第13話
「あ、あれ…?アキが見えないぞ…」
アキの姿がないのにようやく気づいたミナトは、足を止めて今来た道を引き返した。
そうしている間にもたくさんの人がアキとミナトの間を隔てていく。
「アキ!!」
名前を呼んでみてもアキから返事は返ってこない。
実はこの市場、長さはあるものの横幅はあまりない。だから横へ抜けてしまえば人の波からは脱出できるのだが、初めてのミナトはそれを知らなくて当然だった。
「わっ」
きょろきょろしながらもアキを捜して歩き回っていると、正面から誰かにぶつかった。
「……ヒト…」
見上げると、それは髭を生やした巨体の男で、なにやら不機嫌そうにミナトを見下ろしている。
「痛ってぇな…」
「う……」
昼間から酒に酔っているらしい、嫌な匂いが鼻をついた。男はミナトの首根っこ…服をつかむと軽々と持ち上げて見せた。
足が地面から離れる。
「は、はなせ…!」
ミナトがいくら暴れてもその手からは逃れられない。
「ぶつかったんだろ?謝れよー」
「……っ」
そんなことを言われても、息が詰まって声が出ない。
男の腹を蹴ってやろうとさらに暴れる。ミナト、黒月ウサギの脚力なら手を離させるくらいなら簡単なはずだ。離させてすぐ人に紛れてしまえばいい。
「んー?意地でも言わないってかぁ?」
しかし男が手を伸ばしてしまえば、ミナトの足は届かなかった。
「ぶつかって…っきたのは、そっちだろ…!」
男の言い草にだんだん腹が立ってきたミナトは声を絞り出し言ってみせた。
腹が立つのは、自分がこんなことになっているのに助けようとしないヒトに対しても同じだ。周りを歩いているヒト達はミナトの置かれている状況に嫌でも気づくはずなのに、巻き込まれないよう、わざと遠くを通り過ぎていく。
「そっちが、ぶつかってきたんだ…っ」
「あぁ?」
男が急に手を離した。
「って!!」
落とされたミナトは思いっきり腰を打ったが、ようやく呼吸が楽になった。
「…っは、いきなり落とすな、デカ男!」
苦しさと恐怖から涙目になりながらも食って掛かる。
今、目の前にいるのはヒトだ。
亜人を殺す獣だ。
「誰に向かって言ってんだぁ?」
「お前だっ」
男は相当気分を害したようで、鼻で笑うと拳を振り上げた。
「っ!?」
が、ここで子供を殴れば面倒なことになると思いとどまったのだろう、無意識に帽子を押さえていたミナトの腕を乱暴に掴んだ。
――――まさに、その拍子に。
深く被っていたはずの白い帽子が音も立てずに落ちた。
「痛ってぇな!」
ミナトの漆黒の耳が帽子の下から解放され姿をみせる。
それに気づかないほど男に敵意を向けていたミナト。
「ケ、ケ…モノ…」
男の表情が一変し、そう言われて、はっとした。
男の手を振り払い、両手で自分の耳に触れる。
「おまっ、お前…っケモノだったのか…!?」
慌てて帽子を拾い被ってみても、もう遅い。
「ケモノだって!?」
「ケモノがいるのか!?」
「なんでここに!」
さっきまで見て見ぬふりをしていたはずの人々が、男の声を聞いて集まってきたのだ。
「な…んだよ…っ」
あっという間に男とミナトの周りにヒトの壁ができた。
しめたとばかりに男は集まった人々にこう言い放つ。
「こいつはケモノだ!俺に襲い掛かってきやがった!」
「違う!!そいつがオレにぶつかっ…」
ミナトの言葉は途中で途切れた。
自分を取り囲むヒト達の冷たい目、蔑んだ目、亜人を気味悪がる目。
そうだ。ヒトがケモノの味方につくはずがない。
「俺が歩いてたら急にこいつがぶつかってきやがって、俺が声をかけたら襲ってきた。捕まえたと思ったら振り払われて、この状況ってわけさ」
今まで見ていたのだから、男の嘘だということは知っているはずだ。
それなのに、よくやった、大丈夫か、という声ばかりが飛び交っている。
「オレはケモノじゃ…」
後ろから誰かに帽子を奪われた。群集がざわめく。
「耳だ…」
「ケモノの耳…」
なんでこんなことになってしまったのだろう。
「アキ…っ」
ちょっと短めです。
明るい話が書きたいなぁ。