第25話
サクヤ編が終わりに近づいてるなーとなんだか寂しく感じる。
どうしよう。
今目の前で、あの日のように、私の目の前で。
―――いや、今度は違う。お姉ちゃんじゃない。ヒトだ。
私の敵だ。
もしあの子が落ちても私にとっては何も問題ないはず。むしろお姉ちゃんの敵がとれるのでは。
だけど。
胸の辺りが重く苦しくなる。
"―――もし、もしね。亜人とヒトが一緒に暮らせるような日が来たら…"
お姉ちゃんはよく言っていた。
そんなお姉ちゃんが本当にあの子が落ちることを望んでいるの?
"サクヤはヒトと、仲良くね"
だけど。そんなのは無理だ。嫌だ。
だってお姉ちゃんはヒトに殺された。
"あ、こら。ちゃんと話を聞きなさい。――――同じ人間なのよ。亜人がヒトを怖がるように、ヒトも亜人が怖いだけ。…亜人が怖くないってことをちゃんと知ってくれれば、きっとこの世界の常識は変わる。…サクヤ、街や市場でお買い物したいって言ってたことあるよね。お姉ちゃんはね、そんなに遠い未来じゃない気がするなぁ…。変えてみせようよ、ね。私たちの世代で…"
…そういえば、あの時の私はなんと答えたのだったろうか。
『変えてみせます』
『サクヤがまた笑えるようなエリルにしてみせます』
同情じゃない、俺の意思で。
ふいに駆け抜けるアキさんの言葉。
ずっと暗かった視界がさっと晴れていくような気がした。
―――そっか。
そのアキさんは今崖のそばで必死に手を伸ばしあの子の名前を呼んでいる。
ミナト君を呼んでくる?
きっと間に合わない。
―――わかった、お姉ちゃん。
私が今従うべき意思。
桜の髪留めに触れる。
木の後ろから一歩前に踏み出した。
私は氷桜リスの亜人、私なら助けられる。
変えよう、私たちの世代で。助けよう、私の意思で。
「サクヤ…!?」
サクヤはヒトの前なのに耳を隠そうとせず唇を噛み締めていた。
「なんで…」
「うわっ…ケ、ケモノ…!?」
慌てて逃げ出そうとした男の子をアキは咄嗟につかまえた。
「ここで見てろ」
「…え……」
サクヤはアキに大きく頷くと崖の前に立った。いた、あの子だ。
崖には何箇所か岩が飛び出している場所があり、足を置ける面積は小さいがなんとか降りられそうだった。
思い切って空中に踏み出して、右足、左足と岩を踏み少しずつ女の子に近づいていく。
崖の上からサクヤの姿が見えなくなる。
「頼んだぞ…」
「なんでケモノが、助けてくれるの…?」
地面にぺたんと座って泣き続けている男の子にアキは笑いかけた。
「同じ人間だからだ」
そのころサクヤは女の子がいる岩の上にたどり着いていた。
倒れていた女の子を抱えあげる。
ここまでは来れた。問題はどうやってあそこまで上がるか。
「あ…」
腕の中の女の子が身じろぐ。
うっすらと焦点の合わない目を開けてこちらを見ていた。
「…お姉ちゃん…」
サクヤは答える代わりに女の子の手を握ってやった。
「……ありがとう」
女の子はまた目を閉じた。
助ける。
女の子を抱える腕に力を込めて、あいた手で岩を掴んだ時、崖の上から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
そして崖の上に顔がのぞく。
「よくやったな、サクヤ」
ミナトが隣にとんと下りてくる。
サクヤから女の子を受けとると再び上へと跳び上がった。
さすが黒月ウサギの亜人、私とは脚力が違う。サクヤも下りてきたときのように岩を使って崖を上っていった。
「おかえり」
リオも待ってくれていた。
一緒に立っているのは大人を呼びに行った男の子だ。
男の子ふたりは助かった女の子を横にするとわっと駆け寄った。
「小屋を見つけたんだろう。急に飛び込んできてな」
フードをかぶっているのはそのせいか。男の子が来る前に音や臭いで気づいたのだろう。
ミナトも帽子をかぶっている。
サクヤは自分は耳をさらしたままだということも忘れて座り込んだ。
「疲れたか?」
一度頷く。
と、男の子たちが声をあげた。
女の子が目を開けたようだった。
ありがとうございました。