第2話
「アキ!」
「ん?」
帰路の途中、後ろから声をかけられた。
聞いてうんざりするような高い声。それも、よく聞く。
「何してたの?」
振り返ると、大きな紙袋を抱えた男の子がにっこりしていて、アキはやっぱり…と呟いた。
「――カイ」
「またお友達とお話?」
「…ちょっと、な」
「もぉ、おかげで僕の仕事が増えたじゃないかっ」
カイはアキより五歳下で10歳の弟だ。
女の子のような名前のくせに無愛想なアキに対して、カイは誰にでもすぐなつき可愛がられる便利な性格である。
「これ持って」
紙袋を無理矢理アキに押しつける。
「なんでだよ」
「僕、疲れたから。アキはお兄ちゃんでしょ」
渋々受けとると、やけに重い。
触った感じも固かった。
「なに入ってるんだ?」
「お父さんの武器とかだよ。ケモノ狩りの」
「ケモノ狩りって…また行く気なのか?」
カイは目を輝かせている。
カイは父のケモノ狩りに憧れを抱いているのだ。僕もお父さんみたいになりたい、と。
「うん。お父さん今度はもっと強いやつ倒してやるって言ってたよ」
「……ふーん」
紙袋を揺するとガチャガチャと金属のぶつかる嫌な音がした。
おそらく銃などが入っているのだろう。
カイにこんなものを買わせるとは。素直に買いに行くカイもだが。
「最近ハマり過ぎだよな」
「でもケモノ狩りしてるのって、エリルでお父さんいれて3人しかいないって。だからエリルを守るにはお父さん頑張らないと!」
アキはふぅ…と長い溜め息をついた。
「ケモノが街を襲ったことなんかないだろ」
―――家に着くとカイが玄関を開けてくれて、アキは中に入った。
奥の部屋から話し声がする。
「父さん、いるのか?」
紙袋を抱えたまま奥の部屋に向かうと、いいにおいが漂ってきた。
母が昼食を用意してくれているのだろう。
このにおいは…アキの好きなスープだ。
部屋に入るとやはり父がいて、なにやらご機嫌だった。
「ただいまーっ」
「…ただいま」
「お帰り。カイ、アキ。ああ、アキ、それは預かろう」
父は机の上に何か黒い物を並べているところだったようだ。
「ふたりとも座って。これを見てごらん」
父に促されるままに、アキは机に着いた。
カイもアキの隣に座る。
――と、そこへ母が食事を運んできた。
「今日はアキの好きな卵のスープよ」
黒い布のようなものを鬱陶しそうによけながら、母は料理を並べていく。
「おい、これは貴重なものなんだぞ。そんなふうに扱わないでくれ」
「はいはい…、知ってるわよ。でも、そんなものを机に並べないでちょうだい。これからご飯なのよ」
貴重なもの?そんなもの?
目の前の黒いコレはいったい何なのだろう。
母も椅子に座り、家族4人がそろった。
アキが布の正体を探りながらスープを口に運んでいると、父が急に席を立った。
「アキ、これが何かわかるか?カイもだ」
そして黒い布をひらひらさせる。
よく見ると、布の表面は柔らかそうな毛に覆われていて艶々と光っている。
思わず触りたくなってしまう、そんな不思議な輝きをその布は持っていた。
「いや…知らない」
「僕も。あっ!お父さん、お母さんに内緒で高い布買ったんでしょ」
カイが言うと、母は大きな溜め息をついた。
「残念だけど、私はそれが何なのか知ってるわ。それはねぇ…」
「言うな。お父さんから言わせてくれ」
なぜか嫌な予感がしたが、アキも黒い布の正体が気になって料理を口にするのをやめた。
――時は昨夜までさかのぼる。
16時間前。つまり昨日の午後8時だ。
「たっだいまー」
父がやけに高いテンションとともに帰ってきた。
うっかり鞄をぶつけ、大事にしている『ケモノ狩り許可』の額が倒れても気にしないほどに。
「どうしたの?お父さん」
「カイ、聞いてくれ!お父さんは遂にやったぞ!」
「?」
その騒ぎを聞いてアキも父を迎えに出た。
「なんか、あった?」
「アキ!父さんな、遂にケモノをしとめることに成功したんだ!」
「………え」
「黒ウサギのケモノだ。ケモノはもう業者に渡してきたから、見せるわけにはいかないが」
父は、でも明日には必ず見せてやる、そう言って自室に行ってしまった。
「アキ!お父さん凄いんだね」
カイはそうはしゃいでいたが、アキはどうもすっきりしなかった。
胸の辺りがもやもやするような、そんな気分だった。
「それ…昨日言ってた…」
「そうだ。朝、業者に無理言って貰って来たんだよ」
と、いうことは…これは。
「ケモノの耳、か?」
黒ウサギの耳。
それで作られた毛皮は、漆黒の輝きを持っていた。
「凄いだろ?肉食動物のケモノじゃあないからそれほどでもないが、街から金も貰えたんだぞ」
「………どのくらい」
「2000リンと少しだ」
2000リン、安い服が2、3着買えるくらいだ。
そんなに大した金額ではない。
「お父さん、ケモノってどんな格好してるの?」
カイが興味深そうに目を輝かせて質問する。
「ん?ケモノはな、カイやアキと同じような姿をしているんだ」
今日、仲間達も“人間の姿をした化け物”そう言っていた。
エリルに住む者なら大人でも子供でも知っている、こんな話がある。
この街の周りの森には、動物の耳を持つ化け物が住み着いていて、街を襲おうと狙っている。今は息を潜めているけれど、いつかきっとエリルを襲撃してくる。――と。
その化け物は“ケモノ”と呼ばれている。
そして、そのケモノを狩るのがアキの父の仕事だ。
「ただ、ケモノにはカイみたいな耳はついていなくて、頭に動物の耳がはえているんだ」
「……じゃあ…」
「どうした?アキ」
「それじゃ…父さんは俺達と同じ姿のやつを殺したってことか?」
耳だけは違うが、外見は人間と変わらないのに。
「何を言ってるんだ、アキ。ケモノはケモノだ」
「……そういうもんか?」
そうは言っても、やはり気分は晴れない。
食べるのを忘れていたスープは、冷たく冷えていた。