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悪役令嬢、母を聞く

兄とリリアナ母の過去へんです。たぶん次くらいで終わります。


ジェラルド・ハーデスフェルト。

私の異母兄であり、黒い髪に鋼色の瞳を持った公爵家の嫡子だ。

彼を産んだのは、伯爵家から嫁いできたこの家の正妻だった。

正妻である彼女は私が二歳の時に亡くなってしまっているため面識はないが、

兄に似た繊細な美貌を持った女性で、とても心優しい性格をしていたそうだ。


「俺の母は、やさしい人だった。優しすぎたと言ってもいい…………そのせいであの女を、リリアナの母親をこの家に招き入れてしまったのだからな」


私の母のことについて語る兄の口元は、わずかに歪んでいた。

あまり表情こそ動いていないが、いい感情を持っていなかったのは確かなのだろう。


「あの女、ソーニャは男爵家の出で、舞踏会で俺たちの父に見初められたらしい。俺が5歳の時だ。そこから話は目まぐるしく進んで、気づいた時にはあの女はこの家の第二夫人に収まっていたんだ」

「それを、正妻であった兄上の母上は受け入れたのですか?」

「あぁ。むしろ急に嫁いできたおまえの母を思いやって、率先して声をかけてやっていたくらいだった」


きっと兄の母と父は、政略結婚のようなものだったのだろう。

優しい兄の母は私の母を苛めることもなく、家族として迎え入れようとしたらしい。


「……だが、あの女は違った。あの女は、全てを手に入れたいと望んでいたんだ。父の寵愛もドレスも宝飾品も、周囲や社交界からの尊敬も、そのすべてをな」

「……そして私の母は、それを成し遂げてしまった、と?」

「あぁ。俺の母が彼女に甘かったのもあるし、父が一目でほれたくらいだから、かなりの美人だったんだ。俺にもはじめは優しくしてくれたよ。でもそれも、俺の母が病で倒れるまでのことだった。すべてはあの女の計画通りだったんだ。」

「それはひょっとして、兄上の母君に、私の母が毒を何かを盛ったということですか?」

「……証拠はないが、おそらくはそうだろうな」

「ごめんなさい………………」

「おまえが謝る必要はない。すべてはあの女が悪かったんだ」


うつむいた私の頭を、ぎこちなく兄が撫でる。


「母が病で寝たきりになってから、あの女はこの家を仕切りだした。社交界に出る父に付き添いが必要だったのは確かだし、とにかく外面だけはよかったからな。だが、家の中では散々だった。気に入らない使用人をいびり倒して首にするのが大好きで、嘘やでっちあげをためらいなくばらまいていたし、俺も私物を捨てられたり足をひっかけれたり、ずいぶんとねちねちと言われたからな」

「………………」


私の母は、かなりの悪女だったらしい。

さすがは悪役令嬢の母というか、いっそあっぱれなほどのテンプレな小悪党っぷりだ。

……蛙の子は蛙というし、もし私が前世の記憶に目覚めなかったなら、

母に似た他人をいびるのが大好きな、悪役令嬢への道まっしぐらだったのだろう。


「嫌がらせは俺の母にもされていたが、それでも母はあの女を追い出さなかった。病床で妻の責務を果たせない負い目もあったんだろうが、それ以上におまえの存在があったからな」

「私、ですか?」

「あぁ。おまえは覚えていないだろうが、小さい頃のおまえは大人しくて、言葉一つ発しなかったんだ」


なんと、まさかの事実だった。

前世を自覚する前の記憶はおぼろげで、屋敷の人間に聞いても言葉を濁されてしまっていた。


「おまえの母は、いつまでも言葉をしゃべらないおまえを気味悪がって、乳母にまかせっきりで放置していたんだ。その乳母も仕事だからといやいやで、この屋敷でまともにおまえのことを考えていたのは、俺の母ぐらいだったな」

「それでお兄様も、私のことを気にかけてくださっていたのですか?」

「あぁ。あの女にうとまれていたもの同士、親近感がわいていたからな」

「………………」


優しく私を見つめる兄の言葉に、ウソの気配は感じられない。

だが、それだけでは先ほどのおかしな行動の説明がつかなかった。

無言で先をうながせば、兄は懊悩するように重い口を開いた。


「たまにおまえの様子を見て、剣の稽古に打ち込んで、学問を学んで……それは、俺の母が亡くなってからも変わらなかった。母は俺にこの家とおまえを守るように言い残して逝ったんだ。俺は母の言葉と父の期待に背かないよう、せいいっぱいがんばっていたんだ…………だから、気づくのが遅れてしまった。おまえの母は、気に食わないことがあると、おまえに手をあげるようになっていたんだ」


重い。これは重すぎる。

当時10歳そこそこの兄からしてみたら、とんでもない事態だったはずだ。

幸い私にはその頃の記憶がないからダメージは残っていないが、兄はそうはいかなかったはずだ。


「おまえがぶたれているのを見つけて、俺はとっさにおまえの手をとって逃げたんだ。もちろんあの女は追ってきた。そして俺は、あの女を………………殺してしまったんだ」

「え」


殺した?

兄が、私の母を、殺した?

重いなんてものじゃない。

衝撃の事実に、思わず意識が遠のきかける。

……いやいやちょっと待て、だとしたら兄がここにいるのはおかしい。

いくら跡継ぎの息子だとはいえ、人殺しは犯罪だ。

この国でもそれなりの刑罰が科せられることになる。

兄は無表情なだけで悪い人ではないみたいだし、私を助けてくれた事実もある。

その性格的に、人を殺して平然としていられるようには見えなかった。

それになにより、


「お兄様が、そんなことが出来るとはおもえないのですが…………」


さきほど、私は木のふりをしたつもりの不審者丸出しの兄の姿を見てしまっている。

あんな杜撰な尾行しかできない兄に、とても殺人をごまかすことのできる器用さがあるようには思えなかったので、思わず呟いてしまった。


「……そうか、おまえは俺が人を殺せない人間だと思ってくれているのか。おまえは本当に優しいな」


兄は小さく微笑みを浮かべると、優しく私の頭をなでた。

……私は兄の不審行動を見ていたから、殺人の隠蔽など無理だと思っていただけだなんて、いわないほうがいいよね、うん。


「お兄様が私の母を殺したなんて、とても信じられません。何か事情がおありなのでしょう?」

「いや、やはりおまえの母を殺したのは俺だよ。直接手をかけたわけじゃないが、俺はあの女を見殺しにしたんだ」


そうして兄は、6年前の母の死の真相を語り始めた。






今回ちょっと暗めですが、次からは明るくなる予定です。

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