ボク その2
駅の出口をでると、ボクは歩道にでた。歩行者用の信号機が無口なままたっていて、あかい光を放っている。道路をはしる自動車らをボクは目でおう。遠くのほうでは、ビルが立ちならんでいた。その頭上を飛行機がよこぎり、足跡のかわりに雲の糸をはしらせていた。十五時の肩書きをせおった空はいささか鉛の色彩をふくんだ青をしていた。駅の付近には、いろいろな人がいた。歩いていた。座っていた。待ち合わせをしていた。携帯電話をさわっていた。欠伸をかいていた。カップのコーヒーをのんでいた。そんな人々をボクは一望し、すこし笑った。自然ともれたその笑みが、ボクの脳漿に君のことを浮かばせた。君も、そっちでいろいろな人をみているだろうと思う。君の知らない人々がいる。君の知らない建物ばかりが埋もれている。けれど、君はその街を知っている。
君の自宅までの道のりはなんとなくだけれど分かった。ボクはこの街の道や建物はどれも無知だけれど、それでも分かった。ボクが思うほうの道へまがり、ボクが思うほうの方向で歩けばすぐに君の家があるのであろう住宅地に到着した。さらにその住宅地でもボクがおもった方向へと歩いた。迷うことはなかった。ボクはつらりつらりとした歩みで、君の住宅へとおもむいていた。
ボクが足をとめた一軒家の前には、くろい柵の扉があり、隣にインターホンが設置されていた。そこからは石の階段があり、くろい玄関扉へと繋がっていた。ボクはインターホンを人差し指でおし、柵のとびらを引いて玄関扉の前までむかった。庭があった。窓へとつながるウッドデッキが設けられた庭はなかなか広く、そこには洗濯物が干されていた。ボクはそのつっぱり棒につるされた服たちをながめた。やさしく揺する風に干されたシャツが踊っていた。
すぐに、玄関扉の鍵がはずれる音がした。「どちら様でしょうか」とたずねる女性の声がした。ボクはなにも言わず、ドアが開くのを待った。ゆっくりとドアは前へとおされた。隙間から黒い髪がのぞき、ほそい指がみえた。そこからその女性が顔をだして、ボクの瞳をみた。自分の視界にうつるボクの姿をみて、彼女はおもわず声を洩らした。「……コウト?」
「ただいま、母さん」そう言って、ボクは微笑んだ。
ぽつりと落ちてきた雨が、ボクの頬を伝った。みると先ほどの空の鉛色はつよまって、雨の名をよんでいた。




