ぼく
ぼく
それは深い霧だった。ぼくは深い霧のなかで漂っていた。ぼくは見えないものを探していた。けれどその探しているものがなにか、ぼくにはわからなかった。探しているものが多すぎて、手放してしまったものも幾つかはあった。その探しているものは、的確な表現で述べることができなかった。だからぼくは暫定的にそれを、「新しい季節」と呼んだ。
ぼくは新しい季節を探している。その新しい季節は、どこにある? それは深い霧だと、ぼくは思った。だから霧のなかで漂っているのだ。なにも探しだせず、見つけていたものすらも忘れていきながら。空の軸に固定されたように立ちだまった昼の月に、ぼくはこの感情をそえる。あの月は悲しみで、焦りで、不安で、恐怖だ。
窓枠におさまらず投げ捨てられていく街の背中に、わびしさを認めてよこたわる山々はしばらくの眠りのなかにいる。ぼくは頬杖をつきながら、消え去ってゆく景色をみえなくなるまで目でみとどけていった。足元で息切れの声をもらす車輪が反動ではずみ、ぼくを揺らした。自分のとなりに置いたリュックが無事なことを確認してすぐに車窓に踵をかえした。
窓のせまい瞳には、天頂に吊られた月だけがながれ去っていくことなく実在していた。その他の景色はすべて風に袖をひっぱられて撤退していき、瞳の裏へと吸いこまれるように死んでいった。ぼくは淡々と冷徹にころされていく街並みを憂い、そしてすぐに忘れた。ぼくが通りすぎていったものは、どれも屍に変わった。
列車のさきの遠くから、空気がはりつんで風が重くなった音をかんじた。やがてその唸り声のようなものは拡張されていき、そして一気に窓の景色からなにまでを夜にした。トンネルだった。トンネルに突入すると口篭った風の息が、より身近でつたわるようになった。その冷ややかな淡い闇のなかを駆けぬけていく電車は、腹にたくわえたぼくを含む人たちを無遠慮に何度も揺らした。わずらわしくすり寄ってくる風を左右に割りきりながら馳せる列車の窓からみえる景色には、ぼくの感情をそなえた月はみえなくなっていて、ただただ無機質なうす暗い壁をすぎ去っていく風の糸をかざって見せているだけだった。ぼくは風の糸にからまる前髪をふりほどいて、窓をしめた。すこし肌寒くなった季節が、またぼくになにかを促しているようだ。ぼくを焦らしているようだ。ぼくを生き急がしているようだ。ぼくはこの肌寒くなった季節を求めているのではない。ぼくが探している季節に名前はない。それはただの、「新しい季節」なのだ。
そんな「新しい季節」を見つけだすまでが、このぼくの物語なのだと思う。どこか違う街へと去っていくことなく、そこでただよいつづける深い霧を抜け、ぼくは夜の向こうを知ろうとしている。ぼくはその夜から逃げ出したくなるだろうし、その霧にきっと脅えたりもする。それでもどこかで歩みだそうとしている自分がいるのだと信じて、「新しい季節」を探す旅にでた。
そんなくだらない言い訳をかくしたシャツをぼくはコートで重ね着する。