第18話
後ろにウサギ、上方の木にはリスを引き連れ、三人はようやくリオの言う“小屋”にたどり着いた。
小屋と言うよりは、平屋のログハウス、そんな印象を持った。屋根には煙突、古くなってはいるものの、どことなくおとぎ話に出てくるような家が思われる。
リオが木製のドアに手をかける。
しかし、どうやら中から鍵がかかっているようだった。
数度ドアを引いてリオは息をつく。
「私だ。帰ったぞ」
ドアに駆け寄ってくる足音が聞こえた。“小さな女の子”だろう。
「…?」
そこにいるのは分かっているのに、いっこうに鍵が外れない。
アキが来ているのを知っているからだろうか。ここに着いたときにはいて、いつの間にかいなくなっていたリスたちをアキは思う。
「大丈夫だ、だから開けてくれ」
カチャンと軽い音がした。
足音が離れていく。
「さあ、入ってくれ。遠慮はいらない」
リオについて中に入ると、外見を裏切らない造りだった。質素ながら、すべて木製に統一された室内は、日の光を光源にしているのもあってか、落ち着く雰囲気を醸し出していた。
ただ、家具などが必要最低限のものしか置かれていないのが気になる。
「隠れていないで、こっちへおいで」
先程から柱の影に隠れて、こちらの様子をうかがっている少女。
薄い茶色をした長い前髪が表情を隠してしまっていた。
「リオ、あの子?」
「そうだ。すまないな、初めてのことで驚いているようだ」
「オレが連れてくる、同じ亜人だし」
ミナトが近付いていくと、柱に慌てて隠れる。実際は隠れきれていないのだが、少女は震えながら柱にくっついていた。
「安心しろよ、オレお前の仲間だから」
黒い耳を揺らしていると少女はようやく顔をあげた。
「お前、何の亜人だ?」
年上のはずの少女に同等に話しかけるミナト。それでも少女は小柄らしく身長はミナトとほとんど変わらなかった。
「…………」
自分の小さな獣の耳を引っ張る。
桜色のそれは、さっきまで嫌というほど見た耳と同じ色をしていた。
「氷桜リス?」
こくっと一度頷く。肯定らしい。
「じゃあ、名前。名前は?オレはミナトな」
で、あっちがアキ!とこちらを指差しているミナトと向こうで彼女は戸惑っているようだったが、ふいに俯いてしまった。
何か言いたげにミナトを見て口を開いたが、すぐに閉じてしまう。
「さすがに名前は当てられねぇよなー」
ここでリオが前へ出た。
ずっとアキの隣でミナトと少女のやり取りを見ていたのたが、急に真剣な表情になっている。
「――その子は、話すことができない」
「「え?」」
ミナトと声が重なる。
ミナトは少女を見てぽかんとすると、こちらへ戻ってきた。その代わりにリオが少女に歩み寄る。
「すまない。ミナトとなら、もしやと思ったんだ」
リオは俯いたままの少女の前髪をさらりと分ける。涙で揺れる、大きな瞳がのぞいた。
アキがそちらに目をやると一瞬視線が交差した。が、少女のほうからそらされてしまう。
「名前はサクヤだ」
目をそらされて唖然としていたアキは、リオの声で我にかえった。
「サクヤ…」
少女――サクヤはその場で小さく頭をさげた。前髪がまた表情を隠してしまう。
「私もな、最初は驚いたよ。聴力を失って話せなくなることがあるのは知っていたが…ただ言葉だけをなくしたなど聞いたこともなかったからな。それに私はサクヤが何を伝えようとしているのか、理解してやれなかったからな…」
「でも、それじゃ…名前はどうやって?」
「ああ、それは…」
リオが急に話を止める。
見れば、サクヤがリオの服のすそを引っ張っていた。
彼女は自分の胸をとんとんと叩いて、一度頷く。
「自分で教えるか?」
そして奥の方へ駆けていくと、何かを持って帰ってきた。
「…ペンと、メモ帳?」
「これに書いてくれるんだろ」
ミナトに背を押され、テーブルの周りに集まる。サクヤは薄い色のメモ帳をテーブルの上に開く。どうやらそれは手のひらほどの大きさの手帳のようで、上部に紐を通して輪を作っていた。
「いつも持っておけるようにか…」
首にかけて持ち歩けば、いつでもリオと話ができるからだろう。
サクヤは白いページを眺めて、最初の一行を素早く書き込んだ。アキとミナトの二人はそれを覗き込む。
そんな様子を見てリオは一度微笑み、そっと外へ出ていった。
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