第12話
第2章突入です!
怖い。暗い。
広い世界で私はたった一人になってしまった。
ミナトがアキの家で暮らし初めてから最初の一週間が過ぎていった。
生まれてからずっと洞窟暮らしだったミナトにとって、ヒトの暮らしは快適そのもので、一週間ですっかり気に入ってしまったようだ。
最初の頃は、知らないことが多すぎて、アキはフォローの日々だったが。
「ミナト。今日は外にも行ってみないか?閉じこもってちゃ、身体に悪い」
「……やだ」
気に入ったとは言っても、それは家の中がの話で、ミナトはアキと暮らしはじめてから一度も街に出ようとはしていなかった。
「ヒトが怖いのは分かる。でもな、いつかは外に出ないと…父さんと母さんが心配するし、もしかしたら外に出ないことを怪しむかもしれない」
実際アキは何度か、ミナト君調子が悪いの?と聞かれたりもしていた。その度、慣れない暮らしで疲れてるだけだろと答えてはいるものの、そろそろその言い訳も厳しくなってくるだろう。
「それに今日は『市場の日』だ」
「いちば?いちばって何だ?」
ミナトは初めて聞くらしい。
ここエリルでは毎週週末に大通りで市場が開放される。そんなに大きなものではない。ちょっとしたフリーマーケットだ。
「うーんとなぁ…んー…まぁ、聞くより自分の目で見たほうが早いだろ」
「それ、オレが行く前提だろ」
「行かないのか?」
耳を立ててふくれっ面になる。
「ヒトがいるだろ!」
「どこに行ってもいるって。あーあ、美味しい物もいっぱい売ってるのになー。俺一人で食べてこようかなー」
今度は耳がゆらゆら揺れている。どうやらもう一押しらしい。
「今ならミナトのほしいもの全部買ってやるのになー」
「……い、行く…っ」
と、いうわけでミナトはアキに連れられ、脱引きこもりに成功したのだった。
噴水広場を抜けて大通りに入ると、昼前と言うこともあり、もうすでにたくさんの店が出ていた。
「すごいだろ」
しかしミナトはアキの後ろから出てこようとしない。帽子があって普通の人間となんら変わらない今、隠れているほうが目立つのに。
「隠れてたらほしい物が見つからないぞ。せっかく何でも買ってやるって言ってるのに」
「本当に何でもか?」
「1000リンまでなら…な」
それに釣られてようやく顔を出すミナト。
「それなら、オレ…ペンダントが欲しい。ガラスのやつ…」
「いいけど…なんで?」
ミナトは顔を真っ赤にして言った。
「父さんと母さんがお揃いで持ってたんだ。でも、二人がいなくなった時…両方奪われたから…」
「形見ってわけか…」
別に恥かしがることではないのでは。
アキは週末が来る度によくここへ足を運んでいたため、どこにどの店が出るのかほとんど知っているつもりだ。ミナトのためにも、必ずそのペンダントを見つけようと誓った。
「とにかく。そういうのを売ってる店を全部回っていこう」
最初の店はすぐそこにあった。
人気の店なのか大勢の客に囲まれて、近寄らなければ商品は見えなさそうだ。
「どうする?ここで見てみるか?」
「いやー…ここにはねぇぞ」
「よく見えたな…。ちなみに、どんなのを探してるんだ?」
「ガラスで出来てんだけど、黒くてな。んー…オレの耳みたいな色?だな。あと、月の模様が描いてある」
頭の中でイメージ像を作ってみる。
「そんなのあったっけ…」
「きっと、ある!」
目的が出来たことにより、ヒトに対する恐怖を忘れているのかもしれない、ミナトはアキの手を引っ張って歩き出した。
二つ目の店は先ほどの店より更に人が多かった。
店先にはボードに吊るされたネックレスやらブレスレットやらが並んでいて、ミナトの耳のような黒のペンダントも見えた。
「ミナト、見に行…」
「オレ、無理!うん、無理!!」
ところがミナトはその場から動こうとしない…というより店に近づこうとしない。
「あんなヒトの多いところ無理!」
「黒いペンダントあるけど」
「ここは諦めようぜっ」
「他の店になかったら?」
「………」
この市の向こう端まで行って帰ってくるにはかなり時間がかかるし、それにまだ夏のど真ん中だ、なによりアキがめんどくさかった。
「じゃ、じゃあさ…アキが見てきてくれよ」
「なんでそうなるんだよ。…仕方ないな」
ミナトにトンと背中を押され、賑わう人混みの中へアキは突っ込んでいった。
アキが最前列にたどり着くのを見て、ミナトは手を振る。
「アキ、頑張れよー」
「お前も来いっ」
アキは黒いペンダントを次々と手に取っているが、ミナトの言ったような物がないようだ。
ひとつひとつ、もとの場所へ戻していっていた。
「なーんだ、ないのかよー」
落ちていた石をコツンと蹴る。
と、その時、後ろから誰かがぶつかってきた。
「いって」
「あぁ…悪い。人が多いうえに視界が悪くてな」
振り返ると、背の高い人物が立っていた。
マントのような服を纏っていて、顔はフードで見えず、男か女かも解らなかった。
「痛かったか?」
「…別に、大丈夫だ」
その人物はフフッと笑うと行ってしまった。その姿はすぐに人混みに消える。
そこへ示し合わせたかのようにアキが戻ってきた。
「ミナト、なかった」
「んー」
「なんだ、その反応は」
不思議な人だった。俺たちを殺す存在だということすら忘れていた。
忘れて市場にそぐわない不思議な存在感に呑まれていた。
「次行くぞ」
「……おお」
アキの声で我に返り何故か少々お怒りらしいアキから逃げるように駆け出した。
ミナトの全速力に敵うはずもなく、かなり離されてしまう。
「ミナト!」
ヒトの波にミナトの姿が消えた。
ミナトはまだ気づいていないらしい。
「ばか……っ!ミナト、そこ動くな!」
返事がない。
アキはあわてて人と人の間を抜けて走る。
が。
「~~~~~っ」
さっきまでいたはずのミナトの姿が消えていた。
もし帽子を落としたりでもしたら、間違いなく殺されてしまう。ただでさえ、いつもより人が多いのだ。
いいことにならないのは目に見えている。
アキは再び人の波を押し分けながら走り出した。
よろしくお願いします。