第3話
その日の夜だった。
アキがリビングのソファでひとり本を読んでいると、父さんが急にこう言ってきた。
「アキ、明日は一緒に行ってみないか?」
「どこに」
分かってはいた。
でも、わざととぼけてみせた。
行きたくないから。
「ケモノ狩りにだよ」
「行かない」
瞬間で断って、読んでいた本に目をおとす。
と、言っても内容は全く頭に入っていない。
ケモノ狩りに行くかだって?そんなものに行ってたまるか!
ケモノ狩り――普通に考えれば、街を守るための正義の行為かもしれない。でも、こんなの間違った正義だ。
アキの言い分だ。言ったことは一度もないが。
同じ人類を差別して…殺して…これが許されるのだろうか。
「俺はそんなこと、したくない」
「なんだと?」
「ケモノ狩りなんてしたくない。カイをつれて行けばいいだろ」
めったなことでは熱くならず、父の言うことは聞いておけば後でめんどくさいことに巻き込まれない…そんな考えの持ち主のアキでも、こればかりは譲れない。
「カイはまだ小さい」
「それならひとりで行け」
「でもな、父さんが引退したらケモノ狩りをするのはアキなんだぞ?」
父はアキの隣にどっかり座った。
「俺はやらない」
「何を言ってるんだ。エリルを守りたくないのか」
「ケモノが街を襲うとは思えない」
父が口を閉ざした。
どうやら、相当イライラしているらしい。組んだ腕や、貧乏揺すりから、それが分かる。
「とにかく…行かないから」
本を置いて立ち上がる。
今は部屋に逃げ込もう。それがいい。
「待ちなさい、アキ」
ソファが軋む音がして、大きな手に腕を捕まれた。
父の握力は無駄にある。
しかも気が立っているせいで力が込もっている。アキは静かな痛みに顔をしかめ、ため息をつきながら振り返る。
「何……」
「いい加減にしろッ!」
今度は頬に激しい痛み。
「な………っ」
痛みの原因を理解したのは、ガタッとソファテーブルにぶつかって尻餅をついてからだった。
見上げると、父が拳を握って仁王立ちしていた。
そうか…父さんに殴られたのか…。
あまりにも突然のことにアキはぼーっと父を見た。
「うちは代々ケモノ狩りをしている。それをお前の代で廃れさせる気か!?」
アキを現実に引き戻したのもやはり父。
「……それでも」
「なんだ」
「…やっぱり、間違ってると、思う…」
こんな父は初めてだった。
いつもはバカなこと言って、母に怒られて、それでもやっぱり懲りないで…にこにこ笑ってるのに。
「なんで、そう思う」
「……ケモノは俺達と同じ、人間…じゃないか」
「なんで、そう思う」ふと父が思い直すかもしれないと、僅かな可能性に期待してみたが、父はさも可笑しそうにわらうだけだった。
「同じだと?あいつらと街の者が?」
思い出した、というように殴られた頬が痛みだした。
もう、少しの期待も出来なかった。
「…あぁ」
「そんなわけがない!あいつらは化け物だ」
「…………………」
もう何を言っても無駄だ。
長い沈黙ののち、アキは痛む頬を押さえながら立ち上がった。
「明日…行くよ」
「当たり前だ」
歩き去ったアキの後ろで、父は満足気に頷いた。
よろしくお願いします。