悪役令嬢、剣士に愚痴る
昨日幼馴染の貴裕とした電話のおかげで、
ここが乙女ゲームの世界の中であるということがわかった。
乙女ゲームとはゲーム画面に表示された文章を読んでいき、
ところどころで表示される選択肢を選ぶことでヒロインの行動を決定し、
その結果何パターンにも展開される、イケメンたちとの甘い恋愛を楽しむためのものだ。
攻略対象たちは皆高いスペックを誇っており、極めて優れた容姿を持ったイケメン揃いなのが通常だ。
……そう、イケメンなのである。
わが兄も攻略対象キャラの例に漏れずかなりのイケメンで、
黙ってほほ笑んでいれば、多くの乙女たちが虜になること間違いなしの美貌の持ち主だ。
兄がイケメンであること自体に問題はない。むしろ歓迎だ。だがしかし、
「…………いくらイケメンだからって、あれはないですわ……」
私は背後からビシビシと突き刺さる視線の矢を感じながら、小さくため息をついた。
今いるのは屋敷の裏手にある森の中で、周りは鮮やかな緑の葉を持った木々に取り囲まれている。
そんな中、顔を伏せるふりをしてちらりと後ろをのぞいてみれば、
そこには木の後ろに隠れているつもりらしいイケメン――――兄の姿があった。
太くどっしりとした大樹の後ろを選んで隠れているようだが、
こちらの様子を見ようとして顔がはみ出してしまっているため、隠蔽効果はまるでない。
しかもその両手にはどこから拾ってきたのか長い木の枝が握られており、
ななめ上方に向かってつきだすことで、必死に擬態を行っているつもりらしかった。
……どうしようもなく間抜けな格好だが、兄は真剣だ。
こちらがついてくると無音のまま後を追ってくるし、後ろを振り返ると瞬時に隠れてしまう。
しかも、このような行動は今回が初めてではない。
私が同じように森の中で遊んでいるときや、町に遊びに行った時も、兄は背後に隠れてついてきていた。
兄が学園に通っている時期はさすがにそのようなことはなかったが、
街中で私を尾行していた時など、思いっきり周囲の視線を集めていたのを覚えている。
なにせ兄はかなりのイケメンで、どこにいてもとても目立つ。
そんな人目をひく人物が一心不乱に年下の少女の後をつけまわして睨み付けているのだから、
私じゃなくても気になるのが当たり前だと思う。
それに正直、ストーカーだと見なされても文句は言えない気がする。
「お兄様……ひょっとして、幼い少女しか愛せない人なのかしら……?」
「しっ、お嬢様。お気持ちはわかりますが、あまり大きな声で言わないでください」
「すみません」
森の散策に付き添ってくれた護衛のたしなめに、素直に謝っておく。。
私も兄の奇行には慣れてきたが、やはり気になるものは気になってしまう。
なまじ顔が整った人間がおかしな行動をすると、
存在感がある分怪しさ不審さ倍増。
気持ち悪いことこの上ないということがわかった。
「ほんと、お兄様は何がしたいのでしょうか……?」
「俺にもわかりませんね。とりあえず害意はないようなので、ほおっておかれるのがよろしいかと」
そう投げやりに答えたのは、2年前から私の護衛を担当している、剣士のリーウェンだ。
リーウェンはこの国から遠く離れた地の出身だそうで、肌の色も私やお兄様に比べていくぶんか濃い。
お兄様ほどではないがかなりの美形で、くせのない黒い髪をうなじのあたりでひとくくりにしている。
正確な年齢は本人もわからないらしいが、おそらくお兄様よりいくつか上、20前後だろうとの話だ。
「あ、やっぱり害意はないんですか」
「ええ。もしあの方にお嬢様を害する気があれば、俺じゃ守り切れませんからね」
「……堂々と負けを認めないで下さいよ。お兄様ってそんなに強いんですか?」
ため息とともに吐き出せば、リーウェンの瞳がギラリと光り、雰囲気がかわるのがわかった。
「おいガキ、勘違いするなよ? 誰が負けるって? 俺は強いぞ? おまえという足手まといが邪魔なだけだ」
「…………その足手まといを守るのが仕事なんですから、がんばってくださいよ。それにガキ呼ばわりするのはやめてください」
「別にガキなんだからいいじゃないか」
「やめてください。他の人に聞かれたらめんどうです」
「俺がそんなヘマするかっつーの」
「確かにそれもそうですが…………」
リーウェンは強い。
武技に関しては天才と称えられる兄と並ぶほど、あるいはそれ以上の実力を持ち、
人の気配や動きに対しても敏感だ。
私の護衛が彼一人なのも、ここが害獣の駆除された安全な敷地内の森だということもあるが、
それ以上に彼の卓越した剣の実力が買われたからでもある。
もともと、私の護衛候補は他に何十人もいた。
そこで父は領民たちへの娯楽もかねて、候補たちに模擬試合を開催させることにした。
――――そして数十試合におよぶ勝負の結果、ぶっちぎりで優勝を果たしたのがリーウェンだったのだ。






