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悪役令嬢、兄を解す

兄編、次の話まで続きそうです。

続きも今日中にアップする予定です。

当時4歳だった私は、とにかくしゃべらない子供だったらしい。

食事をすすめれば食べるし、呼びかければ反応したらしいが、泣いたりすることは無かったそうだ。

常に無表情で言葉を発せず、不気味な様子だったのだろう。

顔立ちこそ愛らしくても、笑いもせず泣きもせず、女であるがゆえに跡継ぎにもなりえない娘。

そんな私を、母は嫌いぬいていたらしい。

私がしゃべらないまま体だけ大きくなっていくうち、母は苛立ちをぶつけるようになった。

初めは視線で、次に言葉で、ほどなくして暴力で。

それでも泣き声ひとつあげない私に余計に嫌悪がつのり、暴力がエスカレートするという悪循環。


そのころの記憶はないが、私の体にはいくつもの痣や打ち身があったらしい。

幸い跡が残るようなことは無かったが、

もしこれが前世の記憶を持つ私ではなくただの女の子だったなら、

心に取り返しのつかない傷を負ってしまっていたと思う。

…………最も、それこそがゲームの中のリリアナを悪役令嬢にしてしまった原因なのかもしれないのだけど。


母を恐れた使用人たちもみな口をつぐんで見ないふりをしていたが、

ある日ひょんなことから、兄が私の状況を知ってしまった。


「6年前のあの日、俺はおまえが何もないところでつまずくのを見た。その後立ち上がろうとしては転げていて、足でもくじいたのか見てみたら、いくつもの青あざがあったんだ。」


慌てて使用人に話を聞いて、兄は初めて私の虐待を知ったらしい。

その様を父に訴えようと急ぐと、そこに母が立ちふさがった。

兄は私を抱えて母から逃げ出したが、その追いかけっこの過程で、母が階段から足を踏み外してしまったのだ。


「背後から響いた転落音に気づいて振り向くと、おまえの母が血を流して横たわっていたのが目に入った。頭を打って意識が失せていて、怖くなった俺は近くの使用人に薬師を呼ぶよう頼んだんだ」


ん?

その話通りなら、兄は母の命を助けようとしたようにしか思えないのだけど……


「俺はその使用人にあの女のことを任せて、おまえの手当てをしようと部屋に向かったんだ。でもな、俺は知ってたんだ。意識を失ったあの女の元に駆け付けた使用人が、日頃あの女に苛められてたということを」


え、それはつまり、その使用人が、私の母を…………?


「その後、その使用人が直接手を下したのかはわからない。あの女は俺を追って階段から落ちた衝撃が元で死んでしまったのかもしれない。……だが、その後薬師が呼ばれることもなく夕方になり、冷たくなったあの女の姿が見つかったのは事実だ」


……つまり母は、屋敷の人間から見捨てられたのだろう。

我が家は公爵家だ。屋敷に仕える人間の数は百人を超す。

その全てが夕方まで倒れた母の姿に気づかなかったとは考えられないし、

下手に助けを呼ぶことで自らが犯人扱いされることを恐れ、見ないふりをしていたのだろう。

むしろ使用人たちにの中には、そのまま死んでくれと放置していた人も少なくないはずだ。


「ですが、お兄様は母を害そうとしたわけではないのでしょう?」

「あぁ。だが結果は同じだ。俺があの女を憎んでいたのはまぎれもない真実だからな」


うーん、でも母は相当性格が悪かったみたいだし、その感情も仕方ない気がする。

兄だって当時まだ11歳だし、いくら使用人が怪しいとはいえ、面と向かって糾弾するのは難しかったはずだ。

それに兄は母を見捨てたくて見捨てたわけじゃないのだろう。

それはきっと、


「…………私のため、ですよね? 虐待されていた私の手当てを優先するため、お兄様は母のことを使用人たちにまかせたのではありませんか? 当時の私の虐待を使用人たちは黙殺していたようですし、そんな彼らに私の手当てを頼んだのでは、安心できなかったのではないですか?」


私の言葉に、兄はピクリと肩を震わせる。

そして何故か暗い顔になり、懺悔するように語り始めた。


「…………だが、俺は、おまえを泣かせてしまった」

「へ?」


予想していなかった言葉に、間抜けな声を発してしまう。


「おまえは小さかったから、覚えていないだろうな。おまえの母が死んだあの日、おまえは赤子の時以来初めて泣いたんだ。誰があやしても泣き止まなくて、その後10日も寝込んで、その後もしばらく様子がおかしかったんだ」

「えっと、それは覚えているんですが……………」


それはこの世界に転生して、初めて覚えている記憶だ。

私はいつのまにやら泣いている自分に気づいて、泣いている理由がわからなくて、

更に周りを見渡したらヨーロッパ人みたいな人ばかりで、とにかく混乱したのを覚えている。

つい先ほどまで日本の歩行者道を歩いていたはずが、いきなり見たこともないお屋敷の中にいて、

あまりのわけのわからなさに気を失って倒れこんでしまったのだ。

その後一気に前世の記憶が戻ったためか熱が出て、しばらくは転生を受け入れられずにへこんでいた。

母の死が前世の記憶を引き出した原因だろうとは思っていたけど、まさかそんな経緯だとは予想外だった。


「おまえは母の死のショックのせいか、それまでとは全然違う振る舞いをするようになったんだ。突然自らの頬をつねるよう使用人に命じたり、書庫に一日中こもるようになったり、とても普通の少女とは思えない行動だった。それも全て、俺があの女を見殺しにしてしまったからなんだ………………」


あー…………確かにあのころの私はおかしかった。

夢の中にいるんじゃないかと頬をつねってもらったり、

まぎれもない現実だと気づいてからは、知識を得ようと必死になっていた。


「あんな女でも、おまえにとってはただ一人の母親だったんだろう。それを俺は奪ってしまった。全て俺が悪かったんだ。だから俺は、おまえがこれ以上傷つくことのないよう、一生をかけて守り抜くと誓ったんだ」


なるほど、それで私が傷を負った時、異常なまでに激昂していたんだ。

変質者のように私を尾行していたのも影から守るためで、

私から母を奪ったという罪悪感が邪魔して、面と向き合うことができなかったのだろう。


「それなのに、俺はまたおまえが傷つくのを防げなかった。これじゃぁなんのための剣の腕だ……全てはおまえを守るために鍛えてきたというのに………………」

「………………」


先ほどの兄の剣筋を思い出し、思わず頬が引きつってしまう。

あれ程の剣術が、全て私を守るため。

たったそれだけのために、天才と持てはやされる実力を得てしまう兄がすさまじかった。

その才能や努力はもちろん、すさまじく意志が強くて、すごく不器用で、一途だと思った。

兄の思いを知って、口から感謝の言葉が零れ落ちる。


「ありがとうございます、お兄様」

「な、なんで感謝するんだ? 俺はおまえの母を見殺しにしたんだぞ!?」

「お兄様は母を助けようとしてくれたのでしょう? 結果的に母は助かりませんでしたが、あの性格の悪い母を助けようとしてくれただけで、素晴らしいことだと思います」

「だが、そのせいでおまえは衝撃を受け、変わってしまった………………」

「ええ、私は変わりました。それは事実だと思います」


肯定すれば、兄の表情が強張ったのがわかった。

私はそれを解きほぐすよう、にっこりと強く笑いかけた。


「お兄様、今の私のこと、好きですか?」

「は…………え!?」


豆鉄砲をくらった鳩のように、兄がぽかりと口をあけた。


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