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望郷  作者: 日向夏
2/4

2 情夫と隊商

「この街も飽きてきちゃった」


 ゼルの予想通り、数日も経たずガーネットはそんなことをこぼした。

 二人は酒場兼食堂で夕食を食べていた。


 ガーネットは羊皮紙を取り出す。それには、この街付近の地図が描かれていた。長い指先で目的地をさす。


 ガーネットの指さす先は、内陸側にある。砂漠を越えなくてはならない。

 

「どうする?」

「定期的に隊商キャラバンが組まれるの。さっき、商工会ギルドで知らべてきた。あっ、おねえさーん。おかわりちょうだーい」


 木製のジョッキをかかげて、ガーネットが手を振る。


(手際がいいな)


 街を出るのは決定事項で、ゼルには選択権がない。


 ゼルは、なにも言わず円卓テーブルの干し肉をつまむ。


 店の給仕ウェイトレスは呆れた顔をして、がに股になりながら酒樽ごと持ってきた。ガーネットは目を輝かせて、泡立つ酒をジョッキに入れる。何杯目になるかわからない麦酒ビールをあおり、白いひげをつけたままおっさん臭い息を吐く。


 周りの客があまりに勢いのよい飲みに感嘆の声を漏らす。くびれた身体のどこにおさまるのかわからない。本当に規格外な女である。


 ゼルの稼ぎでは、ガーネットの酒代すら稼げそうにない。

 まったく呆れてしまう。


「まだ飲むのか?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。今日は、休肝日なのよぉ」


 酔っぱらった口調にも聞こえるが、顔色は変わっていない。常に酔っぱらっているようなアル中女だが、実のところ本当に酔っぱらっているのかゼルにもわからない。


「おまえ、休肝の意味わかってないだろ?」

「麦酒はお水みたいなものだものぉ。蒸留酒以上でなければお酒じゃないの」


と、ジョッキを空にする。


 ゼルは開いたままの地図を丸めると、帯に挟んだ。


「よお、ねえちゃん、良い飲みっぷりだな」

「あら。ありがと」


 ガーネットはまたどこかの男たちに話しかけられていた。風貌から船乗りだろう。

 相手もざるらしく、早飲みを仕掛けてきた。


「おい、にいちゃん。ねえちゃんちょいと借りてもいいかい?」

「ああ。ほどほどにな」


 腕に刺青を入れた男がにやにやした顔でこちらを見る。


(またやるのか)


 ゼルは呆れた顔で頬杖をつき、やる気なく眺める。


 ガーネットと男の一人が、並んでジョッキを掴んでいる。


 まあ、自分を担保にした賭けである。よくやるものだ。ちなみにゼルは、ガーネットが負けたところは見たことがない。

 

(夕飯代は浮いたな)


 信じられない酒代を請求されるだろう船乗りたちに、ゼルは小さくお辞儀をした。


(金足りるといいな)


 先日は、金が足りず身ぐるみはがされた男たちがいたことを思い出した。見ていて哀れで仕方なかった。






 ゼルは、小遣い稼ぎ程度の仕事の合間に、必要なものを買い揃えた。

 とはいえ、買うものといえば、携帯食と水くらいである。ガーネットが水の代わりに蒸留酒を買おうとしたので全力で止めた。砂漠で水無しは自殺行為だ。


 隊商に加わるには、いくつか手続きがいる。

 元々、盗賊団に襲われる被害を減らすための組織である。身元がしっかりしていないと、盗賊の一味が隊商に加わるかもしれない。

 雇った用心棒が裏切ることなど珍しくない話である。


 ガーネットは、南門の集合場所につくと、


「はい、これ」


 と、複雑な模様の焼き印の入った板を渡した。商工会ギルドの印だ。それなりに信用のおける札と言える。


(準備がよいことで)


 どうやって手に入れたといえば、話は長くなるだろうし、はぐらかされるだろう。

 ゼルは財布の中に入れて懐におさめた。


 ガーネットは隊商の隊長らしき男のところへ行き、手続きをして前払い金を払う。

ラクダを一匹借り、用意した荷物と水をのせる。

ゼルは、よだれを引く口をラクダが近づけるのを避けながら、荷物をくくり付ける。


 ゼルたちはいつもの恰好の上からさらに外套マントを重ねる。腰には、水袋を二つと短刀を下げる。


 隊商の規模は五十名ほど。そのうち、五名ほどはいかつい恰好から用心棒だろう。


砂漠と言ってもほとんどがれき砂漠なので、商人たちは荷車をラクダで引かせている。


(子どももいるのか)


 ほろ付きの車から小さな顔が二つ、こちらをうかがっている。

 きらきらとした目がこちらを向いているので、ゼルは口元が緩みそうになった。


(いかんいかん)


 頭を振り、表情筋を堅くして眉間にしわを寄せる。


 子どもは、強張ったゼルの表情に眉根を寄せるとほろの奥に隠れてしまった。

 

 ゼルは思わず手が伸びて、それに気が付きすぐ引っ込める。


「もう、素直になればいいのに」


 ガーネットがにやにや笑って、ゼルを小突く。


「なんのことだ」


 ゼルは、眉間のしわをさらに深くした。






 砂漠越えは簡単なものじゃない。

 ゼルは、身に染みてわかっていた。


 広大な赤い砂漠は、大陸の半分以上を占めるという。乾燥した大地と無縁の生活をおくる人間など、この世界の人口の十分の一以下である。遠い、海とともに暮らす異国の民か、それとも失われかけた技術にすがる帝国の人間か。


 喉が少し乾いたと思ったら、腰に下げた水を飲む。獣の皮の匂いが染みついて臭いが仕方がない。

 太陽が南中する前に水袋の中が空になったので、ラクダに積んだ樽から水を入れる。


 目論見の甘い若い用心棒は、金を払って商人から水を買っていた。


 ガーネットは、目元を残し、顔を布で隠していた。賢明な判断だろう。既婚女性を装っておいたほうが色々便利なのだ。


 砂漠にはいろんな迷信がある。一応、まだ若い部類に入るガーネットは、厄介事に巻き込まれやすい。もちろん、本人はそれをうまくすり抜けることができるだろう、しかし巻き込まれないならそのほうがずっといい。


 一日目の夜は、バオバブの群生で野営をはることになった。


 太い幹を持つ奇妙な形の木は、乾燥地帯で貴重な水資源となる。


 ゼルは短刀でバオバブの幹を傷つけると、そこから流れる水を空になった水袋にためる。ガーネットから皮袋と樽を受け取ると、それにも水をためる。


 さきほどの若い用心棒もそれを真似るのはよいが、幹の根元に大剣を突き立てたので水が大量にあふれ出た。

 水はもったいないし、あんな扱いでは木が枯れてしまう。この貴重な木は、何百年も経たねばこれだけ大きくならない。


「ゼル」


 ガーネットが呼ぶので振り向いて見れば、さきほどの子どもが二人、皮袋を持って立っていた。

 

 ゼルは、できるだけ表情がでないように気を付けながら皮袋に水を入れてやる。


「あ、ありがとう」

「お、おう」


 子どもがぱたぱたと走り去ったところで、表情が緩む。


 ガーネットが呆れたようにこちらを見る。


「ほんとに不器用よね」

「……うるさい」


 ゼルは、しだれかかってくる相方をはねのける。


(小動物が可愛いのは当たり前だろ)


 ゼルはラクダに水を飲ませると、荷物から毛布を取り出してガーネットに投げる。日が沈み気温が急激に冷えてきた。


 空には星が輝き始めていた。






 食事は朝夕二回。払った代金に簡単な食事も含まれている。干し肉を浮かべたスープと干しナツメを食べ、足りない分を買っておいた携帯食で補う。


 それを五日ほど続けると、目的地が見えてきた。

 砂嵐にあわなかったので、予想よりもずっと早く到着した。盗賊に遭遇しなかったのも幸運だ。これで後払いの金は半額ですむ。


 目的地の街は、街というより都市というのが正しかろう。

 巨大な礼拝堂の輪郭が見える。

 宗教都市という名前にふさわしかった。






「おっきいわね」

「ああ」


 正門から街に入ると、巨大な礼拝堂が迎えてくれた。半球型の屋根と尖塔が独特の輪郭を作り出している。街の一番奥にあるにも関わらず、手前の建築に隠れることなく見える。

 正門から礼拝堂までが大きな通りになっており、店がのきを連ねている。絨毯や装飾品、果実や串焼きの屋台がある。


 道楽好きのガーネットが目を輝かせないわけがない。

 ゼルの腕を引っ張る。


「おもしろそうね。早速、観光しましょ……」

「おい、にいちゃん」


 ガーネットの言葉が遮られるように、隊商の隊長に呼ばれた。


「おまえさん、力ありそうだから、ちょいと手伝ってくんねえか。金は払うからよ」

「どんなことだ?」


 ガーネットが頬を膨らませながら、こちらを見ているのを無視する。


「あいつら使うつもりだったんだが、役にたたねえや。荷運びは仕事じゃねえってさ」


 隊長が指さした先にいるのは、用心棒たちだった。あくびをしながら、荷運びの様子をただ見ていた。


 ゼルは眉間にしわを寄せながら、言われた通りに荷を運ぶ。大きさの割に軽いものは布、樽は酒だ。軽いものは、女子どもに任せて、樽や木箱を率先して運ぶ。


 ガーネットは不機嫌なままで、木陰に立っていた。


(こっちにも矜持というもんがあんだよ)


 ゼルを甘やかしたいガーネットと、それでは駄目だと思うゼル。

 働くことで機嫌を損ねるなんてまったくおかしな話だ。


 と、考えているうちに荷は一番大きな木箱だけになった。


 ゼルは腰を据えて持ち上げる。


「ひゃうっ」


(あれ?)


 奇妙な鳴き声が聞こえた。どこから聞こえてきたと思えば。


(この中か?)


 そういえば、木箱は随分持ちにくい。ずっしり荷物がつまっているのではなく、重さが分散して持ちにくいのだ。


 ゼルは首を傾げながら、一度、荷物を地面に下ろす。


 そっと、蓋を持ち上げる。


「……」

「……」


 そこには、子リスのような目が二つ輝いていた。


「……こんにちは」

「……お、おう」


 ゼルはつい間抜けにも返事をしてしまう。


 木箱の中には、年端もいかない子どもが座っていた。

 なぜ、そんな場所にいるのか、ゼルにはわからない。ただ、ぽかんと口を開き、じっと子どもを見るしかなかった。


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