第5話
「アキー、ついて来てるかー?」
「……ああ」
不機嫌なアキは今、すっかり元通りな父と一緒に森の中。つい一時間前――昼過ぎに家を出てきた。
エリルは周りを森に囲まれているため、少し街のはずれまで来ると、そこはもう緑生い茂るケモノのテリトリーなのだ。
やはりカイは許しが出ず、アキは父とふたりきりのこの状況にかなりイラついていた。
腰のベルトには、少し小ぶりだが、本物の銃がさしてある。
これは朝、父に渡された物で、“自分の身は自分で守れ”ということらしい。
まったく、実の息子に何を言っているのだろうか。
「その銃、いつでも撃てるようにしとけよ?ケモノがいつ襲ってきてもいいように」
と言う父は大型のライフルを背負っている。
エリルでは、ケモノ狩りの許可を得ている者のみ、武器を持つことが許されている。アキは父が同行している、という理由で街の許可がおろされていた。ケモノ狩りに行くには街の機関への届けが必要なのだ。
「ここだ。父さんが前に黒ウサギを倒したのは」
「……ふーん」
ここで、ひとつの命が失われた。
それも自分の父の手によって。
そう思うと、無意識に息が詰まった。
「洞窟と広場…。……家と庭みたいだ」
主を失った家と庭は必要以上にがらんとして見えた。
「じゃあ、父さんは早速行ってくる。アキはどうする?」
「あ、…一緒に行かなくていいんだ」
「来るか?」
父はアキの呟きには全く興味を示さず、銃を担ぎ直した。
「ひとりで、頑張る」
アキがそう言うと、父は満足そうに、頑張れと頭をぽんとして去っていった。
父の背中が隠れて…現れて…今、見えなくなった。
アキはそれを確認すると、広場の中をぶらぶら歩きだした。
ついてこいと言われなかったのは、ラッキーだった。これで、どうだったか訊かれても、駄目だったとそれだけ言っておけばいいからだ。
と、言っても…父は当分帰ってこないだろうし、時間がありすぎる。
――ふいに腰の銃に手が当たって、その存在を思い出す。
引っ張り出してじっくり眺める。
「父さんに使われなくてよかったな」
使われてたら、お前はケモノを殺してた。
「…って、銃に話しかけるとか、俺はバカか」
銃をぽーんと高く放り投げた。
予想以上に高く投げすぎて、なんとかキャッチしてから、ほっと息をつく。
「…よかった、ロック掛けてて」
今日の俺、おかしいと自分で思ってから、アキは再び銃をベルトに納めた。
そしてまた、広場の中を歩きまわる。
――そんなアキの行動を見ている人物がいた。
「何やってんだ?あいつ…」
洞窟の中から素早く走り出た男の子は、白い帽子を飛ばないように両手で押さえ、木の影へ隠れた。
「へんなやつ…」
アキはそんなことには全く気づいていない。
「なんで、こんなところにいるんだ?」
男の子はパッと隣の木へ移った。
そうやって少しずつアキに近づいていく。
「ヒト、だよな…?」
――と、突然激しい風が駆けてきた。
この時期に吹くことは滅多にない風だ。
「ぅわっ…!」
だから、男の子は油断していた。
「……あっ、な、ない!」
風は見事に男の子の頭から帽子を奪い取っていったのだった。
――アキもまた、この風の強さにおどろいていた。
「すごい風だな。夏なのに」
周りの木がざわざわと音を立てる。
風は一瞬で通り過ぎて行ったが、広場には瞬く間に木の葉が散らばった。
アキの周りにもたくさん。
そのうちの一枚を拾い上げて、何気なく指で弄ぶ。はらりとその葉が落ちた時、アキはふと気づいた。
「…白い…なんだ?」
遠くの地面でなにか白いものが動いていたのだ。
一定の間隔で動く、白い鳥のようにも見えた。
好奇心には勝てなかったアキ。もし鳥ならば、とゆっくりと白い物体に近づいていった。
近づいてみると、それは鳥などではなく、白い帽子だった。
「こんなところに帽子?誰のだ…?」
手にとってみると、それはサイズも小さく、アキよりも小さな子のもののようだ。
「…に、しても…」
男の子はその様子をすべて見ていた。
「オレの帽子…!」
あれがないと大変だ。
「あっ」
見れば、広場の少年は帽子を片手に持ったまま、歩いて行ってしまうところではないか。
「ど、どうしよう…!ま、まずいぞ」
わたわたとあわてていた男の子だったが、アキが行ってしまうのを見ると、諦めたように木の影から飛び出した。