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悪役令嬢、スマホを拾う

書いてみたくなったので、悪役令嬢ものです。


「……これは……?」


私、リリアナ・シュタインヘルツは混乱していた。

目の前にあるのは黒く滑らかな表面を持った、小さな板状の物体だ。

妙に懐かしいその物体は、こんな場所にはあるはずがない代物だ。

それは緑生い茂る森の奥の中にという意味だけではなく、この世界のどこにも――――

それこそ、大陸中を探したってでてくるはずのない物体なのだ。


「これ、スマートフォン……?」


手のひらにおさまるほどの四角いそれは、どう見てもスマートフォン、スマホにしか見えなかった。

スマホにしか見えないが、しかし、おかしい。


「ここ、異世界だよね……?」


呆然とつぶやき、空を見上げる。

そこには日本では――――地球では絶対にありえない、二つの太陽が輝いていた。

そして私にも、この世界で生きてきた、リリアナ・シュタインヘルツとしての記憶がある。



――――自分が転生を果たしたと気づいたのは、4才の時に高熱を出して倒れた時だった。

それから6年間、前世を懐かしみつつも、なんとか必死に生きてきた。

見た目も日本人だった前世とは違い、

抜けるような白い肌に青い瞳、黒い巻き毛の美少女となっている。

――――あまりに違いすぎる自身の容貌から転生したらしいということはいやでも理解出来た。

しかもどうやらここは異世界のようで、文明も中世ヨーロッパ程度のものしかなかった。

科学の代わりに魔法や不思議な道具があるらしく、生活水準や技術力はそこそこ高いようだが、

それにしたってスマホのような電子機器の存在は聞いたことがない。


「ありえない……でも、これスマホ、しかも私の使ってた機種っぽい……?」


スマホらしき物体を観察し、ボタンを押してみると、軽い電子音とともに液晶に映像が映し出された。


「わっ、嘘っ、電源生きてる!?」


映し出されたのは、猫と犬の写真。

私が背景画面に設定していた、飼い犬のミミと飼い猫のキーの写真だった。


「ミミ、キー……」


懐かしさに涙腺が緩み、湿った声がもれる。

間違いない、この二匹は間違いなく私の前世のペットで、このスマホは私の使っていたものだ。


「電波は……さすがに無理か」


画面をタップし、電波状況を確認してみるが、当然圏外。

いくつかのアプリを選択してみるが、ネット接続が必要なものはことごとく立ち上がりもしなかった。


「うー……やっぱダメか……」


ダメもとで履歴から電話を発信してみるが、呼び出し音が鳴ることはない。

念のため、登録されているアドレスを全て試してみるが、繋がることもなく。

それでも諦めきれず、110番や119番、フリーダイヤルの番号など、覚えている限りの電話番号を打ち込み、手当たり次第に電話をかけてみることにする。


「……はー、やっぱこれも無理か、ほんとなんなんだろこれ、使えないなぁ……」

『……おい、誰だおまえ?』

「!?」


不意に電話の向こうから、不機嫌そうな男の声がする。

――――繋がった!?

それに、この声はっ!?


「タカヒロ!?貴裕だよね!?」

『あぁ、俺は貴裕だが、お前は誰だ?』

「私よ私!! 今大変なの!!」

『……いや、誰だよおまえ、オレオレ詐欺かよ?』

「違うっって、私よ私!! 春香よ!!」


『……春香、だと?』


急にがくりと、電話の向こうの貴裕の声音が冷え込んだ。

前世の幼馴染として長い間一緒に過ごしてきたが、今まで聞いたとが無い、ひどく冷たい口調だ。


『冗談はよせ。どう聞いたっておまえは小学生くらいだろう。あまりふざけたことを言うと――』

「ちょっと生まれ変わってまだ子供なの!! お願い信じて!!」

『何をバカなことをいってるんだ。ふざけるのもいい加減にしろ!!』


電話の向こうで貴裕が声を荒げる。

それも当然だ。

私が貴裕の立場でもとても信じられないだろう。

……が、私には秘密兵器がある。

私と貴裕は幼馴染だ。

幼馴染ということは、一緒に長い時間を過ごしたということで、いろいろと思い出もあるわけで――――


「――――貴裕の秘密その1!! 実はナスが嫌いで、出てくるたび、ばれないよう頑張って人に押し付けてる!!」

『な、どうしてそれを――――!?』


秘密その1を暴露したとたん、疑問と驚愕に満ちた貴裕の呟きが聞こえてきた。

私はそれに構わず、次々に幼馴染の秘密を並べあげていった。


「――――続いて貴裕の秘密その2!! ちっちゃいころ戦隊ヒーローに憧れてて、オリジナルの決めゼリフを考えてたことがある!! その内容は――――――」

『わ、わかった!!わかったからそれ以上言うなっ!! おまえ、春香なんだな!?』

「そう!! 信じてくれた!?」

『あぁ、信じられないが、そんなこと知ってるのはおまえぐらいだからな……』


相変わらず電話の向こうの声は困惑していたが、とりあえず信じてくれたようだった。

本当に電話相手が幼馴染の貴裕で助かった。

持つべきものは幼馴染(の秘密の情報)である。


『でも春香、おまえ一体どこにいるんだよ?こっちじゃ行方不明扱いだぞ?』

「……そっか、やっぱそうなんだ……」


覚悟はしていたが、どうやら私は日本では死んだ、消えたことになっているらしい。

ここにリリアナとして生まれ変わって存在しているのだから当たり前だが、

あらためて前世の死を知らされると、気分が落ち込むのを止められなかった。


『……おい、春香、聞いてるか?おまえどこにいるんだよ? それにどうやって人の頭の中に話しかけてきてるんだよ? 』

「は……? 頭の中?普通にスマホで話してるんじゃないの?」


わけのわからない貴裕の言葉に、自身のスマホの液晶画面を確認してみる。

するとそこには、


「え……? 私のスマホの番号?」


スマホの通信画面に表示されていた電話相手の番号は、私自身のもの。

先ほど手当たり次第に番号を打ち込んでいた時、

記憶していた自身の番号を入力してしまっていたらしい。


「ど、どうして繋がってるの? この声、確かに貴裕だよね?」


通常、自身のスマホと通話が繋がるなどありえないが、

電話の向こうの貴裕の声は幻聴には聞こえなかったし、幻聴であっても欲しくなかった。


「ど、どうゆうこと?貴裕のとこにも、私のスマホがあるの?」

『何をいっているんだ? 俺はスマホなんか使ってないぞ? 頭の中に急に声が聞こえてきたから、それに向かってしゃべって答えてるだけだぞ?』

「??????」


ますますわけがわからなくなったが、情報を交換して整理するうち、おぼろげながら状況が見えてきた。



――――まず、あちらの世界、日本で生きていた私は消えており、行方不明扱いになっているらしい。

消えた場所は通学路の途中で、事件につながるような証拠は何もない。

現場には私のスマホが残されていたが、それを発見した貴裕が触れた際、光を発して消えてしまったらしい。

――――そして今、日本から消えたはずのスマホは、異世界に転生した私の手のひらの上にある。


「わけがわからないわね……」

『わけがわからないな。…………でも、』


電話の向こう、貴裕は小さく息を継ぎ、


『春香が生きててくれて、よかった……』

「…………私も、話せて、よかったよ…………」


今の私は春香ではない。貴族令嬢のリリアナだ。

前世の記憶こそあるが、確かにここは異世界で、私はリリアナで、でも、


「よかった、ありがとう、声が聞けて、うれしかった、それに――――っ!?」


突如スマホから鳴り響いた電子音に、思わず画面を凝視する。

そこに表示されていたのは、


「……バッテリー、切れ……?」


バッテリー容量の不足を告げる電子音が無情に鳴り響く。


「え、ちょ、やだ、う、ウソでしょっ!?」


懇願もむなしく電源が切れ、画面がブラックアウトする。

黒い液晶の画面は沈黙し、いかなる反応も返すこともなく、ただ黙って手のひらの上に収まっていた。


「そ…んな……ウソでしょ……こんなのって…………」


呟きにもかえる声はなく、静寂が液晶画面に跳ね返されて落ちていった。


――――こんなのってない。

生まれ変わって、異世界に来て、スマホを見つけて、それなのにバッテリーが切れて話せなくなって、


「ひ、ひどすぎるよ―――――っ!!」


希望が見えた瞬間に取り上げられ、踏みにじられて。


――――あんまりな仕打ちに、ついに私の涙が決壊した。

わんわんと声を出して泣きわめき、体を丸めて嗚咽をあげ、号泣する。



――――――前世の記憶を取り戻した時以来、久しぶりに私は大泣きし、

――――――そしてそれから10日程後、スマホのバッテリーがなぜか回復していることに気付き、

驚愕と共に幼馴染との通信を再開することとなるのである。








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