らの手すりからは、壁にミルフィーユ状にわけられた通路のひとつの、線路がみえた。線路の向こうにプラットホームがあり、まばらに人が列車をまっていた。もうすこし階段をあがると、またちがう通路の光景がみえてくる。

 不思議だ、とぼくはある程度街をみおろせる高さまで階段をあがったところで、あらためてそう思った。不思議な街だ。ほんとうに、みたことのない街並みだ。ぼくの知識のなかから、「建物がつまった街」と問われて連想する街並みは東京とか、そのあたりだけれど、ここはまるで違う。不思議だ。なんどとぼくはそんな感想を脳裏でもらす。これだけ建築物が無作為に凝集されているのに、緑が盛んなほどにまぎれているし、木材の薫りがつよくただよっているのだ。それでいて機械的であり、幻想的だ。

 階段をあがりきると、ぼくは舗装の地の際から縮小した街並みをながめた。見下ろした街には自分よりも低く鳥も旋回していて、ここがかなりの高所だということがわかる。ぼくがのぼってきた階段は一定の間隔で屈折しながらつらなって、眼下の街とこちらを壁をとおして繋いでいる。建物が、下の街とおなじように並んでいる。地面がかすかに振動し、下の通路で列車がとおったことを知らせる。先ほどよりも空が近づき、すこし足に正確な意識をもてなくなった。すぐに視界を前へともどす。それから「昨日ぼくを助けてくれた彼女をさがす」という目的を思いだしてぼくはまた歩みをはじめた。ぼくのあるく地面はとてもひろく、ここもまたひとつの街なのだということを知った。

 しばらく歩いていると、一際はなやかで豊かな色彩に包まれたなにかが視界に入った。その爆発的につよく印象づけさせるそれがなにかが気になり、ぼくは早足でそこへ向かった。近づいていくにつれて、豊富な色彩の正体が花だということに気づいた。それは花だった。そこはかなりの種類の花がみちていた。石畳の階段を、花々や植物ははさんで茂っていた。盛んにあふれだす花々のかおりや見た目をぼくはまじまじと見つめた。名前の知らないものばかりだった。ぼくはそれほど花に詳しくないのだ。けれどそこから自分を抱擁してくる花のかおりは、ぼくを恍惚とさせるのには充分だった。それらの花の群集を目にしていると、花はどれも自分のように思えた。ぼくは花だ。なぜそう思ったのかは、わからないけれど。

それからぼくは彼女を探すことに意識をもどした。また歩きだす。降り積もったかのようにある混沌とした花たちの声は、ぼくのうしろ姿をいつまでも見送ってくれている気がした。ぼくはすこしほころび、そして同時にため息を吐いた。色彩がつまった芳香にまぎれたそれに、ぼくはうんざりとしてしまったのだ。「なんなんだよ」とそれに対してぼくは悪態をつく。雲がすべり、日差しがずれてぼくを納めていた日向が影にかわった。

 ぼくの背中をさす誰かの視線は、朝からずっとしているままだった。


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