ボク
散らかった部屋だった。ボクはそんな部屋の中心で目をとじていた。部屋のなかはひとつとして音はなかった。けれどその部屋は騒がしかった。ボクはその騒音にべつに嫌悪感はいだいていなかった。部屋の壁にボクは背をあずけ、向こうから聴こえる喧騒に耳をすましてみた。この寡黙な部屋に散らかるものの中からひとつ、ボクは無作為に手にとる。それはボクがくだいたガラスの破片だった。もうひとつ、手に取る。そのガラスの破片を合わせてみると、ぴったりと繋がった。
「そろそろか」
ボクがそういった途端に、外の騒音がとまる。外の音がおわり、つぎは部屋の壁がひとりでに鳴りだす。自身がはなったその音で壁は痺れて、散らばっていたガラスの破片はどれもがボクの方へとおもむいてくる。そしてボクの爪先にそのガラス片はつき刺さる。そのまま体内へと侵入してくる。閉じていた瞼を、ボクは開くことにした。
「おーい」「もう終点だよー」「君、おきてー」男の声がした。ルアーに引っかけた意識をボクはリールを回して引きよせた。やがてボクは目をさます。「あ、起きた」と男がいった。ボクの前には駅員がひとり立っていた。
「君、もう終点だよ。もしかして降りなきゃいけない駅を通りすぎたんじゃないか?」
「いえ、ここでいいんです」起こしてくれてありがとう、とボクは礼をいって電車からでた。プラットホームをあるき、階段をおりると改札があったからそこに切符をさしこんだ。ボクは欠伸をしてから、壁にかかっていた時計で現在時刻をたしかめた。間もなく十五時をむかえようとしている。
エスカレーターを降りる途中、となりが鏡張りだったのでボクは自分の顔をみた。そこにうつっていたボクの顔は、やはり本来のボクの顔ではなかった。髪はまるで真夜中の街灯がてらした影みたいに重みのある黒髪であり、瞼は二重なのに下がりつつある。これが此方でのボクの姿か、ボクは自身の姿を認識する。黒いチェスターコートをきていて、黒いチノパンツを履いていて、グレーのニューバランスのスニーカーを履いている。それとリュックをかついでいた。なるほど、君は家出を図ったのか。ボクはこの格好から得られる情報をひとしきり知った。エスカレーターをおりると、すぐにガラス扉から外の街並みがみえてきた。君が探しているものをみつけるまで――あるいは探しているものの手がかりとなるものを発見するまで――ボクはこの街にいなければならない。ここは君が知っていて、ボクが知らない街だ。君がいまいるのであろう街は、ボクが知っていて、君も知っている街だ。




