悪役令嬢、運命を知る
――――そのお先真っ暗な運命を私が知ったのは、昨日の晩、幼馴染との電話によってだった。
再び繋がったスマホに感激した私は、貴裕に今の自分の状況をあらいざらいぶちまけていた。
しかし興奮する私とは裏腹に、貴裕は訝しげに今の私の名を繰り返した。
『……リリアナ・ハーデスフェルト? どっかで聞いた名前だな……』
「え?ほんと?どこでよ?」
『あぁ、そうだ、あれは確か……。よし、春香。今のお前の家族や住んでる国を言ってみろ』
「……私が今住んでるのはグランスディア共和国で、家族は父と兄がいて、名前は――――」
貴裕に促され、私は今の家族の名前を挙げていった。
そうしていくうちに貴裕の相槌の声は沈み込み、
ついには私の声を遮ると、暗い声で呟いた。
『やはり、間違いないな。春香がいるのは、ミステリカ・ローズの世界の中だ』
「ミステリカ・ローズ?」
前世マンガやゲームが好きだった私は、その名前だけは知っていた。
≪ミステリカ・ローズ~君と奏でる恋の歌~≫
とある有名メーカーから発売された乙女ゲームで、爆発的なヒットをたたき出した作品だ。
人気のイラストレーターを起用した美麗なグラフィックに、
若手から実力派まで幅広く揃えられた声優陣、
そしてなにより壮大でドラマチックなストーリーで人気が爆発し、多くのファンやグッズを生み出した。
ファンからの愛称はサブタイトルを縮めて「きみうた」。
――――そしてどうやら今私がいるのは、その「きみうた」の舞台となる学園がある国らしい。
貴裕曰く、「きみうた」は学園ものをベースにしながらも、
ファンタジーでスケールの大きなストーリーが展開され、
主人公の行動次第では、世界崩壊エンドもありうるという――――――
「……人類皆殺しとか、ほんとしゃれにならないわね…………」
『だな。しかもそのエンド以外にも、舞台の国が滅んだり、登場人物が皆殺しになるエンドも多いからな』
「……なんでそんな無駄に悲惨な状況なのよ……」
『そのシリアスさが受けたんだろ。ゲームの中ではな』
「……………………」
今私が生きているのがゲームの中の世界だというだけでも驚きなのに、
世界そのものが崩壊してしまうなど、考えただけで遠い目になってしまう。
「しかもその中の悪役が私、とか…………」
『あぁ、今のおまえの名前や家族構成を聞くと、ゲームの悪役とまったくいっしょなんだよ』
更に憂鬱なのは、私ことリリアナ・ハーデスフェルトは物語中でヒロインの前に立ちふさがる悪役であり、
ほぼすべてのルートで殺害、自殺、廃人化といった暗澹たる未来が待っているということである。
『俺も姉貴がプレイしてる話を聞いただけで、詳しいことは知らないけど、これはかなりやばいな』
「そ、そんなぁ……。ってあれ、何これ? 電池切れそう?」
ふと液晶画面を見ると、バッテリー残量を表すマークが点滅していた。
まだ10分ちょっとしか通話していないはずだが異常に減りが早く、電池切れ寸前だった。
「ごめん、貴裕、こっち電池切れそう‼ できたらまたかけ直すから、
その時までに「きみうた」について調べておいて――――」
『おい、ちょっと待てどうし――――――――――』
貴裕の叫びが途切れ、画面がブラックアウトする。
途端に心細さが押し寄せるが、今度はまだ細い希望の糸があった。
――――――このスマホは、電池が切れていたにも関わらず、なぜかバッテリーが回復していた。
一度あることは、二度あるかもしれない。
このまま待っていれば、再び電池残量が回復してくれるかもしれない。
――――そんな私の淡い希望は、今朝の朝10%ほどに回復していた電池残量を見て確信に変わった。
回復量はわずかで、電話した際の減少スピードも速いけど、
これでまた貴裕と話すことができるかもしれない。
幼馴染の声が懐かしかったし、なによりこのままでは私は悲劇へとまっさかさまだ。
――――人類絶滅、断固反対。
悪役令嬢なんて運命、まっぴらごめんだ。
私は私なりに頑張って、なんとしても生き残ってみせる――――‼