第19話
『私はいつも、リオさんとこうやって話をしています』
丸い小さな字が流れるように文章を造っていく。
「面倒くさくねぇの?」
ミナトが余計な口を挟むと、サクヤは首を横に振って否定したあと、また白いページにペンを走らせる。
『大丈夫です。リオさんはきちんと聞いてくれます』
よく見るとサクヤの指は赤くなっていた。
いつもこうやってペンを握っているからだろう。
「…質問、いい?知られたくないなら、いいから」
聞いておきたかった。
初めて見た時から感じていた。サクヤという少女は何か、不安定な何かを抱えている。そうでないならば、自分はともかくミナトまで恐れる必要はない。
サクヤが頷くのを確認してアキは口を開く。
「サクヤが話せないのは、生まれつきじゃないよな?」
ペンを持つ手が震えた。
「俺の推測だけど」
訳がわからないといった風にぽかんとしているミナト。
『それは』
その後の文字が綴られることはなかった。
震える手から落ちたペンが音を立てて机に転がる。
サクヤは涙をためた目でアキを見つめていた。
―――――――
小屋のそばの井戸から水を汲んでいたリオは、ふと中の様子を見て舌打ちをした。
――サクヤの様子がおかしい。
怯えたように後退り、それでも必死に何か言おうとしている。しかし、それは音にならず、口を動かすだけ。
「アキでも、駄目なのか…?」
リオは水の入った桶を提げ、早足で小屋に戻った。
「何をしているんだ?サクヤ」
サクヤはリオの姿をみとめると、思い出したかのように再びテーブルに近づくとペンを拾い、乱暴に何か書き留めた。感情の読み取りづらいサクヤだが、その時は唇を噛み締め、怒っているようにも見えた。
書き込んだページを破り、アキに見られないように気にしながら小さく折り畳むと、押し付けるようにリオに渡し、自分は小屋を出ていった。
「なんだなんだぁ?」
状況が理解できないミナトは間抜けな声をあげる。
「俺があんな質問したからだよな」
それでも聞いておきたかったのだ。逆に怒らせてしまったが、力になれるかもしれないと思っていたから。
アキの横にリオが立った。
先程の破られたページを広げ、裏返しにして置いた。
「見るか見ないかはアキの自由だ。私はサクヤを追ってくるからな」
ドアがまた開いて閉じた。
「どうする、アキ」
「…………」
窓から入ってくる、夏の昼の日差しがサクヤの紙を照らしていた。
サクヤは見られたくないようだった。
「見ちゃえば?リオも見るなとは言ってなかったしよ。むしろ見ていいってかんじだったぜ?」
紙をちょいちょいつつきながらミナトが言った。
アキは迷っていた。
これを表にすれば、サクヤの抱えている真実がわかるかもしれない。
でも。
「俺は…直接サクヤから聞きたい。…今すぐには無理だろうけど」
「ふぅん。かっこいいこと言うね、アキのくせに」
「…なんだよ、それ」
「なんでも?…あー、サクヤ可愛かったもんなあ」
「!!」
耳を掴んでやろうと手を伸ばすと跳ねて避けられた。ミナトはその場で何回か跳ねて挑発すると外へ駆け出ていった。
「こら待てっ、ミナト!」
アキも後を追って小屋から走り出る。
「めっずらしー!アキが慌ててるー!」
「止まれよ!その鬱陶しい耳、結んでやるから!」
「ぎゃーっ!」
小屋から声がどんどん遠ざかっていく。
紙はそのままテーブルに残された。
窓からの風が滑るように入ってきて、その紙をテーブルの下へ飛ばした。
紙は小屋の隅で、ふわり、と裏返る。
『お姉ちゃんに会いに行く。私はどうすればいいの?こんなヒト初めて』
ちょっと頑張ってます。