悪役令嬢、兄ににらまれる
私の作品を読んでくれてありがとうございます。
おかげさまでランキング入りました。
これからも早めに更新していくので、どうかよろしくおねがいします。
あと、PNを中井かなに変更しました。
――――人類絶滅、断固反対。
私は私なりに頑張って、なんとしても生き残ってみせる――――‼
爽やかな朝の空気の中、私は無言の叫びと共に決意を新たにしていた。
今右手の中にあるスマートフォンは、私の運命に立ち向かうための唯一の武器だ。
その表面をそっと撫で、電源ボタンへと指を伸ばす。
現在の電池残量は11%ほど。
――――このまま電源を切って放置しておけば、明日の朝には20%ほどに回復しているはずだ。
――――そう祈るように信じ、ボタンを押し込んで電源をオフにする。
このスマホは私の命綱だ。
万が一にも見つからないよう、幾重にもハンカチでくるみ、引き出しの奥へとしまい込んでおく。
最後に引き出しの周りを元通りにして整えると、兄の待つ会食の間へと向かうことにする。
貴族の邸宅というのは、広い造りを持つものだ。
公爵位を持つ我が家はなおさらで、
目を覚ました自室から朝食をとる部屋までは、軽い散歩といってもいいほどの距離があった。
天井まで届く大きな窓の並ぶ回廊を抜け、たくさんの絵画が飾られた廊下を通り過ぎる。
絵画の数々は公爵家の人間の肖像画で、一番端には当代の当主である私の父のものが飾られていた。
――――肖像画の中の父は眉間に皺をよせ、厳しい表情で描かれている。
父であるグリシス・ハーデスフェルトは黒髪に灰色の瞳を持った、とても気難しい人だ。
財務大臣の地位についているため非常に多忙でもあり、娘である私も数えるほどしか話したことがなかった。
私の母であるアデリーナ・ハーデスフェルトもすでに故人でいないため、
転生してからの毎日は、メイドや教育係りたちに囲まれて過ごす日がほとんどだった。
――――しかし、今日は違う。
今日は、異母兄がいる。
異母兄のことを思うと正直気が重いが、家族であり妹である私に否定権なぞなく、
虚しく会食の間の扉が開かれていくのを見ているほかなかった。
私は一つ深呼吸して気持ちを引き締めると、食卓についていた兄へと声をかけた。
「おはようございます、お兄様」
「………………あぁ」
返ってきたのは低くうなるような言葉と、鋭すぎる視線の一べつ。
ジェラルド・ハーデスフェルト。
私の異母兄であり、黒い髪に鋼色の瞳を持った公爵家の嫡子だ。
その切れ長の瞳はわずかに細められており、強い眼光でもって私を射抜いている。
「本日は学園の方はお休みなのですか?」
「………………あぁ」
「今日はその他にご予定は?」
「………………ない」
「……そうなのですか、それはよかったです。久しぶりにゆっくりできますね」
「………………」
「………………」
たちまち会話が途切れ、沈黙がおちる。
兄は相変わらずじっと私を見つめているが…………正直言ってかなりきまずい。
なまじ顔立ちが凛々しく整って迫力があるため、余計に緊張感を覚えてしまう。
その癖、こちらに話しかけてくることもないのだから、どうにも居心地が悪かった。
「…………」
「…………」
無言の中、メイドたちが配膳を進める音だけが食卓に響いていく。
並べられたのは焼き立てのパンに色とりどりの果実、薄く切られたハムなど、
どれもおいしそうで食欲を誘うものばかりだ。
「わぁ、お兄様、プルメリの実ですわ。とてもおいしそうですね」
「…………あぁ」
再度話を振ってみても、返ってくるのは短い返事の言葉だけ。
表情も相変わらずの険しさで、じっと睨みつけるようにこちらに視線を注いでいた。
「…………」
「…………」
仕方ないのであきらめ、黙って食事を楽しむことにした。
フォークを突き刺し、口元に運び、しっかりと味わう。
パンをちぎり一口大にし、小さく口を開いて飲み込む。
…………その間、異母兄の視線が、私から離れることは一度としてなかった。
…………いい加減だんまりを決め込むのも飽きてきたため、一つ提案をしてみることにする。
「お兄様、一つお願いがあるのですが」
「…………なんだ?」
「この前お父様から本をいただいたのですが、そこにかわいいお花がのっていたのです。
それで、その花なんですが、裏の森に咲いているらしいので、私と一緒にみにいきま――――」
「駄目だ」
「え、ですけど、そんなに時間はかからな――――」
「悪いな。今日は予定があるんだ。すまんな、もう行かせてもらおう」
異母兄は鋭く言い切ると食卓をたち、すばやく外へと出て行ってしまった。
「…………お兄様の、嘘つき…………」
異母兄は先ほど、予定はないと言い切ったばかりだ。
それなのにあの態度は、どう考えてもあからさまに避けられている。
…………いや、避けられているだけなら問題はないのだ。
いくら家族とはいえ、私たちは母親が違うし、年も離れている。
七つも年下の妹など面倒なだけで、避けたいという気持ちもわかる。
しかし、それではあの怖いほどにこちらを見つめる視線の意味が、どうしても説明できなかった。
…………無関心などではない。異母兄は確かに私を見ている。
はじめは私に興味があるものの、接し方がわからなくて動けないだけかと思っていた。
しかしこちらから歩み寄ってみても断られるばかりで、一向に関係は改善されなかった。
先ほどほどあからさまではないとはいえ、予定や勉強を理由に断られ、逃げられてしまう。
「…………本当にわけがわかりませんね…………あ、もしかして」
考える内、思わず嫌な可能性にいきあたってしまう。
――――今の私に、異母兄ににらまれるような心当たりはない。
しかしその前、前世の記憶を取り戻す前にその原因があるとしたら――――?
――――私が記憶を取り戻したのは6年前、4才の時だ。
おかげで赤ん坊のころのあれやこれやを再体験することはなかったけど、
4才より以前の記憶はごくぼんやりとしか存在しなかった。
きっとその中に、今の異母兄の態度を決定づける何かがあるのだ。
――――そしてその何かは、きっと異母兄にとってよい思い出ではないのだろう。
何せ異母兄は――――
「……攻略対象、かぁ」
ジェラルド・ハーデスフェルト。
ゲーム開始時の年齢は24歳。
黒髪に灰色の瞳を持った銀狼騎士団の副団長。
そしてヒロインと彼との間の恋路には、
彼の妹である公爵令嬢、「血染めの薔薇」リリアナ・ハーデスフェルトが立ちふさがるのだから――――――
一人目のゲーム内攻略対象キャラです。