第15話
人の壁に阻まれて、様子が分からなかった。
皆口々に「ケモノを殺せ!」とあおっていた。
「ミナト…っ」
ミナトが見つかってしまったのかもしれない。いや、そうに違いない。
「くっそ…」
急にアキより遠い側の人々がざわついた。今までとは明らかに違う、どこか怯えを含んだようなざわつき。
急いでそちらへまわる。
人々の言葉が、「殺せ!」から「誰だ?」に変わっていた。
アキがそこへたどり着くとほぼ同時に壁が崩れた。
みな我先にと、後ずさりして逃げていくようだ。
誰かがぶつかっていったが、アキには目もくれず走っていった。
「ミナト…!」
人の壁が完全に崩れて消え去ったとき、その中心で座り込んでいるミナトが見えた。
「………ん?」
誰かと一緒だ。
駆け寄ろうとしていた足が止まる。ミナトの隣に見知らぬ人物が立っていたからだ。それにミナトはなぜか彼には大き過ぎるマントのような服を纏っていた。
そうしているうちに、ミナトもアキに気づいた。
「アキー!!」
ぱっと立ち上がって、ウサギのジャンプで飛び付いてきた。
「…ミナト。よかった…」
ミナトはアキにしがみついたまま、ぽろぽろ涙を落としながら震えていた。
「あいつが助けてくれたんだ…」
ミナトの側にいた、あの人のことらしい。
「アキ、ごめん…」
「………ん、無事でよかった」
泣いたままのミナトを軽くなでてから、アキはミナトの言う“あいつ”に目をやった。
「こんにちは。ヒトの子よ」
少し冷たい口調で彼女は言った。
アキは戸惑う。
なぜなら目の前のこの女性は。
「銀華、オオカミの…亜人…」
ミナトがようやく顔をあげた。
「こいつに助けてもらったんだ。オ、オレ…ヒトとぶつかって…帽子が…っ……そしたら、ヒトに囲まれて…」
まだ混乱しているようだったが、言いたいことは何となく伝わった。
帽子がないのも、納得がいく。
「ミナトから聞いた。アキ、という名だったな」
ピンと尖ったオオカミの耳。
深い蒼の目がアキをとらえる。その目は鋭く、ヒトであるアキを完全には信頼していない、といったふうだった。
「…はい」
どことなく神秘的な雰囲気を漂わせてる彼女は、確かに亜人、間違いなかった。
だが、ミナトとは違い、耳を隠そうせず堂々とその場に立っていた。
それどころか、逆に人間のほうが彼女を避けるように歩いていく。
これが…肉食獣、銀華オオカミの亜人…。
「どうした。…私が恐ろしいか?」
言葉をなくしていたアキに銀華オオカミの亜人は語りかける。
「……いえ。ミナトで慣れてますから…」
言葉を慎重に選びながら返す。
「そうか。珍しいな、私のこの耳を見るとほとんどのヒトは逃げ出すのに」
「亜人が俺達を襲ったりしないことくらい、知ってるから」
女性は一瞬驚いたようだった。
しかしすぐ悲しそうにアキにむけて笑った。
「全てのヒトがそうであればいいのに、な」
いつの間にか言葉から冷たさは消えていた。
ミナトは彼女がいる間は見つかっても平気だとおもっているのだろうが、顔を覚えられただろうから、もうこの市場には来られないだろう。
「さて、私はそろそろ森へ戻る。…いや、市を出るまでは一緒にいよう」
「…ありがとうございます。えっと…」
「リオだ。名乗っていなかったな」
女性――リオはアキに片手を差し出した。
握手を交わしながら、リオはアキの目をじっと見つめる。
「面白い子だ。今の言葉を信じることにしよう。私のことは、リオと呼んでくれればいい。それと、敬語はいらない。そういったのは、どうも落ち着かないからな」
「……わかった。ミナトを助けてくれてありがとう、リオ」
まだくっついていたミナトを引き剥がして歩き出す。
「何かお礼がしたい。俺にできることは限られるけど」
「そうか?…本当に、面白い子だ。…それなら、1つ頼んでもいいか」
アキは何度も頷いた。
多少無理なことでもするつもりだった。リオがいなければミナトは殺されてしまっていたかもしれないのだから。
「私は森の奥の小屋に住んでいるんだが、1週間ほど前、突然ドアがノックされてな。そんなことなど今までになかったから、その時はヒトだろうと思いながらドアを開けた。だが、そこに立っていたのは初めて見る小さな女の子だったんだ」
「…亜人の?」
「ああ。アキにその子に会ってもらいたい」
会うだけならいくらでもできる。
アキは快く応じた。
「詳しいことは明日にしよう。ミナトも疲れているようだしな。また明日、今度は森に来てくれるとありがたい」