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ぼく その10

 ならぶ店舗の隙間からは、所々から草木が顔をのぞかせていた。未熟なまま成長を終えてしまった月明かりがその樹木の葉に光をくばり、その葉は青白い肌を夜にみせていた。不思議な寓意をかんじた。商店街のなかからは、妙に自然の薫りがしたのだ。真っ暗闇でくわしくはみえないが、このならんだ商店には数々の草木らがかざられているのだ。商店の壁には蔦が這い、アーケードのほうへとのびた樹木とそこからこぼれた木の葉はタイルの地面におちる。そこには人工的な自然がほどよく建物と調和されていたのだ。そこからみた草木らが、どこか不思議で、月明かりがてらしたその画に幻想的な印象をぼくはおぼえた。綺麗だ、ぼくは素直にそうおもった。

「もうすぐよ」彼女が言った。そうですか、とぼくは返事をしようとした。けれどそう返事する間もなく、ぼくらは商店街をぬけた。

 そこを抜けると、また街並みがひろがった。とても木造的な構成を街はしていた。緑があちこちで生えしげり、おなじような調子で木構造の建物もたっていた。その街を、さらにぼくらは進んだ。彼女のあとを追ってあるく。道のりはよくわからなかった。街は建物ばかりがあり、道がひどく煩瑣していた。それらをくぐり抜けるようにぼくらは歩き、階段をみつけた。やれやれまた階段か、とぼくは思った。

「これをのぼれば到着するわ」

「到着、て。どこに到着するんですか?」

 彼女はいった。「あなたの家よ」

 あなたの家。この階段をのぼれば、ぼくは自分の住む家に到着するらしい。いったいどういうことだ。ぼくには、彼女のはなす意味をうまく理解できなかった。「行きましょう」といって彼女はその階段に足をのせ、また歩きだす。ぼくも仕方なく、その階段をのぼった。階段はみじかかった。すぐにかわいた土の地面の感触がした。ぼくは自分のスニーカーから顔をあげ、前をみた。するとそこには家庭的な明かりが窓からこぼれた、ちいさなログハウスのような住宅がならんでいた。土が固められてできた地面にはくたびれた雑草が生えている。「こっち」とぼくを手招く彼女のほうへと向かう。そこには木板でつくられた四段ほどのちいさな階段があり、赤いドアをしたログハウスが一軒たっていた。「ここがあなたのお家」そう彼女はいった。

「ぼく、こんな家知りません」とぼくはためらいなく言った。

「あなた自身は知らないかもしれない。でも、ここがあなたの家なの。この中にはあなたの帰りを待っている人がいる」

「ぼくの帰りを、待っている?」ぼくは彼女の言葉をくりかえした。

「そう、帰りを待っている人がいる。コウトくん、いいかしら?」彼女はぼくの顔をみていってきた。彼女の表情はやはりおなじだった。そのままの目をして、そのままの鼻をして、そのままの口をしたまま、彼女は言った。ぼくは、唾をのむ。

「此処はあなた「が」知らない街であり、あなた「しか」知らない街なの」

 いきなさい、彼女は言う。ぼくはその赤いドアを何度かノックする。渦巻いていた夜の空をおもいだす。逃げてきた道に捨てていった涙をおもいだす。ノックする。ぼくの肩に触れてきた駅員をおもいだす。ぼくを知らない夜へとかどわかした列車をおもいだす。ノックする。突如として消えさった乗客たちをおもいだす。淡々と息絶えていった車窓の景色をおもいだす。赤いドアが、ひらいた。ぼくを見つめていたぼくの姿を、思い出す。

「ただいま」

 そう、ぼくは嘘をつく。


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